日本全国にパワースポットと自称・他称する地は数々有れど、
珍しくも”ゼロ磁場”のパワースポットとして売り出し中の分杭(ぶんくい※)峠(長野県の伊那市と大鹿村の境)。
※:日本語の発音は清音が原音で濁音は清音の音韻変化(変異形)であることがほとんど(外来語は濁音が原音である場合が多い)。
濁音化は”言いやすさ”という実用的理由。だから分杭峠を「ぶんぐいとうげ」と発音するのは許容されるが、読みがなにして原音を否定してまで表に出るものではない。もっとも清音原理主義に進み過ぎると「ふんくいとうけ」となってちょっとやりすぎ。
そこがなぜゼロ磁場なのか、そしてゼロ磁場だとなぜパワースポットなのかは、私はあずかり知らないが、
そもそも、この地だけでなく”パワースポット”なるものを認定しているのは気功師たちらしい。
ここ分杭峠も、地元自治体(旧長谷村、今は伊那市の一部)が観光開発のために中国の著名な気功師の言質を得て売り出した。
一方、本業とは別に”計測マン”の顔をもつ私は、彼ら気功師とは別個に、計器を駆使した多重計測によって、
物理学的に実在するパワー(力)スポットを独自に探している。
両者の違いは「パワー」の定義で、「気」か「物理学的力」かによって認定基準が異なるのである。
なので分杭峠のパワーの根拠が、我が計器類では計測不能の”気”とやらなら、私は口出しない。
しかし”磁場(=磁力)”を謳うなら、きちんと科学的計測をすべきだ。
まずはこの私が喜んで測ってみようじゃないか。
というわけで、満を持して、5月25日、峠の麓の「入野谷」という宿に余裕を持って2泊して、じっくり”ゼロ磁場”とやらを測りに来た。
我が装備は、地磁場計、方位磁石、静電位計、電磁波計、ガイガーカウンタ(α~γ線)、
そして霊気計測に欠かせない”幽霊探知器(ばけたん)”。
また分杭峠の地下から汲み取った「ゼロ磁場の秘水」なるものが人気があるというので、
水の鮮度・濃度計測に使う、酸化還元電位計、電気伝導度計、pH・残留塩素・Mアルカリ度を測るチェック用紙も用意した。
ただ、その分杭峠には、自家用車では行けない(通行はできても駐車ができない)。
駐車スペースがないため、麓から有料のシャトルバスで往復するしかないのだ。
これは利口な観光戦略である。
乗鞍スカイラインと同じく、自然保護と観光客からのマネー調達の一石二鳥となるから。
観光開発のための資金投入も最小限ですむ。
翌朝、シャトルバス乗り場(栗沢駐車場)まで車で行き、
そこから不定期(平日の今日はおよそ50分間隔だという)のシャトルバス(往復650円)に乗り、
山深い谷を登り、残雪の仙丈岳(3033m)を垣間見つつ、10分ほどで峠に到着。
ほとんどの乗客が「気場」の案内の方に下る中、
私は斜面を上がってまずは石柱のある峠に立ち、そこで計測開始。
地磁気は45.8μT(0でない!),γ線は145nsv/h,静電位は0.0kv(以下静電位はいずれも0なので省略)。
γ線がやや高めだが、わがinspectorは高めに出るし、麓の宿と差はない。
ここから第一の気場と評判の水汲場に向う林道には、がけくずれのため「通行禁止」とあるが、
それは車用なので、無視して入り込む。
しばらく林道を歩いて、大きくカーブにさしかかった所が沢沿いの水汲場(写真)。
そこで測ると、地磁気48.6,γ線167。方位も正常。
沢に入って滝の下の水くみ用のホースが地中から出ている湧水をボトルに詰め、サンプルをとって水質を調べる。
電気伝導度は156μS(10.2℃)、Mアルカリ度は40,pH7.0,酸化還元電位は+350mV。
この電気伝導度の値は湧水として普通、酸化還元電位の値は、東京の水道水(+600)を一晩浄水器に入れた値に近い。
ちなみに、この湧水について「飲料水ではないので、必ず煮沸して飲むように」と丁寧な伊那市の立て札があるが、
普通に山をやっている人間は、塩素消毒をしていない山の湧き水をありがたく飲んでいるので(流水は飲まない)、私は無視して、がぶ飲みする(後日追加:当然ながらその後悪影響は出ていない)。
ここは”第一の気場”だというが、私は何も感じないので、
私が最も信頼するばけたん(霊気探知器)で探知すると、やはり「何もない」との結果。
ただし、沢沿いの濡れた岩にガイガーを置き、β線を測ったら407nSv/hもあった
(空間線量分を除くと250nSv/h程度。nSvはμSvの1/1000,原発事故以外の平常値はこの単位を使う)。
他にも上から崩れてきた岩を測ると300nSv/hを超えていた。
これらの岩は中央構造線の外帯側境界の三波川変成岩だ。
あちこち測っていると、バスの客たちがやってきた。
沢右岸のベンチの上におおいかぶさる木があり(上写真左側の目立つ木)、
