夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

齢ばかり重ねた年金生活の我が家、年末年始は酒宴の夜が続き、老ボーイの微苦笑して・・。

2015-12-30 13:21:30 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の老ボーイの71歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、古ぼけた一軒屋に住み、お互いの趣味を互いに尊重して、日常を過ごしている。

家内は私より5歳若く、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。

私の父は私が小学2年生の時に病死され、母は私が54歳の時に病死され、
家内の父は私が定年退職した2004年(平成16年)の秋の直前に病死し、
家内の母は我が家より遠方で、一軒屋に独り住まいとなった。

そして私は定年後に多々の理由で年金生活を始めてまもない時、
私たち夫婦は家内の母に、年末年始の期間は我が家で共に新年を迎えよう、と誘い、
この年から丸11年が過ぎ、早や12年を迎えている。

今年も家内の母には、28日の夕方に来宅して貰い、私たち夫婦と3人で年末を過ごし、
新年を迎え、3日の午前中に帰宅される。

我が家の年末年始の情景は、居間の17畳ばかりの一角に6人用の炬燵(こたつ)で設置し、
家内の母には、奥の6畳の和室で休んで頂く。

そして家内は高齢者の家内の母を案じて、布団はマットレスを敷いた上に、敷布団を2枚敷たりしてきたが、
確か4年前から膝(ひざ)を悪化してきたので、ベットの代わりに敷布団を8枚ぐらい敷き、
この間にホームセンターで買い求めた堅牢な戸板を入れて安定させて、休んで頂ただいてきた。

しかしながら昨年の12月下旬、家内は二階に干した敷布団を一階に降ろす時、
階段を踏み外して一階までの17段を転落し、私たち夫婦はお互いに動顛した苦い体験もあり、
再発防止、そして体力の疲労も配慮し、簡易ベットにしょう、と私たちは話し合ったりしてきた。

そして新聞の折込チラシに、我が家では初めて知る『ニトリ』で、廉(やす)いベットが掲載され、
少し大きめのベットを買い求めたりしてきた。

こうした中で、居間の炬燵で、それぞれの好みの御節(おせち)料理の単品の数々を頂いたりし、
談笑するか、テレビを視聴したりして過ごすことが多くなっている。
               

家内の母は、私より14歳ばかり齢上で、今や85歳の身となっているが、
80歳を過ぎた頃から、膝(ひざ)が悪化して、杖(つえ)を突く身となった。

こうした事情から、家内の母が炬燵(こたつ)に入いる時、膝(ひざ)に負担がないように、
私たち夫婦は椅子を探し、そして料理を食べやすいように炬燵(こたつ)のテーブルの上に、
簡易な食卓テーブルを買い求めたりしてきた。

こうした家内の母が椅子に座り、簡易な食卓テーブルで料理を食べたりすると、
私たち夫婦は炬燵(こたつ)に入ると、家内の母に対して見上げるようになり、
家内の母からすれば、私たち夫婦を見下ろすような状態となり、従者を従えているようとなった。

私は当初、家内の母のこうした状態に、畏(おそ)れ多くも昭和天皇の皇后陛下様のように、
思い重ねて微苦笑したりした。

ここ数年の私は、畳とか座布団に座ることに、膝(ひざ)に負担を感じることとなり、
こうした時は炬燵(こたつ)に入らず、私たち夫婦が食事などを頂いている居間の食卓テーブルにある椅子に座り、
炬燵(こたつ)に入っている家内と家内の母に向かって、明るく大きな声で談笑してきたりしている。
               

一昨日の28日、家内の妹に引率されながら家内の母は、定例の病院でリハビリと我が家の最寄駅まで来て頂いて、
料理をしていた家内が最寄駅に出向き、家内の妹から引き継いで、我が家に何とか到着した。

やがて夕食の家内たちはビールを呑み、私はウィスキーを濃い水割りとして、
御節(おせち)料理の単品の数々を頂いたりし、談笑を重ねたりした。

そして昨夜も酒宴の真似事を私たちは行い、家内の母が帰宅する前夜まで続く・・。

こうした中で、大晦日(おおみそか)の夜に年を取ることを祝って行う儀式の『お年取り』をしたりしてきた。
しかし殆どは、酒宴の真似事と同じだ、と私は微笑んだりしている。

私は結婚する前は、私の生家は大晦日の夜は『年越し蕎麦』の習わしであったが、
家内の実家が『お年取り』をされていたので、私たちが新婚の頃、家内の実家に招待されて、
数多くの料理を食べながら、お酒を呑み、談笑を重ねたり習慣に、私は最初の頃に驚いたりした。

やがて我が家でも、大晦日の夜は『お年取り』をして、早や30数年が過ぎている。
               

私たちの28日から新年の2日までの酒宴の真似事は、
家内の母は85歳、私は71歳、そして家内は66歳となった今、
それぞれ高齢者の身であるが、この一年のその人なりのささやかな出来事を話したりする。

家内の母は膝(ひざ)と腰(こし)を悪化して、入院したり、その後の通院で、
いずれも家内と家内の妹と交互に、付き添われて治療を受けている日々・・。

或いは私が白内障の手術を受けて、幸いにも視力1・0前後となり、
酷(ひど)い近眼で長年メガネを愛用してきた私が、メガネが不要となり、戸惑ったりしている。

このようなことお互いに話題が泉のように尽(つ)きないが、
家内の母は昼下がりに、3時間ぐらい昼寝をしているので、元気溌剌で応答し、
私は戸惑いながら微苦笑を重ねたりしている・・。

ここ28日、そして29日は、私たち3人は夜の9時半過ぎに酒宴の真似事を終り、
この後は家内の母と家内は、母と娘の時間と私は思い、
私は2階にある寝室で、布団にもぐり読書をしているうちに眠ってしまったした。

このように齢ばかり重ねた年金生活の我が家、今年も年末年始は酒宴の夜が続き、老ボーイの微苦笑している。

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