今日こんなことが

山根一郎の極私的近況・雑感です。職場と実家以外はたいていソロ活です。

新年度授業とコロナ

2023年04月07日 | お仕事

今週の木曜から2023年度の授業が始まった。
授業だけでなく、会議においても完全に対面が復活。

ただキャンパス内は(外でも)マスク着用が圧倒的に多い。

なので私は、あえてマスクを外して授業をして、既存の「同調圧」に与しないようにしている。
実際、マスクなしの方が、話すのが楽で、声の通りもいい。

逆にマスクをする自由を妨害するものでもない(マスクを外す同調圧にも与しない)。

実は感染の情報はいまだに届く。
もっとも旧型コロナ(風邪ウイルス)と同程度に弱毒化したようで、感染した学生たちの症状も軽く、後遺症もない。
まさに”ただの風邪”になったようだ。

 


礼法実践者・大谷翔平

2023年04月07日 | 作法

 WBDが終わってシーズン始まってからも、大谷翔平への称賛が終わらず、むしろ新たな称賛の話題が次々と生まれている。

しかもその内容が野球のプレーの出来に関するものより、彼のグラウンドでの振る舞いの素晴らしさ、特に他者への配慮に対してなので、これは彼の人間性そのものが称賛されていることになる。

称賛の理由は、彼の振る舞いが、他者へのリスペクトに満ちているため。

彼の示すリスペクトは、格別尊敬に値する相手に限定しない、他者がただ存在していることへの本質的で無条件の敬意になっている。

リスペクトされた側は嬉しくないわけがなく、またそれを見ている第三者までもいい気持ちになって、この第三者たちが称賛を送っている。
相手側の”嬉しさ”も、第三者の”いい気持ち”も、大谷が示したリスペクトへの反応なので、そのリスペクトに対する反応としての称賛が、今度は大谷へのリスペクトとして大谷に返される。

こうして実現するリスペクトの好循環が、闘志の表現だけが推奨されてきた大リーグに、大谷によって新たに起こりつつある。

人々が互いにリスペクトし合える関係・社会の実現。
これこそが礼法の目的なのだ。

なぜなら礼法の原典・『礼記』(世界最初の礼法書)によれば、とは(リスペクト)の心の表現と定義されている。
日本の武道が取り入れている礼法を、大谷はそれを野球の中で、形式的でなく、実質的に実行しているわけで(ここが武道の形式的礼と異なる)、まさに大谷は礼法の素晴らしい実践者といえる。