その幹を一周する踏跡がある。
多くの人がその木を一周し、中には木にずっと寄り掛かっている人もいる。
私にとってもなんか「気になる木」なので、ばけたんを向けて探知したら、
「良い状態。守り神を期待」と出た。やっぱり。
私も”気”は出せるので(単なる生体反応で、特別のパワーではない)、掌から気を出しながら、
あたりの岩などに手をかざしてみたが、やや暖かい感覚(体温が反射したような感じ)があっただけで、
茶臼山高原のパワースポットの岩のようにビリビリくることはなかった
(別の機会に放射温度計で掌の労宮付近を測ると、気を出す前は33.8℃で、気を出すと34.1℃に上がった)。
磁場と水は平凡だが、岩と木は多少何かありそうだ。
といっても、その程度なら他のあちこちにある。
バス停まで戻って、近くの「気場」に行き、そこを測ると、地磁気42.2、γ線167。
私は何も感じず、ばけたんも「異常はない」。
以上により、
分杭峠の磁場はゼロではなく、この地域として普通の値を示している(地磁気は緯度が上るほと高くなる)。
そもそも断層のぶつかり合いによって磁場がゼロになるという理屈がおかしいので(これについては後述)、
私は端(はな)から信じていなかった。
愛知県東栄町の実際の地磁気異常地帯の方がよっぽどわくわくする。
静電位もなく、γ線も周囲のバックグラウンド並。
ただし一部の岩には多少の放射線が出ている。
湧水の水質も平凡で、普通の山の湧き水クラス。
なので、私は、分杭峠をパワースポットとは認定しない。
分杭峠は、私の体には影響を与えたか。
4時間分杭峠にいた後、宿に帰り、宿の”妙水の湯”に浸かり、
落ち着いたところで唾液アミラーゼを測ったら75kIU/L。
リラックスしている値とはいえない。
地元が頼っているゼロ磁場の根拠を解説しているのは、知る人ぞ知る佐々木茂美工学博士。
氏によると、「断層の両側から、正方向と負方向の力は押し合って、局部的に零になり、
零場が形成されてこの周辺に未知エネルギーが集積されやすいことが判っています」(当地の案内パンフより)。
磁力は方向性をもつベクトルだ。
正方向と負方向の磁力を両側から向かい合せると、「押し合う」のではなく、
「引き合う」のが小学校での理科の実験結果。
それに力学的な力が”押し合う”なら、中央構造線は分杭峠-地蔵峠-青崩峠のような直線的な谷地形にならず、
その逆の山脈地形になるはず。
谷地形ということは、左右に引っ張られているのではないだろうか。
すなわち、磁力の向かい合わせと運動力学的な押す力とが意図的にか混同されている。
後者によって磁力が0になるという論理は物理学には存在しない(もちろん、実測で否定できる)。
それに「未知エネルギーが…判っています」※って、「未知」がなんで「判っている」の??という突っ込みもすべき。
そのエネルギーが何であれ、値が0なのに存在を確認できるのか。
素直に考えれば、磁場(磁力)=0ということだから、「パワーが無い」という論理になるはず。
※後日追加:磁力とはN極からS極への一方向の力と定義されている
(その定常的な方向性を利用したのが方位磁石。磁石のN極が北を指すのは、磁北極がS極だから!)。
ある場所の磁場を0にする「未知のエネルギー」とは、
物理学が定義している磁力を相殺※2する正反対のベクトルをもつ「反磁力」なるものを想定しているようだ。
「反磁力」は物理学で存在を認められていないから「未知のエネルギー」となるわけか。
ちなみに、外部磁場と逆向きの磁場をもつ、ただしN→Sという極性自体は維持している「反磁性体」ならあちこち、われわれの血液中にもある。
もし分杭峠で磁性体の岩石と反磁性体の岩石とが向かい合っているとすれば(計測的には磁場は0になりうる)、
そこでは互いに反発しあうから(これが反磁性体と「反磁力」の違い)断裂したキレット状の地形になるはず。
「峠」は稜線上の単なる低鞍部なのに対し、「キレット」状は絶壁が向かい合う地形で車が通過できるようなのんびりした風景ではない
(→北アルプスの大キレット、八峰キレットなど)。
でもそもそも分杭峠の磁場は0でないし…。
※2:更なる追記。青木孝志工学博士の研究によると、相殺磁場は磁気が0でも、
磁気から出る気は相殺されず強化されるという(青木孝志『気の探究と応用』(2019))。もっともここの磁場は0ではないが。
私の結論は以上だが、分杭峠の観光地としての価値は、次の記事で肯定的に評価したい☞「分杭モデルと命名」へ
分杭峠南の大鹿村に、私が認定したスポットがある☞大鹿村の新しい磁気スポット
私の計測による「0磁場」は、長野県の最南部、根羽村の茶臼山にあった☞茶臼山カエル館内の磁力スポット
そもそも地磁気を正しく測るには☞地磁気の正しい測り方