今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

『放射線と健康』舘野之男

2010年02月24日 | 作品・作家評

「放射線は危険」という定性的命題は非科学的だ。
でも私自身、この命題に束縛されている。
たとえば、胸部X線ならまだしも、
バリウムを飲む胃検診では、体のあちこちの角度からバシバシとX線撮影をされるので、
前の晩からの絶食・絶飲がつらいこともあって、
毎年の健康診断での胃検診だけは隔年にしている。
かりに一回の被曝量はたいしたことなくても、
毎年続けているとその累積量はどうなるのだろうと心配になるからだ。

ところが、その私もラドン・ラジウム温泉にはよろこんで入る。
放射線が絶対的に危険ならば、あちこちのラドン・ラジウム温泉は危険ではないか。
でも、がんを引き起すといういわれる放射線は、がん治療にも使われている。
いったい放射線はどこまで、いやどこから危険なのか。

そこで、ホルミシス効果(低線量放射線の健康増進効果)を謳う本からはじめて、
放射線に関する本をいくつか読んだが、
ラドン・ラジウム温泉を礼賛しているだけの本は、どうも宣伝めいてあやしげ。
かといって、放射能アレルギーを引きずっている本も時代遅れの感。

大切なのは、危険か危険でないかという定性的議論ではなく、
どの程度の被曝でどの程度の変化が起きるかという定量的データにもとづいた議論。
これをきちんとやっているのが舘野之男氏(放射線医学の専門家)の
『放射線と健康』(岩波書店)。
岩波新書の一冊だが、放射線の物理学的基礎からはじまって、
かなり充実した議論をしているので、読みごたえ充分
(岩波新書の中でもレベルが高い部類に入る)。
また、放射線の話で出てくるさまざまな単位も整理できる。

通読すると、放射線研究の流れがわかり、
無知なるゆえの初期の被曝事故に対する過敏な反省的態度の時期を経て、
現在は、放射線の影響がどこまで及ぶかのデータの蓄積による、
冷静な態度が熟成されつつあるようだ。

その流れの中でホルミシス効果の問題も議論されている。
歴史文化的には、人類は放射線の危険性よりも
健康増進効果の方を先に発見したことがわかる。
ただこの問題について、氏はデータを提供しているが、決して安易な結論はしない。
この態度が科学的だ。

また、X線検診の危険性については、
受診するリスクと受診しないリスクとの比較、というシンプルな論理。
単純にいうと、検診で浴びる放射線の蓄積が発がんを直接ひきおこすにしても、
それが長い年を経て累積するリスクよりも、
加齢によってがんが発生し、検診を拒否してそれを見逃すリスクの方が、
年を重ねるごとにずっと大きくなるという(もちろん本書ではそれを数値化している)。

そもそも、地上には地球開闢以来、宇宙放射線がふりそそぎ、
地面からはラドンなどの放射線が滲み出ている
(私も名古屋宅でラドン濃度を測定し続けている)。
しかも人体の内側からも筋肉中のカリウムによって放射線が出ている。
高地の花崗岩帯に住む筋肉量の多い人は、
実はそうでない人の数倍の放射線を浴びて生活しているのだ。
(そのような人の健康調査のデータも紹介されている)。

放射線の誤解で一番の問題は、妊娠が気づかなかったX線検査だという。
放射線のしきい値と遺伝的問題の低さに無知な場合、
まったく健康な胎児なのに中絶されてしまうという。

私自身、ガイガーカウンターを購入してから、放射線を量的に見れるようになった。
この本は、私のような、X線検診とラドン温泉に関心のある一般人にお勧め。