日本の中流層が没落し下層化したのは、
”小泉・竹中路線”の新自由主義政策が遠因であるとは、
いまや世間の”定説”となっている。
国民の大多数が小泉人気に浮かれていた当時、
その経済政策を面と向かって批判していたのは、植草一秀氏であった。
テレビ東京のビジネス情報番組「ワールド・ビジネス・サテライト」(WBS)に登場するエコノミストでは、
彼が一番好きだった。
若いながらも分析が鋭く、口八丁手八丁のエコノミストの中では珍しく、
テレビ画面からは誠実そうな人柄が伝わっていた。
その氏がマスコミから締め出されつつある中、2004年に”手鏡事件”が起きた。
もちろん私も驚いた。
信じられなかったが、警察や司法の中からもこの手の犯罪者が出るご時勢なので、
「人は見かけによらないもの」だと思うほかなかった。
そして2006年、今度は電車内での”痴漢事件”。
全面否定する氏の言い分が”謀略説”となると、下手な言い訳にしか聞えなかった。
一度だけなら、”それでもボクはやっていない”的な痴漢冤罪の可能性も否定できない。
ところが、実は1998年の”準公然わいせつ事件”を含めて三度目となると、
人格的に問題あるのかなと思えてきた。
さて、2009年。
自民党政権が国民に否決されようとする時期に、小泉・竹中路線の評価をきちんと知りたくなり、
ネットで『ウエクサ・レポート』を購入した。
この書は、2004年から2005年の間の経済とりわけ金融を分析したもので、経済と不可分という意味で、
時の小泉政権についての評価をその時リアルタイムなタイミングで論評している。
その際、ついでに『知られざる真実』も購入した。
まず『レポート』を読んで、2009年は2005年のままだったことがわかる。
われわれは2005年にすべきことを2009年になってやっと初めたのだ。
特に民主党!。
郵政選挙の時、私は本当は民主党に入れたかったのだが、自民党をぶっ壊す本気度を感じられなかったので、
ぶっ壊すと豪語する側に入れた。
氏の才覚と勇気を遅ればせながら再認識したので、ついでに買ったもう一冊も読んだ。
この書は氏が拘置所内で記したもの。
氏の小泉竹中路線の分析がまとめ直され、氏の個人的価値観・人生観・過去などが忌憚なく述べられている。
そして最後の巻末資料に、3つの”事件”についての氏本人の詳しい記述がある。
もちろん主張は、いずれも潔白であり、冤罪であるとのこと。
氏の主張を事実として受け取って読むと、ある種の脇の甘さが、他者に誤解を与え、
それに対する対処(特に警察内で)が誤ると、
更に自分に不利になっていく流れがわかる(これは他人事ではない)。
そして、警察にとって一旦前科者としてマークされると、
以降のちょっとした行動はすべて犯罪行為と関係づけられてしまうことも。
氏のいう”謀略”は権力(官僚組織を含む)がマスコミレベルに対してなされる話で、
自分の事件が権力によって仕組まれたということを主張している(ネットではこのように解釈されている)わけではない。
自分の事件に関しては、警察の捏造を問題にしている。
氏は確かに脇が甘かった。
だがそれによって、不運のらせんに落っこちてしまったら、
犯罪者扱いされて、世間から抹殺されていいのだろうか。
われわれは皆、裁判員候補である。
”推定無罪”の原則をいつも忘れないでいたい。
植草一秀 『ウエクサ・レポート-2006年を規定するファクター-』 市井文学 2005年 1800円
植草一秀 『知られざる真実-勾留地にて-』 明月堂書店 2007年 1800円
祭りの最中なので、浴衣姿で。
投票所は、行列するほどではないが、ひっきりなしに人がやってくる。
今日は曇天で、雨もなく、暑くもなく、かといって行楽日和でもなく、格好の投票日和。
さて、自分の投票行動だが、
まず比例区は、「みんなの党」に決めていた。
なぜなら、現在の自民・民主の中のそれぞれマシな人たちで新党つくってもらうのが一番だと思っていて、
その考えに一番近いのがここだから。
逆に言えば、今の自民・民主それぞれに問題を感じている(自民の方が問題、いや責任が大きい)。
