今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

雨に濡れた気象予報士

2006年05月27日 | 東京周辺
●傘をもたずにアキバへ
東京に帰ったら雨が降っていたが、実家で一段落していると雨はやんだ。
アキバに行こうと思って、傘をもっていくべきか迷った。
ネットの「東京アメッシュ」で都心(含実家)の気象レーダー観測を確認したら、降水を示す上空のエコーは見当たらない(多摩地域にはあったがそれが都心に来るには時間がかかりそう)。
広域でみても関東の西には降水エコーは存在しなかった。
以上の結果から、雨は上がるものと判断して、傘を持たずに山手線に乗った。
だが5つめの駅「秋葉原」に着いたら外はすでに雨。といっても霧雨状だが、傘をささないと濡れるほど。しばらく雨宿りしたが、いっこうにやまない。
私以外の人は傘を差して歩いている。
幸い、雨の中傘を持たずに雨宿りをしている男が実は気象予報士だ知る者はいない。
あきらめて電気街で安い傘を買った。

●アキバの雨を分析
家に戻ってネットで気象レーダー観測の経時変化を確認すると、私が家を出た10分後突然都心にエコーが出た。
しかし秋葉のある千代田・文京のみにかかっており、南の港区にはない。
非常に小さい雨域だ。また霧雨状なので雨量としても1時間に1ミリいくかどうかの境目。
実は1時間に1ミリに満たない降水は「雨」として観測も予想もされないのだ。
地域的・量的に判断の境目にある降水現象を予測する難しさを痛感した。

問題は、なぜ急に都心に小規模のエコーが出現したかだ。
気象庁サイトのアメダスの観測値を確認すると、14時と16時以降は、東京湾からの湿った風が都心部で収束(大手町が強く、練馬で弱い)している。その間の15時だけは収束していない(この時雨はやんでいた)。つまり湿気を含んだ風の収束によって都心で降水雲が発生したことがわかった。

●地点の予報は難しい
このようにローカルな気象予報は、都道府県レベルのおおざっぱな天気予報では説明できないのだ。
まぁ、ローカルな天気予報としては、たとえエコーがなくても、雨が降りそうな雲の存在と相対湿度が80%以上を示すなら、降水に対処すべきだったな。反省。

夏の足元

2006年05月25日 | 生活
そろそろ衣替え。
クールビズは個人的にずっと昔から実践している(昭和20年代風の開襟シャツスタイルを愛用。扇子も必須アイテム)。
上半身はそれで涼しいのだが、問題は足元。足が暑い。靴の中で足が熱く燃えている!
女の子は、素足におしゃれなサンダルを履いている。
あれって涼しげでいい。
それに対して男は、足全体を覆う靴にソックスを脱げないファッション。
総じて男のファションは、不自由でパターンが少なく、暑苦しくつまらない。
しかも男が女性ファッションを取り入れるというのはタブーになっている(その逆はOKなのに)。
でも室町時代の「婆娑羅(ばさら)」といわれたはじけた男たちは、女物の着物を着て、町を闊歩していた。
作法家として言わせてもらえば、本来的な根拠がない”服装規範”はこっそり破るためにあるといっていい。日本ハムの新庄のように。
古くさい無思考な人だけが眉をひそめ、普通の柔軟な人たちにはかっこいいと思われる、そういうファッションが次の時代の正装の地位を勝ち取るものだ。

江戸時代前まで、日本人は基本的に素足だった(室内で足袋を履くのは無作法)。日本の風土に合わせれば素足が正解。
だから素足で仕事(大学)に行ける(近所の買い物ファッションにならない品性のある)ファッションを考えてみたい。
参考となるのはリゾート・ファッションかな(ペディキュアはしないからね)。

5月の紫外線は強い??

