夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

雨あがりの朝、まばゆい春の陽射しの中、都心の郊外を散策すれば・・。

2021-03-29 14:09:25 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅み住む76歳の身であり、
家内は私より5歳ばかり若く71歳となる。


そして私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、
我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後40数年の古ぼけた戸建てに住んでいる。





こうした中、今朝は雨脚が屋根をはじくような強い雨で目覚めて、
ぼんやりと昨日は・・と思い浮かべたり、
今日は・・と予定事項を思い浮かべたりした。

まもなく10分ぐらい過ぎた時、オシッコだ、と感じて、

布団から起きだしたりした。
       
しかしながら、5時過ぎであったので、布団に戻ってきてしまい、
枕元で昨夜読んでいた本を開き、読み出したりした。

まもなく30分ぐらい本を読んでいた為か、疲れを感じて目を閉じているうちに、
眠ってしまった・・。

やがて30分ぐらい二度寝した後、目覚めてぼんやりとまどろんだりした・・。
            
過ぎし日の出来事とか、これからのささやかな願いの数々が、
夢と現(うつつ)の世界を彷徨(さまよ)うようなひとときとなっている。




そしてぼんやりとして正気には程遠く、
やがて起床して、オシッコをした後、洗面所で顔を洗ったりした。


そして洗面所の横にある窓辺から、玄関庭を眺めれば、
まばゆい春の陽射しが差し込んでいた・・。




やがて朝食前に、自宅の周辺にある遊歩道、公園、住宅街の小道を
散策を思い立ち、
まもなく我が家をあとにした・・。



櫻花の中には、強い雨で路上に散乱しているが、
雨あがりのまばゆい春の陽射しの中、歩いたりすると、
富も名声に無縁な私でも、この世の最上なプレゼントを頂き、
高揚感につつまれたりした・・。










このような情景を眺めると、神様か仏様か判からないが、
私は生かされている、と漠然としながら、
やがて帰路に向かったりした・・。

コメント
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