私の夢のひとつである。
昭和37年の高校の修学旅行の時は、
上野から夜行列車に乗り、青森から青函連絡船に乗り継いで、
函館が観えた時の光景は忘れない。
私は北海道が何となく、心身ともに波長があうので、
家内と度々行ったが、全て飛行機を利用してきた。
ある北海道に住む著名人の方が、
あるエッセイで船便で来道するのが最良です、
といったような綴りを十数年前に読んだことがある。
それから、私の夢が始まった・・。
四年前頃、雑誌の『サライ』で、国内航路のフェリーの特集記事があった。
この中には、新潟港から小樽港が紹介され、
特等A個室でテラス付きの記事が綴られていた。
家内と私の定年退職後は、
この部屋を取って北海道に行き、適当に周遊した旅をしょう、
と退職記念旅行と決めた。
昨年の秋に定年退職だったが、家内の父が亡くなり、ちょっと慌しくなったので、
延期とした。
一週間前、団体観光ツアーでこの航路を利用し、ランクアップすればこの船室が取れる、
旅行プランがあったので、申し込んだ。
家内とたった五分で決め、旅行施行も確約した。
この秋、私共の念願の1泊2日の船旅は、こうした想いで出かける。
昭和37年の高校の修学旅行の時は、
上野から夜行列車に乗り、青森から青函連絡船に乗り継いで、
函館が観えた時の光景は忘れない。
私は北海道が何となく、心身ともに波長があうので、
家内と度々行ったが、全て飛行機を利用してきた。
ある北海道に住む著名人の方が、
あるエッセイで船便で来道するのが最良です、
といったような綴りを十数年前に読んだことがある。
それから、私の夢が始まった・・。
四年前頃、雑誌の『サライ』で、国内航路のフェリーの特集記事があった。
この中には、新潟港から小樽港が紹介され、
特等A個室でテラス付きの記事が綴られていた。
家内と私の定年退職後は、
この部屋を取って北海道に行き、適当に周遊した旅をしょう、
と退職記念旅行と決めた。
昨年の秋に定年退職だったが、家内の父が亡くなり、ちょっと慌しくなったので、
延期とした。
一週間前、団体観光ツアーでこの航路を利用し、ランクアップすればこの船室が取れる、
旅行プランがあったので、申し込んだ。
家内とたった五分で決め、旅行施行も確約した。
この秋、私共の念願の1泊2日の船旅は、こうした想いで出かける。