2006年05月23日 | お天気
テレビの天気番組で「5月は紫外線が最も強い時期」とか言っていたが、これは間違いだぞ!(名誉のために記すが、言ったのは気象予報士ではない)
「5月から紫外線の対処が必要な時期に入る」というなら正しい。

●実際の5月の紫外線
太陽光線の地上照射量は、理屈では太陽高度角が最大になる夏至(6月20日頃)が一番強いので、紫外線の年間最大値もこの頃に記録するはず。
ところが日本では梅雨の盛りと重なることもあり、6月は雲に覆われがちで、強い日差しを浴びる確率は少ない。
なら5月の「さつき晴れ」(この用法も間違い)の時期は7月と同じくらい強いかというと、実際には違うのだ。

私は昨年、東京で10分おきの紫外線計測を1年間通した結果を分析して論文にした。
その結果でも、また気象庁の報告でも、紫外線が実際に最大になるのは7-8月の盛夏だ。
太陽高度角が盛夏と等しい5月は紫外線量が夏よりは少ないという厳然たる事実。なぜなのか。

●5月の紫外線が最強でない根拠
ここから先が、テレビのお天気キャスターが知らない知識のようだが、日本上空では3月にオゾン量が最大となり、9月に最小になるというオゾン層の年周期がある。
オゾンはもちろん紫外線を吸収する。
それに4月を中心とした時期は黄砂の量が最大となる。
この大気浮遊物質も紫外線を上空で吸収・散乱する。
だから5月は太陽高度角の割りには紫外線量が少ないのだ!

むしろ、お天気キャスターが何も言わない、9月前半は、オゾン層が最も薄くなる時期のため、紫外線量は実際に夏並みに強いままなんだよな。

それに「曇りの日も紫外線は浴びている」という話も程度問題。
本曇りでは紫外線はほとんどカットされている。
ただしわた雲がある晴天は、快晴よりも紫外線量が多い。

紫外線量は実際の観測データで判断しよう。
有害紫外線量の指標であるUVindexは私のサイト(気象の世界)で東京と名古屋の10分ごとの観測データをネットと携帯電話で公開している。
ぜひそれを参考にしてほしい。
さっそく今の紫外線量を確認してみよう

二軒隣りが火事

2006年05月19日 | 生活
帰宅して、夕食を作っていたら、消防車のサイレンがけたたましく近づいてきて、家の近くで止まる。その現象が続いた。
ベランダに出てみると、うちのアパートと隣の美容室の間に消防車が複数止まって、消防士が走り回っている。
調理の火を止めて、急いで外に出てみると、美容室の向こう隣りの鉄筋アパートが非常ベルを鳴り響かせ、階上の一室から煙が出ている。
その部屋の住人は不在らしく、消防士はドアから入れない(裏のベランダから窓を破って入ったようだ)。
消防車からのホースが水を含んで太くなる。
ここまで確認はしたが、
炎は出ていないようだし、雨も降っているし、腹が減っているので、家に帰って調理を再開した。
でも目の前の交差点は消防車に救急車、それに交通整理のパトカーまで来て、大騒ぎ。

まったく人騒がせだ。
表に出て見ていた美容室の人によると、電磁調理器(単身者用アパートなので)のつけっぱなしではないかという。
それなら自分も以前やったことがある。
幸い火事にはならなかったけど、数時間後消し忘れを思いだして戻ってきたら部屋に煙が溜っていた。
でもうちのアパートは煙センサーがないし、非常ベルもないから、消防車を呼ぶはめにはならなかった…。

5月は”皐月”でない

2006年05月18日 | 歳時
テレビの天気番組では、5月の晴天を「皐月(さつき)晴れ」と言っているがこれは間違い。
たとえば五月雨(さみだれ)。あの芭蕉の名句「五月雨を集めてはやし最上川」の五月雨は、現在の5月に降る雨ではなく、梅雨の強い雨のこと(増水し流速を増した最上川の情景が浮かんでくる)。
なぜなら歴史用語の皐月(五月)は当然旧暦を意味するから。
同様に「皐月晴れ」は、梅雨期間中に嬉しくも遭遇した貴重な晴天のこと。だからこそ、あえて名称がついているのだ。
公共の電波で情報を伝える気象予報士さんは、歴史時代の気象現象と名称を付した当時の人の気持ちを正しく理解してほしい。

朝食を抜くと体に悪いってホント?

