今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

七草粥を食べる

2025年01月07日 | 歳時

本日1月7日は、一年で最初の節句である「人日(じんじつ)の節句」。
この日は”春の七草”を粥で食べるという。

これは5世紀の中国(東晋)の『荊楚歳時記』に載っている風習で、19世紀に明治政府が五節句そのものを廃止したのだが、こうして民間で古代からの伝統を大切に守り、21世紀の日本でも実施されるのだから面白い。

スーパーに行けば「七草粥セット」が490円で売られていて、それを買って、卵入りのレトルトの粥と混ぜる。
お茶漬けの元を入れて味付けをしたら意外に満足できた。
正月のお節に飽きた腹には、こういう野菜いや野草中心のシンプルな粥が新鮮。

次の節句は3月3日の「上巳(じょうし)の節句」。
この日は缶詰めでいいから桃を食べよう。
その前に「節分」があるが、似非伝統の”恵方巻き”とやらは無視する。


7回目のワクチン接種受けた

2025年01月06日 | 健康

年末にインフルエンザのワクチン接種を受け、年明けの今日、コロナワクチン接種(7回目)を受けた。
いずれも年齢枠による居住区の補助で無料。
しかも、近所の最寄のクリニックで予約無しで受けれた。

いずれの感染症も大流行中で、前者は姪が年末に感染して40℃以上の熱を出していた。
また勤務先の学生たちの間でも両者の患者が多いので、これから業務的に彼女らと接する前に予防策をとっておきたい。

私はもちろん「反ワク」デマに惑わされず、コロナ禍を6回のワクチン接種で無傷で過してきた。

ワクチンも、微弱な毒素を接種することでむしろ抵抗力が高まるというホルミシス効果の1つであり(筋トレも同じ)、毒素を微弱でも拒否する1次関数的単純思考では理解できない現象だ。

ホルミシス効果は生物を強靭にする複雑ながら確かなメカニズムで、この効果を活かした生物こそが、厳しい環境下で生き残れる
※:実際、私の周囲の過敏な健康オタクは早死にしている。
なので紫外線を含む放射線に対しても電磁波に対しても同じ態度で臨んでいる(ただし顔の紫外線ケアは実施)。


睡眠を得る方法:追記

2025年01月05日 | 健康

睡眠トラブルの中でも”不眠”に悩む人が最も多い。
私自身、大学生の時は日が昇るまで眠れない時が続いたので、後述する自分なりの打開策を取って、結果的に不眠を克服している。


まず睡眠に入るにはどうしたらいいのか、一般論を示そう。
哲学者にしてパリ大学心理学教授のメルロ=ポンティは「人は眠る時、まず眠る真似をする」と言ったが、
まさに眠る真似、すなわちあたかも自分が眠っているかのような心身の状態を実現することで入眠が導かれるのは確か。

ただしそれは体を床に横たえ、閉眼するだけでは足りない。
眠れない時に思わずやってしまう「寝返り」という体動をまずは制止する。
体動は目覚めさせる運動になるからだ。
それゆえ、意識的に手足を固定し、静止姿勢を維持する。

次いで、思考を停止する。
あれこれ考えると頭が冴えてしまうから。
具体的には頭に浮かぶイメージ表象を動画で展開させるのではなく、静止画にする。
音声もなくす。
そしてそれをゆっくり暗転(フェードアウト)する。
そうすると、いつしか眠ってしまう。


上の方法でうまくいかない場合、例えば思い悩むことが頭から離れない場合などは、むしろ強制的に頭の中を眠くなる方向に持っていく。
覚醒時に”睡魔に襲われる状態”を再現すればよい。
一番おすすめは、退屈な読書。
小難しい哲学書や、淡々とした記述の歴史書などがいい。
逆に面白い小説は、かえって目覚めてしまう。


実は私の長年の打開策はまったく別の方法を取っている。
ただし健康を害する可能性が高く、言い換えれば高度な自己管理が必要なので、一般的にはお勧めしない(まず医者は絶対に勧めない〕。

それは寝酒+つまみ+鑑賞の3点セットによる毎晩の”入眠儀式”。
観賞は読書でもマンガでもいいが、最近の私はもっぱら映画(ビデオ)。
これは短くても1時間を要する(いずれも途中で眠くなったら観るのをやめる)。