ということで、困ったのが、小選挙区。
現職だった自民候補は、それなりに実績もあり、信頼できるが、
今回は自民に属しているという点で、どうしても入れたくない。
一方、民主の新人は、民主というだけが売りでしないようで、
ネットで調べたら、区議時代に問題があったようだ
(問題ありというなら、「みんな」の比例候補も問題あるんだが、こちらは本人がきちんと謝罪している)。
さらに白けたのは、両候補とも、比例名簿に載っていること(重複立候補)。
重複ってことは党にとってはそれだけ大事な人物という評価なのかもしれないが、
こうやって保険かけられた候補は、有権者からは応援のしがいはなくなる。
なので、結局、白票にした。
これで終わっては、投票所に足を運ぶ意義がうすれるが、
私は最高裁判事の国民審査は全員×をつける作業をするので、やりがいがある。
投票の後は、たこ焼きを買いに祭りの場へ直行。
白票=信任と解釈されるため、審査の体をなしていない。
これは、国民の司法権力に対する権利遂行として問題。
なら、どうすればいいか。
個別の審査するには情報が足りない、そこまで関心がないという人は
この制度が審査レベルに達するための援護射撃的行動をすればよい。
それは、”全員に×をつける”こと。
これは審査(可否)のボーダーラインを底上げする意味がある。
そうすれば、きちんと個別判断した審査結果の差が生きてくる。
又、このいいかげんな制度そのものに対する、批判としても意味もある。
万が一全員が審査結果で否認されたら、絶対に改良されるから。
最高裁判事って、自分が被告(しかも冤罪事件の)になった場合だけでなく、
自分の生活に関係する行政訴訟・憲法解釈の判決(たとえば一票の格差)や、
最近では裁判員制度などの問題も関係していることをお忘れなく。
でも昼は34℃を超える暑さだったので、家にじっとしていた。
夕方になって、涼しい風が出た頃、実家の家族総出で、祭りに出かける予定だったが、
私は、境内での演芸を見たいので、一足先に外出用の浴衣に着替えて(室内では部屋着の浴衣姿)、
桐の下駄を履いて家を出る。
本殿に参拝をした後、残りの家族たちが集まるのに時間がかかりそうだったので、
イカ焼きと缶ビールを買って、神楽舞台での演芸(かっぽれ踊り、漫談、歌謡ショーなど)を見物。
家族たちと合流して、甚兵衛姿の5歳の甥っ子の希望をかなえるべく、
かき氷、射的、金魚すくいなどにつきあう。
出店のある境内も外の狭い通りも人でごった返す。
さらにそのうえ宮元の神輿がやってくる。
ここの祭りの規模は、近所周囲では一番。
いわゆる”町内の祭り”としてはけっこう賑わうことが知られているらしく、
地元以外からも客が来ているらしい
(浅草のサンバとか高円寺の阿波踊りのような客をよぶための無理やりなイベントはないけど)。
神輿に道を阻まれて、あまりに混雑がひどくなったので、甥っ子を肩車する。
それまで大人の群に囲まれて、周囲に埋没して苦しそうにしていた甥っ子が、
逆にどの大人よりも高い視界になったのを喜ぶ。
やることもやったので、実家に帰って、素麺パーティ。
もちろんビール(正確には発泡酒)で乾杯。
つまみは枝豆、空豆。
その後は、家の前で花火。
今日のために、日本製の高い線香花火も買っておいた。
もちろん、本物の蚊取り線香にも点火を忘れない。
あ~、8月末ながら、一日にして”日本の夏”を満喫。
岩手網張温泉の旅2日目(はじめての人は24日の記事から読んでね)。
半日のハイキングに出る。
目的地は宿の裏手にある犬倉山(1408m)。
この山は岩手火山の外輪山の1つで、宿から一番近い。
休日なら山頂直下までリフトが運行しているが、
今日は平日なのでその分を90分歩く。
リフト沿いを直登し、裏岩手(岩手山の裏側)の稜線に出る。
岩手山側はガスで見えないが、奥羽山脈側は火山列がよくみえる。
犬倉山は、ちょっとした稜線上の火口丘で、山頂部は岩礫におおわれ、
登山道はその周囲を巡っているだけ。
誰もいない山頂で、東京で買ってきた菓子パンを昼食として食べる。
眼下には大きな爆裂火口が口を開いて、