2006年05月13日 | 健康
血糖値を上げてしまう生活習慣とかを以前NHKでやっていた。そこでは、朝食を抜き、夜にどか食いする食生活が悪いそうだ。これ日本の常識。

でもそれ、世界の常識だろうか。
だってイタリア人は朝食をほとんど食べず(コーヒーのみ。食べてもパン1枚程度)、夜に何時間もかけて食べてるよ。イタリア人はみんな糖尿病で短命だろうか。
私自身もここ数年は朝食または昼食をとらず、夜は普通に食べる。この食生活にしてから余分な脂肪が落ちて高脂血症が治った。実際、むしろ「朝食を抜けと」いう医者もいる(私自身、一日一食法を実践して2ヶ月で10kgの減量に成功した。詳しくは「山根一郎の世界」→「おれんちの世界」へ)。

そもそも毎日定刻・時間に合せて食べるなんて野生動物ではありえない。食べられる時に食べ、そうでない時は我慢するのが野生本来の食生活のはず。
食べたい時に食べ、時刻のスケジュールで無理して食べない。食べる前は空腹状態であること。それが自然なはず。
ただし、上記はメタボリック・シンドロームが気になる中年が対象。
成長期の子どもは朝食を摂らないと、午前中の授業に身が入らない。

交通博物館

2006年05月08日 | 東京周辺
東京神田、万世橋にある『交通博物館』は今月14日で閉館だという(その後大宮に新装開店)。
公共施設なので普段の月曜は休みだが、ラスト1週となった今日8日は開いているということなので、連休中の混雑を避けて連休明けの今日、子どもの時以来、数十年ぶりに行ってみた。

●電車好きの系譜
甥っ子柊聖の電車好きに周囲の大人が振り回されているのも確かだが、実は山根家で最初に電車好きになったのは、この私。
まずは幼稚園前に田端の高台から父に連れられて眺めた京浜東北・山の手・高崎・常磐・京成+貨物とひっきりなしに現われる眺めに感動(幼稚園では先生にも解説していた)。次いでは、父に連れられたこの交通博物館での1/80模型の大パノラマ実演に熱狂した。
だから今日は、かつて電車好きだった者として、聖地・交通博物館へ最後の巡礼というわけ(秋葉から聖地が一つ消えるんだな)。

●久々の入館
入館料大人310円は安い。中に入ると昔の風景。
ということは博物館としては確かに時代遅れの感は否めない。
この狭さだから移築もむべなるかな。
まずは4階の特急の食堂車を模した食堂に行き、午前11時のオープンを待つ列に並ぶ。
階下で閉館記念の弁当も売っているというが、むしろ長年の食堂メニューをこそ閉館記念に味わいたい。
私を含めた最初の男客3人はそろってカツカレーを注文(気合いが入った時に食べるメニューなんだな)。

1階に戻れば、例のパノラマ実演中。見物客ぎっしりなので次の開始を待つ。
幸いこういう時期なので臨時プログラムになっているのでたいして待たない。
上演前30分を切ると、子ども(もちろん男の子)連れのお母さんたちがまずは最前列の椅子席を埋める。
私はデジカメの動画で撮影したいので、後ろに立って構える。

●いよいよ実演が始まる。
操作担当者による実況解説つきで、まずは山手線と中央線が走り出す。
それに続いて「スーパービュー踊り子」、「スーパーひたち」、「カシオペア」などいろいろな型の列車が次々と発車する。
それらが山裾を廻り、鉄橋を渡り、トンネルをくぐり、駅を通過し、列車同士ですれ違う(写真)。
電車好きには夢のような光景に、子どもも大人も見入ってしまう(飽きた幼女だけがぐずり出す)。
そして真打ちJR東日本の新幹線「Maxやまびこ」(山形新幹線「つばさ」を連結)と「はやて」(秋田新幹線「こまち」を連結)が走り出し、
他の在来線とはケタ違いのスピードを出して場内を廻りだすと、大人からも喚声があがる。
さらに最高速の鉛筆型新幹線「500系のぞみ」(JR西日本)も加わり、雰囲気は最高潮に盛り上がる。
やがて場面は夜となり、すべての列車が駅や操車場に停止して、終演。この間20分。

