夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

二極化の社会と生活・・♪ ①

2005-08-26 11:16:11 | 時事【社会】
昨夜の読売新聞のトップ・ニュースで、
   コンビニ二極化
      セレブ向け 展開へ
見出し記事があった。

私は以前にこのブログで、
1月22日付『中流階級は、元来・無!?』という幼稚な綴りを投稿したし、
山田昌弘・氏『希望格差社会』を精読し、著作者の的確な社会の分析に感銘を受けていた時、
この新聞記事を読み、とうとうコンビニの世界に到来したか、と色々インパクトを受けた。

記事を転記させて頂いた後、
私が社会と生活、そして経済と文化を関連させた社会の移り変わりを綴る所信です。

☆ ☆ ☆

読売新聞記事より、


《セレブ御用達》のコンビニはいかが・・。
焼肉チェーン「牛角」などを展開するレックス・ホールディングスは24日、
高額所得層の婦人などをターゲットにした
高級コンビニエンス・ストア「成城マーケット」の1号店を
10月にオープンすることを明らかにした。
年内に3店舗を試験的に出店し、2008年までに首都圏を中心に
計218店を展開する計画だ。

競争が激化するコンビニ業界では「100円ショップ」も人気を集めており、
生き残りをかけた戦いは、
高級と低価格の「二極化」の様相を強めている。


レックスは、2004年に相次いで買収した中堅コンビニのエーエム・ピーエム・ジャパン(am/pm)と、
高級食品スーパー「成城石井」のノウハウを組み合わせ、
「高級食材とワインのそろったコンビニ」を目指す。

主な顧客層は、東京・山の手などに住む30~50歳代の女性。
チーズなど厳選した輸入食材や、成城石井の直営工場で作った弁当、
鮮度の高い野菜などを販売する。
店舗面積は、40~50坪で、通常のコンビニ(30~40坪)よりも広めにする。
24時間営業で、現金自動預け払い機(ATM)なども備える方針だ。
レックスの西山知義・社長は、
「飽和状態となっているコンビニ業態で業績を伸ばすには、
差別化がカギになる」と話している。

日本フランチャイズチェーン協会によると、
主要コンビニの売上高と店舗数は、
統計の取り始めた1998年以降6年連続で伸び、
業界としては成長が続いている。

ただ、新規出店を除いた既存店ベースの売上高は、
5年連続の前年割れで、競争が激しくなっている。

このため、各コンビニでは、客を引きつける様々な工夫を凝らしている。

商品を税抜き99円均一で販売する「ショップ99」を手がける九九プラス(本社・東京)は、
食品スーパーとして産声を上げてから9年で600店を突破した。
急成長して、低価格路線の草分けとなっている。

コンビニ第2位のローソンも今年の5月、
生鮮野菜などを一律100円(税抜き)で販売する「STORE100」の出店を始めた。

同社は、健康志向の強い若い女性向けに、こだわりの食材で作った弁当などを
やや高級で販売する「ナチュラル・ローソン」の展開も始めており、
現在の29店舗を、来年の2月までに100店舗に広げたい考えだ。

ファミリーマートも、高額サンドイッチや輸入文房具を扱う「ファミマ!!」を、都心のオフィスビルやホテルなどを中心に展開中だ。

以上、新聞記事の全文である。


私はこの二極化について、これを序章として、今後、このテーマを綴る。


《続く》
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台風に際して・・。

2005-08-25 10:14:00 | 定年後の思い
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初夏の想い出・・♪

2005-08-24 16:37:00 | 定年後の思い
私の父は、小学校二年の終りの頃に亡くなり、そして祖父もその二ヶ月後に亡くなった。

結果として、農家の大黒柱が、続けて亡くなり、
未婚の叔母二人と母と私の兄と妹の五人兄妹が残された・・。

その数年以前は、大学の農学部の学生四、五人が、実習研修などで、
夏と秋のひとときは泊りがけで滞在し、程々の広さで農業をしていた。

農家が大黒柱を失うという事は、
人手もさることながら、農家に関する全ての技能が消えたという事なので、
次第に没落していった。

初夏の頃、私は通学する為、畑の小道や田圃のあぜ道を通り、とぼとぼと歩いて行った。

途中の畑の小道を通ると、トマトとキュウリ、そして茄子畑が並んでいた。

この付近の農家は、朝の五時過ぎには、市場に出荷する為に、その日に応じた野菜類を収穫する。

私が通る頃の八時過ぎは、収穫が終わった後、静寂な畑となっていた。

私は熟れる前のトマトを二つぐらいもぎ取り、朝露で光沢を帯びたトマトを齧りながら歩いたりした。
或いはキュウリを二、三本もぎ取り、消毒の白さが残っているので、
ズボンにこすって取り、かぶりついたりした。