その中央は蒸気が舞い上がっている(写真)。
これが網張温泉の元湯(源泉)だ。
谷の向うには、昨年登った乳頭山(1487m、岩手側では烏帽子岳)も、
平原から飛び出た鋭峰がマナスル(ヒマラヤの8000m峰)のようでかっこいい。
北側には八幡平がゆったりした境界線を空との間に描いている。
往路を戻って、小登山はおしまい。
犬倉山の小登山が今年唯一の山となるんだろうな。
それでもいっぱしの汗はかいたので(あと直登ルートの下りは、膝にもきた)、
まず、館内の浴室で体を洗い、
湯上がりのまま下駄をはいて裏手の沢に向かう。
仙女の湯という、沢の中の野天風呂に入るため。
浴槽は人工的構築物だが、目の前が滝で、屋根も柱もない、完全野天。
しかも乳白色の硫黄泉の湯が野趣をさらに高める。
いちおう今回唯一の行事である小登山も無事にすんだので、
風呂上りは、冷えた缶ビールを飲みながら、
宿の前庭に腰を下ろして、雲を眺める。
温泉旅行は毎月やっているが、
昼から風呂上りにビールを飲むのは、夏休みのみに許している。
だから私にとっても、真にリラックスできるひとときだ。
私の8月は研究活動の期間であって決して”休み”ではない、と弁解してきた。
なので世間の皆さんが数日間の”夏休み”を終えた8月下旬、
それまで遠慮していた私も、毎月の”温泉”に行くことに。
8月は出発地が東京になるので、東北方向へ遠出したい。
今まで、玉川温泉・乳頭温泉と有名な個性の強い温泉に行ってきた。
これらはいずれも秋田新幹線で行ったので、東北新幹線の分岐・盛岡は素通りだった。
今回は、その盛岡郊外、岩手山の麓に”休暇村岩手網張温泉”にした。
場所柄、岩手山登山や陸中海岸・浄土ヶ浜にも足を伸ばしたい誘惑に駆られるが、
たった2泊なので”温泉”以上のものを求めないことにした。
盛岡駅からは網張温泉行きの路線バスに乗る。
バスは小岩井農場を経由して、岩手山の西南麓を更に西に入り込み、
奥羽山脈(秋田との県境)に近づいた所が終点。
そこは標高780mの高原地帯で、三方は山だが、東南に開けており、
その方向に盛岡の街並みを見下ろし、その向うの早池峰山と向かい合う。
山上の一軒家的な休暇村岩手網張温泉(写真)は、休暇村なので、建物も従業員の応対も質素。
でも、他の休暇村と同じく、洋室が作られ、洗浄器つきトイレもあるので、
設備的には合格(へたな中古観光ホテルよりいい)。
さらに休暇村は、毎夕食後や朝方などちょっとしたイベントを開催して、
退屈凌ぎになる(お子様向けが多いが)。
ここはチェックアウトは11時と遅めなのもうれしい。
ちなみに私は今回、Qカードのポイントと共済の補助で合せて8000円も割引(この利点も休暇村ならでは)。
浴室は館内に二箇所ある(露天は一箇所のみ)。
どちらも東北の湯治場的な木造の高い天井。
ちょっと先の日帰り温泉施設(ビジターセンターも併設)、
さらに山側に入った滝の前に野趣満点の仙女の湯(混浴露天)も宿泊者は無料で入れる。
これらの湯は、いずれも硫黄臭に乳白色の”単純硫黄泉(硫化水素系)”の掛け流し。
臭いと湯の色がもっとも温泉らしい湯で昨年の乳頭温泉を思い出す。
ただ源泉が77℃なためか、いや硫黄泉などの酸性泉は、熱く感じるということもあり、最初はかなり熱い。
食事は、朝夕ともにバイキングが基本(料金プラスで会席もある)。
山菜や魚介類などは地元の素材が使われ、料理は日替わりで出るので、連泊しても飽きない。
付近のブナの原生林の中にはウォーキングコースがある。
そこに入りこみ、豪快なブナにつつまれた森を歩くだけで、
今、東北の山に来ているという実感がひしひし。
東北は、森は豪快だが山はあくまで”たおやか”(山名も~岳ではなく、~森)。
中部山岳のように落葉松の素直な純林の上に豪快な岩峰を聳えるさせる風景とは正反対。
このたおやかなる峰々に囲まれた宿で、温泉と料理と酒にひたっていればいいなら、最高に幸せ。
でも、明日は山に登ることにした(岩手山でない軽登山。もちろんその装備をしてきた)ので、
解放100%というわけにはいかない。
酒を控えめにして、早めに床につく。