これを見たら、やっぱり魅了され、男の子だったら電車好きになってしまう。
私自身、数十年ぶりに電車少年に戻っていた。

祖父の著作を読む

2006年05月07日 | 身内
どこにも行かない(日帰り旅は別)連休中は、
どこにも行かなくても頭は連休なので、難しい専門書は読む気がしない。

なので、ネットで見つけた寺島裕(テラシマユタカ。父方の祖父だが若くして祖母と離婚したため、顔を知らない)の著作『史蹟の武蔵野を探ねて』(昭和11年)・『行楽の史蹟と武蔵野』(昭和12年)を室内でお気に入りのハンモック型の椅子(頭から足先までカバー)に身を沈めて読んでいた。
いずれも昭和初期の出版で、都内・都下・横浜・入間など名所の詳しい歴史と当時の武蔵野の風情が描かれている。

私自身、「武蔵野」が大好きで、それがこうじて高校も西多摩の全寮制を選んだほど。
自分の祖父が半世紀以上前にそこのガイドブックを出していたとは、うれしい縁を感じる。
また、「目黒不動」や行人坂の「大円寺」の解説もあることから、我が家の墓がある五百羅漢寺(昨日も皆で墓参に行った)も道すがら見たに違いない。
しかも執筆した場所は「本郷駒込」だという。
これが今の文京区本駒込だとすれば、われらが20年間住んでいた地だ。
他の兄弟と異なり、わが父(裕氏に一番似ていたという)とは因縁浅からぬようだ。

甥っ子と鉄道旅行

2006年05月05日 | 身内
子どもの日のサービスというわけではないが、電車に夢中の2歳4ヶ月になる甥っ子柊聖を、つくばエクスプレスと常磐線に乗せにいった(柊聖の祖母も同行)。

つくばエクスプレスは私も初めて(在学中から開通を待ち望んでいた路線)。
常磐線はなぜか柊聖が大好きな電車。
柊聖にとって、親以外の人間との初の電車の旅だが、親の心配をよそに、ぐずることなくずっといい子でいた。

山手線で秋葉原で降り、地下駅のつくばエクスプレスにのって茨城県の守谷まで行く。
そこでいっきょにローカルな関東鉄道常総線(二両編成のディーゼル)に乗り換え取手へ。
そこから常磐線普通車で日暮里まで戻った。
つくばエクスプレスには電車好きの子どもが先頭車両に集まるが、たった2歳の子はいない。いたとしてもベビーカーに乗っている。
駅の階段を手すりにつかまって一人でちゃんと昇り降りし、エスカレータも一人で乗り降りできる。
親の前では甘えまくっているらしいが、伯父たちの前ではしっかりした所をみせようとする。
夜、親に連れられて帰る時、柊ちゃんは私に何度も頭を下げて「アリガトウ」と繰り返した。親のしつけはしっかりしているようだ。

名東区は名古屋より暑い!

2006年05月01日 | お天気
5月1日は一挙に暑くなった。
「名古屋」で29.7℃だったが、これは正しくは千種区日和町にある名古屋地方気象台の観測値。

同じ名古屋市でも、名東区と境の千種区星が丘では15時28分に30.5℃を記録した。
つまり星が丘以東の名古屋市民にとっては今日は「真夏日」だった。
名古屋では都心よりも東部の方が気温が高くなることは研究者の間ではすでに知られている(大和田氏の研究)。
これは主に西よりの風によるヒートアイランドの東進の結果と解釈されている(東京では都心より北部の練馬の方が暑いのも同じ理由)。
また、最高気温は午後3時台に記録することにも注意。
都市部では午後4時すぎないと気温が下がらない。

自動車内の気温は真夏と同じになるが、屋外では同じ30℃でも真夏とは体感気温が違う。それは今は湿度が低いためで、真夏とは違って、気温が高い時に、湿度は30%を割って、むしろ乾燥といってよいくらい。
沙漠地帯に近い。

今ごろは体感気温は気温より低いが、夏では体感気温は気温より数度高くなる(熱中症の危険)。
それと有害紫外線量(UVindex)も今日は最高が5.6(11時39分)で、盛夏にくらべるとまだ半分の値(今ごろは黄砂の影響もある)。

というわけで、まだ暑さに過剰反応しないように。
5月だとまた寒気がやってくることもあるからね(500hPaの天気図を見ると、北海道上空に-30℃の寒気が来ている)。