この3点セットは気分転換になってその日のストレスを解消する効果があり、これ自体が楽しみな娯楽行為である(意識的な努力を要しない)。
この場合の観賞はあえて”退屈”である必要はなく、気分転換効果として感動したり笑う内容で構わない(ただしホラーは見ない。夢に出てきたら嫌だ)。
眠気を促進するのは、もっぱらアルコールにまかせるからだが、
酒だけで観賞がないと、頭の中の問題に悶々としてしまう。
寝酒は睡眠の質を悪くするという説があるが、スマートウォッチの睡眠データで毎日確認する限り、”深い睡眠”は標準的に取れている(私は説よりデータを信じる)。

アルコール飲料だけだと体に悪いのでつまみを要する。
つまみはアルコール摂取を促進するとも減らすとも解釈できる。
少なくともアルコールの吸収を遅らせ、また血液を消化活動に集中させることで、脳への血液集中を抑える(昼でも食後に眠くなる。特に糖質摂取後)。

この方法の問題点は複数ある。
まずはアルコールの常用による、アルコール依存症の危険と内臓負担の問題。
それにはアルコール摂取量を増やさない歯止めが必要。
すなわち、アルコール度数を1桁に下げ、総量を一定に抑える。
度数を下げるのは、食道・胃を傷つけないためにも必要。
眠くなるための摂取なので、酔う必要はない。
※:350mlの缶ビール(5%)1本で心地よい眠気がくるのを帰京時の新幹線で毎度経験。

私は焼酎を数倍の水と若干の酸性の汁で割って、それを小ジョッキ並みのグラスで3杯、時間をかけて飲むことにしている。
一定量に保つことを”習慣化”するのだ。
また肝臓の負担を軽減するためのサプリ(Lシステインなど)を飲む。
もちろん毎年の健康診断で、肝臓の健康度を数値で確認し、2-3年に一度の内視鏡で食道・胃と大腸内部のチェックをしている。

就寝前につまみを食べること自体は、内臓的にも口内的にも良くない。
実際、たんぱく質の他に、糖質中心のスナック菓子を1袋は食べる。
これは体重増加、そして内臓脂肪の増加を招く。
なので、朝夕の食事で糖質を減らし、1日単位でのバランスを維持する。
また糖質の分解を促進するサプリ(キトサンなど)も飲む。
そして眠る前に洗面所で歯を磨くと眠気が飛んでしまう恐れがあるので、歯磨きはせず床の上で歯間ブラシで掃除する。

以上の結果、内臓脂肪はやや多めだが、体重は維持され、肝臓の数値も健康状態を保っている(若干細工をしているが→健康診断に臨む)。
また半年ごとの歯科のチェックでも、歯の状態は良好を維持。
それから寝る前の水分補給自体は悪いことではないが、夜間にトイレに行くことは避けられない。
でもその頻度は1回程度で、睡眠の妨害になっていない。

こういう自己管理をすることで、健康に悪い要素をできるだけ抑えて、楽しい入眠儀式を毎晩やって、ストレスをためずに快眠を実現している。
ただし人にお勧めはしない。


1月6日追記:俳優・吉沢亮の酒の飲み方(酩酊が目的になっている)はよくない。
これだと酒の上のトラブル(実際に発生)やアルコール依存となる。酒は睡眠導入のためで(350mlの缶ビールで可)、ストレス解消(気分転換)は酒よりも観賞の方に求めるべき。もっとも私も量が固定するまで長い時間がかかり、30代の時は飲み過ぎて二日酔いで授業したこともあったが。


弁天巡りと下谷七福神

2025年01月04日 | 東京周辺
正月三ヶ日は近所の氏神詣以外は家に籠り、4日に外出始めをする。
今年は巳年にちなんで弁天様を詣ようと、ネット検索したら、台東区三ノ輪付近に2か所あるのでそれらをハシゴすることにした。
 
一つ目は、荒川区南千住にある中島弁財天
ここは商店街の脇にあり、最近まで銭湯の女湯の中庭に祀ってあったものだという。
さらに元を辿ると伊勢亀山藩主の屋敷内の弁天池の中の島に祀ってあったといい、それが名前の由来だ。
寺の境内にある石仏と違ってお顔がきちんとした作りになっており、美仏リストに加えてもいい(上写真)。
 
二つ目は、三ノ輪を越えた先、旧吉原(台東区千束)にある吉原弁財天
ここは江戸時代以来の遊郭吉原が関東大震災で火災に遭い、遊女たちが熱さで逃げ込み溺死した弁天池があった所。
手前の吉原神社は稲荷などを合祀しているが、その先の弁財天本宮には、震災死者の慰霊の観音像が立ち、
奥には弁天の壁画(下写真)のある弁天堂と水が落ちている赤富の滝がある(ここは大正時代のものだが完全に神仏習合)。
他の弁天堂と違ってここは悲しい死の思いに満ちている。
 