前回の郵政選挙も、だいぶ前の”マドンナ旋風”(中選挙区時代だが)も、無党派層の絶大な支持によって実現した。
これら雪崩をうっての”大勝ち”現象は、他党への批判を含んだ無党派層の部分的な期待、言ってみれば一種の”気まぐれ”によって支持されている。
その政党方針に心底共感し、あるいは生活の基盤を支持されているわけではない。
なので早晩、気まぐれ以外の不支持部分が目につき、失望する。
その政党と生活基盤的な繋がりのない無党派層は、一度失望した政党に次回も入れるという選択肢はない。
この失望が、政党消極的支持層(潜在的無党派層)も巻き込むことで、
大勝ちした政党は次回は壊滅的打撃を受ける。
したがって過分な大勝ちは、衰亡する前段階、破裂する風船の直前の状態に等しい。
無党派層に翻弄された政党は、選挙結果を受けてその構成員が変ることで、政党自身の変質を余儀なくされる。
このように、この極端な変動が政界再編の原動力になっている(非常に非効率だが)。
今回、民主党が大勝ちすれば、自民党の存亡の危機をもたらすだけでなく、次回の民主党自身の存亡の危機をも準備したことになる。
こうして自民と民主がともに再編成を余儀なくされることで、
政党政治から疎外されている最大比率の無党派層に共感される政党が誕生する機会が増える。
これは非常に非効率だが、無党派層は層として共通した基盤のない”補集合”集団でしかないのだから、いたしかたない。
無党派層は、政党派からはムードに流される愚かな大衆とみなされているが、是々非々で判断する彼ら(我ら)こそ、非効率な民主主義を体現している主役なのである。
一方、私はというと、
来月締切の論文原稿も仕上げ段階に入り、
最後の詰めを推敲するために、永田町の「国立国会図書館」に通う。
ここは、もうひとつの通い先である広尾の「都立中央図書館」よりも食堂のメニューが豊富。
値段も役所の食堂並に安い。
ここではいつもはカロリー控えめに蕎麦類(天ぷら蕎麦でも500kcal台)を食べるのだが、
二週間後の投票日を控え、かつ原稿も大詰めになり、
もう今後は国会図書館には足を運ぶ必要もない段階になった今日の昼食には、
いままで一度も選ばなかったあのメニューを選ぶことに決めていた。
その名は”国会丼”。
前回の参院選で、両院レベルで与野党伯仲状態になったのを受けて、
国会議員御用達のここ国会図書館では、
一つのどんぶりに牛丼とカレー丼は半々にして”与野党伯仲”を表現した丼をメニューに追加した。
しかも温泉卵も入っていて、後日テレビで紹介されたところによると、
牛丼は与党、カレーは野党、卵は国民を意味しているそうだ。
それが「国会丼」。
この国会丼、値段は味噌汁付きで500円とお手ごろなのだが、
カロリーが881kcalもあるので私の許容範囲外となり、選択肢に入らなかった。
しかし、今回の衆院選は、自民党が惨敗することが目に見えている。
すなわち、両院ともに民主党の時代が招来しそう。
すると、解散前の状態を示したこの国会丼も、
早晩消える運命にある(名前は同じでも中身は牛丼かカレー丼になるだろう)。
そこで、カロリー的に掟破りながら、”衆院選公示記念”に一回だけ、
国会丼を食べることにしたわけだ
(高カロリーの料理を選ぶには、それを正当化する理由が必要なのだ)。
実際食べてみて、カレーと牛丼の具って、味覚的にまったく適合しないことが判明。
かといってひとつで二種類の味が楽しめる、っていう喜びもない。
それぞれ主張が異なっても、高次元では適合して、一つの料理になる、
というハイレベルの関係ではないようだ。
この国会丼、深い皮肉がこもっているのかも。
食べながら、ふと窓の外を見ると、目の前には”社会民主党”の看板。
もちろん旧社会党本部の建物だ。
社民党がなぜ壊滅的弱小政党になったかというと、
自治労・日教組などが民主党支持に流れ、抜け殻となったため。
なので自民対民主の構造には、
古くさい55年体制の亡霊が生き残っている(あと経世会レベルの対立も)。
新しい国会丼は、旧来の料理を単純に野合させたものではなく、
