那須岳雪崩遭難については、現場の地形が分らない時点では、何も確かなことは言えなかったが、ようやく地形が分ってきた。
それはスキー場のゲレンデ(広い谷底)から那須茶臼岳への広い稜線(大斜面)に向かう樹林帯(低い潅木)の斜面で、傾斜が30°以上の急斜面でしかも沢状の窪み。
雪崩は高山帯の広い稜線上で発生し、そこから高校生たちのいる斜面へ流れていった。
傾斜30°以上は雪面でない普通の斜面でも「急傾斜地崩壊危険箇所」に指定されるに値する。
それでも樹林のある尾根筋ならまだしも、樹のない(夏なら水が流れる)沢筋を歩いていたとは、ましてや新雪直後とは、
雪崩の通り道にあえて跳び込む自殺行為、いや拒否のできない高校生たちを強制的に道連れにしたというほかはない。
その地は雪の状態としては確かにラッセル訓練にはベストといえるが、雪崩のリスクもMAXな所。
それを考えれば、新雪直後なのだから、(本来予定になかった)ラッセルの臨時講習なんて無人ゲレンデの雪原でもできたはず。
その危険地帯を”経験豊かな”リーダーに選ばせたのは、「以前は大丈夫だった」という経験主義。
そもそも登山界は経験主義が大手を振っている世界で、経験自慢の彼らに対して初心者は何も反論できない。
だが客観的には、個人の経験主義(≠統計データ)は自然現象の予測には貢献しない(3.11の津波で逃げ遅れたのも、以前の津波はここまで来なかったからという経験主義が災いした)。
現象の予測は先入観にとらわれない現状分析によるべきなのだが、経験主義者の頭の中は過去ばかりで現状を見ない傾向がある。
今日の講習会委員長の記者会見によれば、高校生の春山登山講習では、そもそも雪崩の危険がある所には行かないという。
それは、雪崩に対する安全訓練は講習の範囲外ということを意味する。
危険を想定しないから、危険はないとみなす…、この発想、福一(イチエフ)事故を起こした「安全神話」と同じ。
滑落停止やラッセルの訓練ができるほどの雪山は、客観的には雪崩が起きてもおかしくない傾斜と積雪量があるはずだが(実際、現場に一番詳しいゲレンデ管理者によれば、そこで雪崩は過去に起きていたという)、高校生を引き連れる指導教員が、雪崩のリスクを、現状分析ではなく、過去経験(年に一度の講習)のみからしか判断できなかったのが致命的だ。
一言でいえば、生徒の命を預かる指導教員の通俗(素人)的経験主義がアダとなった。
防災の第一歩は、この通俗的思考から抜け出し、冷静な現状分析をする目を開くことから始まるのだが。