このようにして、少年の頃の私は、屈折の多い多感な時を過した・・。


この畑の持ち主には、私の結婚披露宴に来て頂きました時、
『叔父さんの畑で、小学校の時、トマトやキュウリを大分頂きました』と私は言った。

『まぁ、あの頃の子供は皆そうだったょ・・』と叔父さんは慰めてくれた。


私はトマトをときたまスーパーなどで買い求めているが、
成熟したトマトより一歩手前の青みが残るトマトが何となく好きである。





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涼しい朝・・♪

2005-08-24 09:10:00 | 定年後の思い
東京の郊外は、台風の気流の影響で、涼しい朝を迎えています。

朝の八時頃に、小雨が止んで、その後は曇り空です。

日中は曇りで、27、8度の涼しい日中で、夜は雨の予報です。

明日は、台風の影響で強く雨が降る一日、と先程のニュースで伝えていた・・。


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夜空を見詰めて・・♪

2005-08-23 19:46:00 | 定年後の思い
夕暮れより雷の音がして、小雨が降ったが、
その後は秋めいた風が吹くばかりであった。

私は玄関庭に出て、絣生地の作務衣で下駄を履き、風に吹かれた・・。

夜空は雨雲が湛えていが、ときたま雷の音がするばかりで、雨が一向に降らない。

地表は乾き切っているので、雨を待ち望んでいる。

夜空を見詰めていたが、私の身体に秋めいた風が吹き抜けて行くばかりであった・・。



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ひとときの倦怠感・・♪

2005-08-23 15:51:00 | 定年後の思い
朝、四時に目覚めたが、まだ薄暗かった。

雑誌の読み残したのを目を通した後、
パソコンで電子メールを確認した後に『地元の天気予報』、『NIKKEI NET』を検索したりした。

そして、ブログで掲示板を確認している時、新聞が配達されたので、精読する。
その後、NHKニュースを観たりした。

その後、焦点の定まらない時を過した・・。
何となく疲れを覚え、簡易ベットに横たわり映画雑誌を読んだりした。

無気力な時を払い退ける為、お風呂に入り、今こうしてブログに綴っている。
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風は、秋の色・・♪

2005-08-22 16:47:00 | 定年後の思い
東京の郊外は、晴れ渡り澄み切った快晴であった。

午前中は、ときたま雨が小降りとなって降ったり、止んだりしていた。

一日中、たえまなく風は吹いていたが、三十度を超えることなく、涼しげな秋の香りを感じさせた。
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創作者の孤独の不安・・。

2005-08-22 11:35:26 | 読書、小説・随筆
読売新聞の19日の夕刊で、
ひとつの記事がここしばらく気になっていた。
文化部の鵜飼哲夫・記者が綴られている記事だった。
これから創作者をめざす人々に、
教訓と覚悟、そして自戒を提示させる名文であるので、
転記させていただきます。

     『書くことの孤独と不安』
                   鵜飼哲夫・記者

「夫婦で小説を書くなんて、地獄だなあ」
若き日の吉村 昭さんと津村節子さんに、
痛ましそうな表情でそう言ったのは、作家の八木義徳である。

学習院の文藝部時代に知り合い、結婚した二人が、
いずれも作家として芽が出ず、
津村さんが
「書いても書いても波が消し去る砂絵のようにあてどない努力」を
していると感じていたころだった。

吉村さんは、芥川賞を4回落選。
津村さんは、3度直木賞を落ち、
1965年、2度目のノミネートで夫の取れなかった芥川賞を
37歳で受賞する。

夫婦の葛藤がいかなるものだったか。
吉村さんの著作『私の文学漂流』などでいくらか知っていたが、
このほど完結した『津村節子自選作品集』(岩波書店、全6巻)の
最終巻に収録された書下ろし『私の文学的歩み~遙かな光』を読み、
そのすざまじさに改めて息をのんだ。