旧来の料理の欠点を改めたまったく新しいものになってほしいものだ。
半月ぶりに、名古屋の棲み家の鍵を開けた。
もとは丸々一ヶ月戻らなくてもよかったのだが、あえて用事を作って、連続不在状態を半月に縮小した。
その理由は昨日の記事に記したが。
そこに書かなかったもう一つの本音の理由を述べると、部屋を丸々一ヶ月不在状態にすることが心配だったのだ。
といっても防犯上の心配ではない。
なにしろ服はユニクロレベルだし、家電も15年落ちのものばかり。
専門書なんて盗まないだろうし
情報的に大切なノートパソコンは持ち帰る。
というわけで、空き巣が入ったとしても、私にとっては廃品回収されたに等しい。
では何が心配かというと、
まずはエアコンの止め忘れ、コンロの止め忘れ、風呂場の水の止め忘れ。
ただしこれらは、それぞれ体験済なので(後の二者は顔面蒼白もの)、出る時にチェックしている。
上よりも可能性は低いものの、気持ち的に一番おそれているのは、
不在中に室内にヘンな虫がわいて、暑さと密閉のため、大繁殖してしまうこと。
今まで、小さな甲虫とコバエが増えたことはあった。
ただ帰省前は虫の気配はなかったので現実的な懸念としては少ない。
そういうわけで、半月ぶりにドアを開けた時は、まず室内の気配を探った。
むっと熱気があるのでエアコンは止っている。
ただ異様な熱気や煙はないのでコンロは止っている。
室内は乾燥しているので水も止っている。
そして、虫の気配はない。
かくして、安心して半月前の生活に戻った。
まったく半月前と同じだと思っていた。
そう安心してフローリングの座卓に坐っていると、右横1メートル弱の所に、黒いものが動いた。
それはときたま目にする米粒ほどの小さな甲虫ではなく、明らかにわが親指ほどの確固とした大きさ。
誰もが見まがうことのない、ゴ キ ブ リ だ!
思わず叫び声をあげた私は、ゴキブリを飛び越えて、別室においてあるスプレー殺虫剤を取りに行く。
この間に、ゴキブリにすばやく逃げられ、あちこちの物影に走りまわられ、室内で大捕り物になったら大変だ。
急いで戻ると、幸いゴキブリは、私の部屋の散らかりっぷりに閉口しているかのように、動きが遅い。
すかさず殺虫スプレーを大量に浴びせ、その毒素と風圧でもって逃げる間を与えない。
ほどなくゴキブリは仰向けになり、足を元気なくばたつかせた。
私の勝利だ。
この一戦の勝利に私は満足し、あとは武士の情け、KOされたゴキブリにとどめを刺すことはせず、ホウキでちり取りに掬って、屋外に捨てた。
「二度と来るなよ」とつぶやいて。
ゴキブリは、この部屋で見たのは始めてに等しい。
換気のために小窓を少し空けていたのがいけなかったのか。
今月の端(はな)から帰省している私には無関係。
もちろん一年で年末年始とならんで一番旅行しづらい時期(一番混んで、一番高い)なので、旅にも出ない。
静かになった東京で、いつものように図書館に通って、専門書を読んだり、原稿を進めたり。
ただ、今年は、リゾート気分を味わえるのが違う。
家の中で。
Wii Resortを買ったから。
テレビモニタに向かってリモコンを動かして、ヴァーチャルなリゾートアイランドで、リゾートスポーツやり放題。
毎日、気分転換に、ちょっとずつやっている。
一番気分転換になるのは、”遊覧飛行”。
リモコンをおもちゃの飛行機に見立てて、動かせばいいだけ。
ステージが上がると機銃操作ぽいこともできる。
あとチャンバラとアーチェリーもいちおう”武術”として嗜む(これらがあったから購入)。
ゴルフやカヌーのほかに卓球やボーリングなどもある。
これらは甥っ子の柊ちゃん(5歳)とリモコン振り回して対戦しようと思っている。
わが家の簡易地震計も反応して音声で大騒ぎしている。
音声を消すために起きて、地震計の所に行くと、表示は震度4.1。
でも我が部屋の神鏡は倒れることなく、ちょっとズレただけなので、
前回の震度4よりは弱いみたい。
さっそくNHKをつけると、台風情報のさなかの地震速報(というより実質津波注意報)。
震源は東海地震の震源域内、マグニチュード6.5,付近では震度6弱。
これってミニ東海地震?
