大型台風19号が日本列島を縦断して去り、一気に秋が来た。晴れ上がった空は何処までも高く、文字通り「秋高馬肥」の佇まいである。
2000年にわたって北方民族・匈奴に辺境を侵され続けたかつての中国にとって、秋は災いの季節であった。馬を自分の足のように自在に操り、春から夏にかけて存分に草原の草を食んで肥えた馬を駆って、中原に攻め入る匈奴(蒙古民族或いはトルコ族の一派)。秦の始皇帝は、その侵攻を防ぐために万里の長城を築き、漢王は美人を贈って匈奴の首領を懐柔しようとしたりした。肥えた馬にまたがり、弓矢を携えて、北風に乗って走り来たり、略奪の限りを尽くして再び北に走り去る。
だから、秋になると中国人(漢人)は匈奴の来襲に恐れおののき、鏃や剣を磨いて塞(砦)の防備を厳重にした。「天高く馬肥ゆ」とは、本来「食欲が進んで馬も肥える」という意味ではなく、実はこのような恐怖の季節の到来を意味する言葉だった。
漢書の「匈奴伝」に曰く「匈奴秋に至る。馬肥え弓勁(つよ)し。すなわち塞(さい)に入る」
朝の肌寒い涼気が去って、日差しに微かに夏の名残の気配を感じる午後、近くの知人から「庭のフジバカマに、アサギマダラが来てますよ。」と連絡が来た。ダビング中のブルーレイを放り出し、300ミリの望遠を嚙ませたカメラを担いで玄関を飛び出した。
秋の南下である。中には直線距離で1.500キロ以上移動した例や、1日200キロ以上移動したケース、過去の記録では、83日間で和歌山から2.500キロ離れた香港まで飛んだケースもある。美しい姿と相俟って、マニアも含めた観測体制が充実しているアサギマダラの飛翔は、毎年のように新聞の紙面を飾る。
知人の庭に広がるフジバカマに、2頭のアサギマダラが舞い遊んでいた。早速カメラを構えたが、風に吹かれて其処此処と漂い、なかなか花にとまろうとしない。やっととまったら花陰だったり、ピントを合わせようとするうちに、気配を感じて又風に乗ったり、焦らされ続けながら瞬間を捉えて次々にシャッターを落とした。
時折、アカタテハが戯れてフジバカマの花の蜜を吸う。20分ほどで40枚ほどの写真を撮って知人宅を辞した。ときめきの秋のひと時だった。
数年前、大分県九重連山の裾に広がる長者原自然探究路で、ヒヨドリバナに群れるアサギマダラをカメラで追った。九州国立博物館の裏の散策路で姿を見かけたこともあった。花びらが風に舞うような優雅な飛翔は、いつ見ても心ときめかせるものがある。
日が西に傾き始める頃、九州国立博物館の特別展「台北国立故宮博物院・神品至宝展」を観に出掛けた。連日60分待ち70分待ちという活況でも、遠来の客や団体が去った3時半以降は待ちもなく、女性のハートをくすぐる谷原章介の甘い声のイヤホンガイドを聴きながら、閉館までの1時間半を存分に楽しんだ。
2週間で展示を終わる「肉形石」が来館を急き立てている。しかし、底知れない故宮の魅力は、そんなものではない。25年前に家族4人で訪れて息を呑んだ故宮の感動を思い起こしながら、5時の閉館まで時を惜しみ、時を忘れた。徒歩10分のご町内である。多分、まだ何度も訪れることになるだろう。
記念に、散策用のバッグに提げたくて、玉(ぎょく)で彫ったセミのストラップを買った。
「各地で、この秋一番の冷え込み」というニュースが流れている。台風19号が北から引き下ろした冷気である。
「肥馬秋天にいななく」ここに匈奴は来ない。すり替わった「食欲の秋」を心行くまで楽しむことにしよう。
アサギマダラよ、つつがなく旅を終えるがいい。
(2014年10月。写真:フジバカマに吸蜜するアサギマダラ)