自分の携帯(電話)がいつも入れているバッグにないことに気づいたのは、長野駅前から善光寺大門行きのバスに飛び乗った直後だった。
サイフと携帯は入れる場所を決めている。
そこにないということは…嫌な予感が走った。
まずは家に置いてきた可能性から考えてみた。
実際そういうことがしばしばあったからだ。
だが、一番直前に携帯を使ったのが、今朝の北陸新幹線のホームで自販機のお茶を携帯のSuicaで購入した時だと思い出し、携帯を持参したことは確実になる。
それ以降、携帯を使った記憶はないので、普通ならこのバッグにしまったはずだ。
上着やズボンのポケットも探ったが、手に触れるものは何もなかった。
残すは、コインロッカーに入れてきたキャリーバッグだ。
いちるの望みを残して、予定通り善光寺を参詣した。
ただ、気はそぞろで、前立本尊を拝観した後は、どこにも立寄らずに、またバスで長野駅に戻った。
コインロッカーに直進し、キャリーバッグを取り出し、チャックを開けて中を開くが、携帯は見当たらない。
携帯電話を紛失したことがこれで明らかとなった。
バスに乗る前は、新幹線だ。
駅ビルに入り、遺失物コーナーを探すと、駅の反対側口の一階にあった。
そこのドアを開け、係の人に乗ってきた便と車両・座席を言って、なくした携帯の特徴、すなわち黒い二つ折りで、裏のバッテリ部分の蓋が取れている旨を説明した。
すると係の人はその特徴に反応し、奥に入って、黒い二つ折りの携帯を持ってきたではないか。
しかも、裏のバッテリの蓋が取れて、白いバッテリがむき出しになっている。
だが私の携帯はバッテリの部分に黒いビニールテープを巻いて保護してあるのだ。
それに、私の携帯よりボディが大きい。
少しの違いだから、これでもいいか…というわけにはいかないのが、つらい。
これではありませんといって、引き下がる。
もう名古屋行きの特急の発車時刻だ。
ホームに行ったら、座席は満席で座る余地がない。
あきらめて、1時間後の便にする。
そして、ビールとつまみを買って、次の便に乗る。
列車は長野駅を後にする。
もう諦めるしかない。
私は携帯を見つけられなかった。
缶ビールを開け、車窓に目をやるが、旅情を味わう気になれない。
東京から真直ぐ名古屋に帰れば、こんなことにはならなかったはずだ。
長野の善光寺に寄り道したことは高くついてしまった。
私にとって善光寺とはなんだったのか。
列車が川中島に達した頃、後悔に耽ってはいられないことに気づいた。
Wifiに電源を入れ、iPadからネット経由でドコモのサイトに繋ぎ、自分の携帯にロックをかけた。
これで被害が拡大することはない。
考えてみれば、私にとっての携帯はほとんどがFeliCa(おサイフ機能)に使うだけで、あとはごくたまに特定の相手に連絡するだけ。
なので、無くなって生活に困るわけではない。
そう、実害は意外に少ないのだ。
だが、喪失感はどうしてもぬぐえない。
私はスマホは使わず、このガラケーとタブレットという最強の組合せですごしてきた。
いわば、私の情報生活を陰ながら支えてきたのがこの携帯だった。
あまり使わないため、なおのことバッテリがよくもち、いつも私と行動を共にしていた。タブレットよりもずっと前から。
私と一番長くそして近く、”伴に在った”ものかもしれない。
それが今は無い…
名古屋宅に着き、ドコモに電話して、紛失を伝えた。
すると、 「DoCoMo補償」に加入していて、同じ機種をゲットできるという。
これは助かった。
ただ、この機種はとっくに製造中止になっているので、同じ機種は不可能だろう。
補償を受けるためには警察に紛失届を出してくれというので、 翌日、仕事帰りに名東警察署に立寄った。
心はすでに 新機種に傾いているので、すぐに紛失届の写しをもらいたかった。
ところが、警察署の若い担当者は、私が無くした携帯の特徴を丁寧に尋ね、それを熱心にメモしていく(上述した特徴の他に、ストラップについても聞かれたので、その特徴も話した)。
そして席に戻って電話をしている。
長野県警あたりに確認をとっているのだろう。
職務熱心なのはありがたいが、無駄な作業だし、私としては届けの写しがほしいだけなのに。
ずいぶん時間がかかっているので、近くの振込め詐欺防止のチラシなどをくまなく読んで時間を潰す。
やっと 戻ってきた彼の第一声に、わが耳を疑った。
私が話した特徴すべてが該当する携帯が、長野県中央警察署に届けられているという。
あったのだ。私の携帯が。
コインロッカー付近に落ちていたらしい。
届けてくれた人は、名をつげなかったという。
さすが善光寺の門前町。
警察官に見えない優しそうな担当者は、今後の受取手続(私が先方に連絡して、着払いで自宅に送ってもらう)を丁寧に説明してくれた。
とにかく嬉しくなり、喜びと感謝の気持ちを目の前の担当者に吐き出す。
担当者も笑顔で応えてくれた。
思ってもみなかった結果になって、足取りも軽く警察署を後にした。
よし、今晩は祝杯だ!
客観的には、マイナスが帳消しになっただけで、決してプラスが増えたわけではにないのに、感情はぐっとプラス側に伸びている。
人間て面白いものだ。