いや、この地震は”静岡地震”という30-40年周期のものらしい。
つい先日の深部地震も南方のフィリピンプレート境界だったし、
駿河湾トラフから南海トラフにかけての一帯が活動しはじめているのか。
それんしても、駿河湾で発生する地震でも、特定パターンの地震しか予知の対象でないわけだ。
さて、本題は、台風9号の余波の洪水災害。
兵庫県の佐用町を中心に13名の死者(今日現在)。
震度6弱の地震よりも豪雨の方が被害が大きかった。
そのほとんどが、避難するため屋外で洪水に流された。
地図によると、自宅から避難先の学校の間に川がある。
このような場合、避難するとしたら、川が氾濫する以前でないとダメ。
川の増水速度に避難勧告が間に合わなかったのか。
実際、避難を決意するタイミングは難しい。
先ずは、外の河川・用水路や道路の水位を目で確認(決して近づかない)。
次にこの豪雨がまだ続くかどうかの見極め。
そのためには気象庁の”レーダー・ナウキャスト”か国交省の”リアルタイムレーダー”にアクセスして、
画面を自分の住んでいる「地方」に拡大して、「予想」の動画にして、
頭上の強雨域が停滞するかを確認する。
停滞する予想だったら、事態は確実に悪化すると判断し、急いで避難を開始する。
自分と家族の命を守るのだ。
自治体の避難勧告が出るまで待つという受け身ではダメ。
では避難のタイミングを逃がしたらどうする。
氾濫後は、外に出るのはかえって危険に身をさらすことになる
(その中で8キロも流されて、無事救助された女子中学生は好運)。
一階は床上浸水しているだろうから、厚着して二階や屋根に上がる
(数年前、豊岡の豪雨で、バスの屋根に上がって一晩すごした人たちがいたでしょ)。
水害は上へ避難する。
水の中に入るのは、圧倒的な敵の中を突破する暴挙に等しい。
強い雨だと音でわかったが、その後きちんと起床した後、
わが”ひぐらし気象台”の記録をみたら、10分間に18ミリ近くの雨量。
これって、1時間換算すると、100ミリ超える(豪雨災害の雨量)。
気象庁用語では、最上級の雨の強さを”猛烈な雨”と言うが、これは80ミリ以上。
私は100ミリ以上の雨を”瀑雨”と仮称している。
といっても、10分ほどで小ぶりになったので、
実際の1時間雨量ではそこまではいかず、家の周囲でもたいした被害はなかった。
さて、その後雨はほとんど止みかけたので、
夏は毎日使う日傘兼用の傘を鞄にカラビナで取り付けて図書館に出かけた。
地下鉄の改札を抜け、いざ地下鉄に乗ろうとしたとき、
鞄につけたはずの傘がカバーだけになっており、本体がないのに気づいた。
家に忘れたか、途中で抜け落ちてしまったんだ。
改札に戻って出たいと申し出ると、Suicaの入場を解除してくれた。
雨がまた降り始めたが、私は傘をもっていない。
来た道をそのままもどって家についたが、家の中にもない。
とりあえずあらたに折畳みの傘を持って家を出る。
もう一度さきほど歩いたルートを、今度は左右もチェックしながら歩いたが、
お気に入りの傘は見当たらない。
もう駅に着く。
駅前の交番が目に入ったので、最後の頼みの綱として、
交番に「折畳み傘をなくしたんですが」と申し出る。
すると中に居た警官は、傘の裏地の色を聞いてくる。
裏地の色まで明確に覚えていないので、うろ覚えに答える。
すると、別の警官が、奥の部屋から、
「これでしょうか」とビニール袋に入った折畳み傘を持ってきた。
まさしく、見まがうことのない、我が日傘兼雨傘。
表地は銀なのを覚えているのだが、
今つくづく見ると裏地は銀ではなくちょっと青みがかっている。