1961年、津村さんの書く少女小説で、
なんとか生活ができるようになった時、吉村さんが勤めをやめ、
作家専業になった。
未熟児で生まれた娘を抱え、不安はあったが、
津村さんは
<彼の焦慮は、私のものでもあり、反対はできなかった>
と書いている。

しかし、それでも芽が出ぬ夫は2年後、
「俺は君の厄介になるのに疲れた」と、
再び働くと言い出す。

これに対して津村さんは
<疲れたのは、こちらのほうだ、と私は言いたかった。
「女房に稼がせて、悠々と自分の書きたい物を書いている俺を、
腹立たしく思っているのだろう」
彼は私の心の中を見通していて、反論できなかった。
軀の中を、野分が吹き抜けて行く様な気がした>
と書いている。

津村さんの芥川賞の翌年、
吉村さんは太宰治賞を受け、その後は読売文学賞など数々の賞に輝き、
二人は今、芸術院会員である。

しかしこの文章は、功成り名遂げた作家の安隠な回想ではない。
津村さんは、今も無名時代のように、書くことへの不安があるのだ。
<私はよく夜中にうなされてうめき声を出すらしく、
吉村に起こされる。
遙か海面に光が見えている深い海の中にいるような気持ちは、
今も続いている>
と記している。

松本清張も、晩年まで自作の出来を気にし、編集者に、
「面白い?」
と何度も聞く作家だった。

その清張を師と仰ぐ宮部みゆきさんも
「一作、一作ゼロからの出発ですから、不安なんです」
と語る。

書くことの孤独を思う。
それが文章を鍛えていくのだろう。
孤独の深さの中で、彼等が探り当てる日本語は、
読者の心を揺さぶる。


以上が全文である。
これから創作者を目指す人々には、
これ以上の教訓と覚悟、そして自戒はないと思われる。

私は、創作者もさることながら、野球選手の一流バッターでも、
春先になると、昨年まで三割を打てていたのだが、
今年はちゃんと打てるのだろうか、とそのバッターの心境を
思いめぐらす・・。
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朝のひととき・・♪

2005-08-22 08:35:00 | 定年後の思い
朝、六時過ぎに玄関庭にたたずんでいると、雨が降ってきた。
東京の郊外では、ここしばらく雨の恵みがなかったので、良いことと思っていたら、止んでしまった。

そして朝の陽が射して来た。
新聞を精読した後、主庭から小鳥のさえずりが聞こえた。
庭先に立つと、風が秋めいて、爽やかな私の身体を通り抜けてゆく。

煙草を取り出して、喫おうかなと思っていたら、バッタが私にまといついていた。

その後、蝉の声が静寂の庭に、響き渡ってきた・・。
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私の心は、秋に・・♪

2005-08-21 16:57:00 | 定年後の思い
私は暑さが苦手なので、夏の旅行はここ五年間は、行っていない。

家内と今年の秋の旅行について話し合った。

家内の父が昨年の秋に亡くなったので、10月に一周忌を行なった後、
家内の母と三人で墓地の近くの温泉に3泊4日で滞在する。

その後、旅行でどこに行って紅葉に巡り逢うか、の検討であった。

昨年は、家内の父の危篤が9月には始まっており、
11月に四十九日の法要を済ませた後、
付近の温泉地に家内の母と三人で3泊4日で滞在した。

こうして昨年は、慌しい秋であったので、
今年の秋は旅先で紅葉に巡り逢うような企画を検討し始めている。




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この年、一番の暑さ・・♪

2005-08-21 14:10:00 | 定年後の思い
先程、庭先に出たが、この年一番の暑さのようだあった。

樹木のない所は、多分36度は超していると思われる。

樹木の葉陰に逃げ込み、煙草を喫いながら、多分この日が暑さのピークと思ったりした・・。

いずれにしろ、居間の冷風の基に行き、
日中の暑さを遠ざかるのを見守る他かしかない。
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夏の白い花・・♪

