夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

ときおり、北風は吹き、寒い日中となり・・♪

2007-12-16 18:03:00 | 定年後の思い
東京の郊外は、昨日と同様の初冬の快晴に恵まれていたが、
ときおり北風が吹き、体感は寒く感じた。

家内は、家内の母を年末年始に来宅して貰うので、
数日前から準備にかかっている。

奥にある八畳の和室に泊まって頂くのであるが、
昨年と同様に居間の部屋にも炬燵を設置する準備に取り掛かっている。

私は家内の指示棒で、炬燵、布団、毛布、座布団の運び役に徹している。

このように外出することもなく、奥の八畳と居間を往復したり、
ときおり主庭に下り立ち、家内と毛布などをはたいたりした。

私は毛布もさることながら、
北風の吹くたびに、葉の残った落葉樹が散っているのが気になるのである。

何時もの事ながら、我が家は私達夫婦だけの家庭であるので、
夕暮れから、のんびりと居間で過ごし、
ガス・ファンヒータの暖かさを享受している。

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毎年、年賀状を綴る頃は・・♪

2007-12-16 12:44:00 | 定年後の思い
私は年金生活の4年生の身であるが、
現役時代と変わらず、年賀状に関しては、
郵便局がこの日まで投函しないと元旦に配達出来ません、
と公知される期限日の寸前に郵便ポストに入れることが多い。

私はどうせ年賀状を綴るからには、単なる挨拶状でなく、
少なくともこの一年の近況を認めるのである。

この近況の知らせを親族、親戚、知人、友人等に数種類書き分けているのである。
現役時代の頃は、上司、同僚なども当然として加わっていたので、
私なりに工夫した文面を作成していた。

先程から、玄関庭で煙草を喫いながら、
今年の一年の近況をどのように的確に表現しょうか、
と思案したりしていた。

花梨(カリン)の樹木は、わずかに残った淡い黄色の葉が揺れ、
取り損なった7つの大きな実の黄色を更に深めた色付きを眺めたりして、
考え込んでいる。

先手必勝という古来からの言葉は知っているつもりであるが、
私の悪い癖として、毎年、長距離ランナーに例えるならば、スタートは遅く、
最後は程々の着順かしら、
と苦笑しているのである。

古人から、文は人なり、という至言があるので、
たった年賀状一枚と云えども、粗末にはできないのである。




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この人生、好奇心を失(な)くしたら・・♪

2007-12-16 08:49:00 | 定年後の思い
私は中小業のサラリーマン生活を終えて、4年生となっている。

私は幼年期いじけた可愛げない子供であったので、
何かしら劣等感が潜んで、孤独と卑屈な面もある。

こんな私は個性と独創性を目指して自己格闘し、大学中退後色々とまわり道をした上、
一介のサラリーマンとして35年間過ごしたが、
つたない私なりに、この人生は何事も好奇心を失くしたら終わりだ、
と50代なかばで気付いたのである。

定年退職後の年金生活と決め付けたのは、55歳の時であり、
つたないなりに自在の生活を過ごそうとした。

こうした思い、退職後の日々は、このサイトに綴っている。

私は何事も心の思いを文章で表現することしか出来ないので、
殆ど毎日数通投稿しているので、このサイトだけで少なくとも3千通となっている。

ときおり、昨年の今頃は、或いは定年退職後の心の思い、
と読み返したりし、自身の心の発露、うつろいに微苦笑したりしている。





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