誰かが、道で拾って交番に届けてくれたのだ。
届けてくれた人は、急いでいるとのことで、拾った場所などは言わなかったとのこと。
お気に入りの傘で、ネット通販でしか手に入らないので、とてもうれしかった。
拾って届けてくれた人のかわりに交番の人たちに、お礼を言い、
その傘をさして、駅に向かった。
無くし物をよくするが、こんな感じで拾われて戻ることが多い。
夏らしくない変な天気(でも気温は高く、夕立はきっちり)に見舞われていたら、
震度4の地震。
震度4を体感したのは数十年ぶり。
震度3はめずらしくないので、それよりも明らかに大きかったから、
発表前にこれは震度4だと確信(家にグラグラフという簡易振動計があるのだが、
たまたま電池交換中だった)。
食事中だったのでNHKを見たら、「天地人」のテロップで関東と福島が震度4。
震源は、当然鹿島灘だと思った。
そうしたら震源は東海道沖、すなわち遠州灘の南。
マグニチュードは6.9とでかい(直下型だったら被害が出る)。
震源の深さは340kmと深い。
2chの”地震速報”板を開き、この地震のスレで各地からのレスを見ると、
震源に近い東海地方で揺れを感じなかったらしい。
気象庁の地震情報を確認すると、
震度4なのは関東から東北本線に沿って北上するライン。
これって”異常震域”。
震源は、プレート境界の深部なので、”深発地震”。
深発地震だと異常震域になりやすいという。
つまり、震源が遠くても、大きく揺れる事がありうるわけだ。
ちなみに、我が部屋では本棚に飾っていた神鏡と仏像が倒れていた。
縁起でもない。
それに南海トラフが気になる。
明日からは台風が2個連続して接近するし。
昨日、平和なわが家にも、覚悟はしていたが訃報が届いた。
義妹の里(実家)の愛犬(柴犬)が死んだ。
俗名は”プリン”。
肝硬変で容体がかなり悪かったので、
先週、義妹たちは最後とばかりに泊まりにいっていた。
その犬は、数年前、わが家にも一度泊まりに来て、
その時は、私をこの家の主人とみなして、
私になついた(帰宅すると、飛び跳ねて歓待)。
その犬が帰宅して去っていった時は、喪失感を覚えた。
たった2晩すごした私でさえ、喪失感を感じたのだから、
10年以上、一緒に暮していたあちらのご両親は、
わが子を亡くすに等しい喪失感なのではないか。
昨日は、家の仏壇に合掌した。
そして今日は、大原麗子の訃報。
女優としての全盛期を見てきたわれわれの年代の者にはショック
(のりピーの行方も気になるが)。
彼女もここ最近は、難病でたいへんだったようだ。
今日も合掌。
この品性のかけらもない言葉、気象現象を畏怖する者としては絶対使いたくない。
この言葉に対する気象学会や気象庁の見解はどうなのか知りたかった。
今回の日本気象学会社主催の”夏季大学”で、
講師を担当した気象大学校の先生たちがこの用語を話題にした。
気象学・気象庁の見解としては、
対処の裏をかいて攻撃するという”ゲリラ”という表現は、
なんとかその発生を捉えようとする気象学の努力を
あざ笑う侮辱的ニュアンスであり、
また豪雨がまるで意思をもっているかのような非科学的な表現というわけで、
全面否定だった。
では彼らはどう呼んでいるかというと、
”局地的大雨”。
従来からの用語には”短時間強雨”ってのがあるけど、
”短時間”という表現は防災上誤解を与えそう。
あるいは若干広い概念になるが、”突発的豪雨”。
同じマスコミ産の用語”集中豪雨”は、表現の適切性から気象の世界にも受入れられている。
”豪雨”は本来気象学用語ではないが(用語は”大雨”)、”突発的豪雨”でもいいかなと思う。