東京宅での大掃除と正月用の買い出しもほぼ完了し、いよいよ新年を迎える準備が整った。
そこで毎年末恒例の”今年の振り返り”をしてみよう(本ブログの主旨に則り、極私的振り返り)。
今年は、なんといっても天皇の生前譲位という、明治以降初めての出来事があり、祝賀ムードの中で年号が替り、新天皇の即位の儀式が執り行われた。
むしろこのパターンを標準にしたらどうか(ただし大嘗祭はもう少し質素でいい)。
それと昨年に続いて”災”害が続き(昨年の漢字が「災」だった)、特に9月と10月の東日本の台風被害が目立った。
人災では、なんといっても7月の京アニ放火事件が痛ましい。
これらを受けて防災への意識が私の中でも高まった。
さて、個人的には、昨年に続き、大学院の研究科長の職務が重くのしかかったが、一番の懸念だった研究科改革案の見通しがつき、まずは最初の壁を突破した。
同じ立場でも二年目になり、初年度の昨年よりは精神的に余裕ができたせいか、論文は例年通り2本書き上げた。
その中で、茶臼山カエル館でのパワー現象の実証研究を論文にできたことが大きい(2020年3月発行)。
今後はスピリチュアルな領域(私の「心の多重過程モデル」ではシステム4)に入って行くつもりで、その第一弾だ。
この研究に関連して、私自身が中日新聞に載り、中京テレビで流れた。
世間受けは悪くなさそう。
その他に、青森の”キリストの墓”関連で読売新聞関西版に載った。
昨年末の年筮で、今年の卦が「水山蹇」と出て、歩みが止るとされたが、それが一番当ったのはわが一番の趣味であった山についてで、今年はさらに山から遠ざかってしまった。
行った山は、高尾山、尾高山(鈴鹿の前山)、都幾山(慈光寺裏山)、津具丸山(奥三河)、丹沢大山、御岳山の低山ばかりで、このうち丸山だけは道なき道を行く私にとって理想的な登山だった。
山が減った代わりに増えたのが寺で、秘仏開帳に合せて拝観したのが、荒子観音(愛知)の円空仏、護国寺(東京)の如意輪観音、竹成大日堂(三重)の双体大日如来、慈光寺(埼玉)の千手観音、長楽寺(京都)の准胝観音、浄楽寺(神奈川)の運慶仏。
振り返りをわが親族にひろげると、重度の障害者である12歳の姪が2月に8時間に及ぶ脊椎の大手術を無事終えた。
成長期を迎える前に必要な手術をやり終えることができ、後遺症もない。
4月に15歳の甥が高校に進学した。
9月にはイタリアから姉が、10月には姉の息子である甥も日本にやってきた。
母の90歳の誕生日を祝うためだ。
その母は、すこぶる元気で、体の不具合をむしろ克服してきて、年々元気になっている。
私自身も後発白内障を発症したが、通っている眼科のレーザー治療で簡単に治った。
慢性的な高血圧と耳鳴り・難聴は相変わらずだが、あとは、左脚の腸脛靱帯の故障が治らず、日常生活はまったく支障がないものの、大山や御岳山の下りで痛くなってしまう。
物関係では、3月に名古屋宅でずっと使っていた布団を打ち直して新品同様にしてもらい、また3箇ヶ所目立った傷がついていた愛車(FIAT500)が保険できれいに修理された。
いうなれば、持ち物の健康は回復した。
そして12月に人生で手に入れたい最後の物であったLeicaのカメラを手にした。
もう、これといって欲しい物はない。
こうして見ると、今年はむしろ懸案事項が解決され、望みがかなった一年だったことに気づいた。
昨年の振り返り記事で「来年は…」と願ったことも実現したし。→2018年を振り返る。
年筮が衰運だった割りには、(おとなしくしたせいか)結果が良かった。
感謝して終りにしたい。