実はここに来る手前に寿永寺という寺があり、立ち寄ったらそこは下谷七福神の1つで、布袋が祀ってあった。
そこでもらった下谷七福神巡りの地図を見ると、私が向かうルートに恵比寿を祀る「飛不動尊」があり、残りも付近に点在して、一筆書きルートでまわれる。
なので、弁天巡りを終えたので、次は下谷七福神巡りに切り替える。
となるともう1つ弁天が増える。
 
酉の市で有名な鷲神社(ここは参拝者が行列)を越えて台東区竜泉に入ると、公園内に弁天院というお堂がある。
ここが今日三つ目の弁天様。
一応寺だが地元の人たちが管理しているようで、堂内に上がって弁天様を拝み、ここの由来記と七福神巡り用の弁天像(400円)を購入。
由来記を読むと、ここにも弁天池があり、底知れない深さのため池にはまった死者がいたという。
そして関東大震災での焼土を埋めるために埋め立てられ、その跡地にこの弁天院が建てられた。
 
かようにそれぞれ由来は異なるものの、いずれも池を祀るための弁天様という点で共通している。
この後、残りの七福神を巡って(法昌寺=毘沙門天、英信寺=大黒天、入谷鬼子母神=福禄寿、元三島神社=寿老神)、
鶯谷から帰宅し、購入した弁天像は巳年(年女)の母に渡した。
自分用には英信寺の三面(左右に弁天と毘沙門)大黒天の御影を買った。

バス旅が”3人”であることの意味

2025年01月04日 | 心理学
年末に撮り溜めした「バス旅」(テレビ東京)を観て、改めて思うことがあった。
まず、長距離を歩いて大変な思いをするのはメンバーの3人だけでなく、それに随行するカメラ・マイクを持ったスタッフたち。
重い機材を持っての長距離歩行なのだ(彼ら用の車も随行しているはずだが、一緒に歩いてメンバーの会話の撮影が必要)。
そして「バス旅」のメンバーは(対抗する鉄道旅も)、なぜ3人なのか。
そもそも日本では旅には「弥次喜多」という2人パターンが伝統的に存在していた。
ところがそれを踏襲せず、1名増えた状態を構築し、それがうまくいっている。
なぜなのか。

実は、2人事態と3人事態とでは、量的だけでなく質的にも異なる対人場面であることが私を含めた一部の研究者が指摘している。
それは”集団”の最小単位すなわち集団の定義に関わる問題でもあるのだが、ここではその問題には立ち入らいものの、できるだけ理論的に説明したい。
※:既存の心理学では、集団は「2人以上」と定義されているが、私も含めた一部の研究者は「3人以上」を主張している。2人事態は”対人関係”に等しいため。
 
社会学者のジンメルは、3人事態では、内部的連合形成が可能となり、その結果、メンバー間に”中心者”や”孤立者”あるいは”仲介者”という構造的差異が発生しうる点を2人事態との質的相違としている。
心理学者の松村康平は、3人事態で初めて、自分Aが直接関われない関係(BC)が発生し、その関係に対する間接的関係として「間関係」(A→(BC))の発生を質的相違としている(人数が増えると間関係の数が飛躍的に増え,それが集団固有の現象となる)。
私は主に松村の「間関係」を使って集団を3者関係モデルとして構築した※。
※:卒論で構築し、『人のこころ 人のからだ』(市川・氏原・成田編 ミネルヴァ書房)内で紹介している。

この問題を「バス旅」に当てはめてみよう。
2者関係だと、2人の仲(例えば太川氏と蛭子氏)が悪化すると、旅を維持するのが困難になる。
3者関係では、まず両者ともう1人(ゲスト)との関係が残っているので3者レベルではまだ破綻していない。
それにその人が仲介者となり、2人の仲が第三者によって調整可能となる。
言い換えると、直接関わる2人の相手以外に、その2人の関係に対しての働きかけが発生しうる。