2005-08-21 08:40:00 | 定年後の思い
朝、玄関庭で空を見上げると、快晴を予期させる澄み切った鮮明な水色だった。

風は樹木の間を通り抜け、私のたたずんでいる所にも、風が吹き抜けていく・・。
風は熱さが取れた秋めいた風だった。

花梨の樹木とブロック塀の間に、
クロッカスに似た玉すだれの白い花が群生して咲いている。

紫露草がそばに咲いているので、夏の朝は白い花が心に沁みてくる。

この玉すだれの白い花は、薄暗くなった夕暮れ時、
ぽぉと白い花が浮き立っていて、妖艶なただよいを感じさせてくれる花である。


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私の住んでいる所・・♪

2005-08-20 18:26:00 | 定年後の思い
私の住んでいる場所は、世田谷区と狛江市に隣接した市であるが、
電話は都内地区であり、辺鄙な所に住んでいる。

最寄駅は、小田急線の場合は、『成城学園前』、『喜多見駅』、『狛江駅』であり、
京王線の場合は、『仙川駅』、『つつじケ丘駅』である。

私は、車を持たないので、この最寄駅にはバスを利用しないで、
買物、散策などで歩き廻っている。

現役時代の頃は、『成城学園前』をバス、タクシーを利用し、
深夜になれば六本木、渋谷の会社から深夜帰宅していた。

私は実家の近くに、公的機関・銀行から借入金をして、
28年前から一戸建てに住んでいる。

土地は程々の広さがあるが、土地形は変形なので、
止むえず玄関庭と主庭に極端に分かれている。

最初、家の設計の時、若さの勢いで、茶室を造ってしまったが、
それ相応に資金がかかり、庭を造成する資金がなくなった。

庭の樹木は、雑木にすがって植えたが、
最初の頃は、頼りない細い樹木で嘆いたりした。

七年後になると、雑木は雑木なりに成長をし、地質に合わない樹木を切り倒したり、
新しい雑木を植えたりした。

こうして素人の感性で、雑木の庭となったが、私の拙い実力を考えると、止む得ないと妥協してしまう。

それぞれの季節感を雑木なりに彩ってくれれば、これに越した事はない、と思っている。

そして東京の郊外にはない情景を観たい時、
家内と日本のあちらこちらと、旅行をしでいる。



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真夏の中の昼寝・・♪

2005-08-20 16:40:00 | 定年後の思い
東京の郊外も猛暑だった。

居間で冷風の下で、パソコンを触っていたら、疲れを覚えた・・。

簡易ベットを敷き、昼寝にすることに決めた・・。

夢の中で、浜 美枝さんや高橋恵子さんに巡り逢えます様に念じたが、
何かしら昨今政界を騒がしている人々が出てきた・・。

目覚めると、悪夢を払いのける為、洗面所で顔を洗いながら、
政権公約の基で、論争をして欲しい、と思ったりした。
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中島みゆき様との出会い・・♪ 最終

2005-08-19 18:41:15 | 音 楽
第2回の『夜会』の観賞後、アルバムが発売されるたびに購入した。
今度のアルバムは・・この曲は・・と真摯に思考したり、模索したりした。
この中で最低限に於いて、百回以上聴き込んだ曲を羅列して、
このシリーズを終了します。

平成元年から平成5年頃まで、45歳前後の中年男が、
中島みゆき、に熱っぽく夢中になった時代でした。

定年退職後の今でも、ときたま聴きます。
やはり『HALF』、『エレーン』は、私がひとり音楽ファンとして、
数多(あまた)聴いて中でも、十本指に選定する名曲です。

先程、『おまえの家』を久々に聴きました・・。


『回帰熱』のアルバムの後からより、

『あした』
『ふたりは』
『with』
『おだやかな時代』
『Maybe』
『永久欠番』
『南三条』
『地上の星』
『ヘッドライト・テールライト』


エピローグ

ファンクラブに入会して間もない頃、
会員として頂いたキー・ホルダーが気に入った。
《miss M》と朱色に書かれていて、
程ほどの重さがあり、身に付けた。

会社で台湾旅行に行った時、旅行バックにアクセントとして付けた。
帰路の出国手続きが終わった後、このキー・ホルダーが無くなっていた。
中島みゆきの台湾のファンの方が盗ったのか、
或いは珍しいキー・ホルダーであったので、盗ったかは、
いまだ不明です。

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