2者関係ではABの直接関係1つだが、3者関係ではAB,BC,ACの直接関係が3つ、それに新たな間関係が3つとなる。
このように3人事態では質的も量的にも新たなシステムとなることで、関係状態が単純ではなく、多様性をもつ。
例えば、1人がリーダー(上位者)となる場合、2人事態では状態が固定されるが、3人事態だとフォロアーが2人いるため、人数的にはフォロアーが多数派となりうる(対抗可能)。
3つの対関係(AB,AC,BC)にそれぞれ第3の力が作用し、ハイレベルのバランス(調整)機能が作用する。
すなわち、2人事態は”対人関係”レベルだが、3人事態は個人を超えた”社会”の原初状態に相当する。
それが3人旅の妙味を形成する。
さらにその3人の役割、特性を考慮して配置するのがあの番組の構成だ。

例年通りの三ヶ日を過ごす

2025年01月03日 | 歳時
毎年、元日は儀式を大切にし、元日を含めた”三ヶ日”はあえて儀礼的無為を貫き通すことにしている。
すなわち、意地でも和服で通し、仕事に一切触れず、また混む初詣にも行かず、食事はおせちと餅の繰り返しで、昼間から酒を飲み、関東戦国史の本を読む。
※:「学問に正月(休日)はない」という考えは確かにあるが、あえてそこから離れることで、新鮮な発想に切り替えるメリットがある。
ついでに、寝る前は、湖池屋の「のり塩」特大サイズ(195g.普通サイズの3.25倍)を寝酒の肴にしながら、年末に撮り溜めした「バス旅」(千葉成田から青森龍飛先)を4回に分けて観る。

今回読んだ本は、昨年に続いて『戦国武将列伝(関東編下)』。
いわゆる”国衆”(戦国領主)の網羅的紹介で、史料による経歴・事績の記述で終始される。
彼らは領地の維持(あわよくば拡大)が使命なので、隣接する国衆と争い、上位パワーである戦国大名(北条氏・上杉氏)に付いたり離れたりを繰り返す。
このワンパターンの生き方が次々と紹介されるだけで、ドラマチックな展開がなく、今年も読むのが辛かった。
「バス旅」の方がよほどドラマチックに感じるのは、ある決断への葛藤(迷い)がどういう結果をもたらすかをリアルに追えるから。
考えてみれば、戦国時代の国衆たちも、戦さの決断をはじめ自分たちの命運をかけた決断の連続であったはず。
本書が淡々とした紹介で終わっているのは、そういう人間的エピソード(伝説)に乏しい人たちだからだ。
だからむしろ歴史小説家が題材を探すつもりで読むといいかも。

2025年元日を過す

2025年01月01日 | 歳時
新年あけましておめでとうございます
本年も皆様にとってよい年でありますように
 
日本の正月、とりわけ元日は、1年で最も特別な日として、神聖な心持ちで神妙に儀式的に過す日で、それを大切にする日本人であることを堪能する日でもある。
 
正月は、特定の宗教臭さもなく、むしろ太陽に対する地球の公転の期日として普遍的視点で祝えるのがいい。
それは神道に内在する普遍性を実感できることでもある。
※:神道に内在するのは日本人としての民族性だけでなく、少なくとも北東アジアに共通する宗教的普遍性があり、それは自然宗教において呪術性に堕しない良いサンプルを示している。すなわ閉鎖的民族性もち呪術性も、そして妄想的思考を強要する教義性もない、”超越的に存在に対する直き心での崇敬の念”を専らにする普遍宗教としての神道を体験できる。
例年通りに儀礼的にすごすことが元日の意義である。
目覚めたらまずは新湯で湯ごりをし、羽織・袴に着替えて、地元の二社一寺に初詣でに行く。
第一鎮守の天祖神社はすでに長い行列だったので、近くの富士神社を先に参拝して、
行列が短くなった天祖神社で、柏手の音を響かせて参拝する。
ついでに、下駄を履いていると拝礼での屈体でバランスとるのが難しいことを痛感。
第二鎮守の八幡神社は空いていて、隣接する東覚寺(赤紙仁王)にも立ち寄る。
ちなみに寺社で参拝する時は、願を掛けることはせず、ひたすら神仏への崇敬の念を発する。
私は神仏習合派なので、富士神社では「南無富士浅間大権現」、八幡神社では「南無八幡大菩薩」と祈る。
寺では、(可能な限り)本尊の印を結んで本尊を念じて真言を三唱する(すなわち三密)。
 
帰宅して、武家の礼装である烏帽子・直垂(ひたたれ)に着替え、お節料理の準備ができて一同集まったら、屠蘇の儀を式三献で執り行う。
それ以降は直会(なおらい)よろしく、神と酒を酌み交わす節会(せちえ)を楽しむ。
神道の儀式ってなんて人間的なんだろう。