夜半、うつつに激しい雨風の音を聴いていた。沖縄の西を掠めて朝鮮半島に去った台風9号と、沖の鳥島近海から北北西に向かって西日本を窺っている台風11号が呼応して、梅雨明け間近の梅雨前線を刺激、各地に激しい雨を降らせている。
7時過ぎに、携帯の呼び出し音に目覚めた。横浜の長女からだった。「大きな地震だったのね。無事ですか?」
突然襲った高温多湿に身体が対応できず、体調がすぐれないままに冷房の効いた講座に出たり、来客が相次いだりして、狂った体調が戻らない。風邪気味の眠りは、時に深く時に浅く、午前2時52分に大分県佐伯市を震源とするM5.7の地震で、この辺りも震度3~4の揺れに見舞われたらしいが、風雨の音はうつつに聴きながら、地震の揺れを感じないままに9時間近く眠りを貪っていた。
眠りながらも雨と風を気にしたのには理由がある。七夕の夜に始まったセミの羽化、昨夜は一気に8匹がそれぞれのプロセスをこなし始めた。既にブルーに輝く翅を伸ばし切ったもの、海老反りに殻から抜け出そうとしているもの、ようやく背中が割れ始めているもの、遅れてエッチラオッチラ枝を這い上がっているもの……昨夜までの羽化と同じ葉先に固まっているのが不思議である。先輩たちが何かフェロモンのような痕跡を残しているのだろうか?始まった大相撲夏場所、まるで三役揃い踏みのように並ぶ羽化の姿が面白くてシャッターを切った。
時折吹く突風に気を揉みながら、早めに床に就いた。尾を殻に残して海老反りになっているとき、抜け出して身体を起こし前足で殻に掴まろうとしているとき……蝉の羽化の過程で、一番不安定な時に風が吹いて落下することもある。そうなればもう、スッキリと翅を伸ばすことは叶わず、縮んだ翅のままに命を落とすことになる。翅脈に体液がいきわたり、しっかりとした翅が完成するのは朝。その危険な一夜の雨風がしきりに気になっていた。
目覚めてすぐに確かめに庭に出た。まだ雨が降り続く中、全てが抜け殻を残して飛び去った後だった。1匹のヒグラシの雄が、葉陰から小さくひと声鳴きながら飛んだ。根方をくまなく探したが、落ちている気配もなくホッとする。これで14匹、昨年の17匹に比べると少し少なめだが、まだまだこれからだろう。
二日前の新聞に「ジャポニカ学習帳」の表紙に昆虫が戻ってくるという記事を見た。知らなかったが、児童・保護者・教師から「虫は気持ち悪い」と苦情が寄せられ、3年前から姿を消していたという。「えっ?教師までが…!」と唖然とする。「虫嫌いが増えたのは、生活環境が変化し、虫と接する機会が減ったことも一因だろう」とあった。
本当にそうだろうか?地球上でもっとも個体数が多い生き物が昆虫である。人口一人当たり3億匹とも5億匹ともいう昆虫である。気を付けていれば、今でも昆虫は何処ででも見ることが出来る。海外からカブトムシやクワガタを年間100万匹以上輸入してデパートで売ったりするから、子供たちの虫との接し方が変わってきた。そして、好奇心溢れる純真な子供たちは、元来昆虫を嫌いな筈がないのに、親や教師達が虫嫌いを子供たちに植え付けるから、こんな事態になった……かねてからの私の持論である。
楽しみな映画が始まった。長崎県平戸市田平に住む昆虫写真家の栗林 慧さんが、内視鏡カメラを改造して作った世界唯一の「全焦点虫の目カメラ」で撮った「アリのままでいたい」が、しかも3Dで完成!以前、写真展でお目にかかり、写真集にサインをいただいて以来、きっとこの日が来ると信じて待っていた映画である。
夏休みに入れば、映画館は子供向けのアニメなどが溢れるというのに、この映画の上映館は信じられないほど少ない。興業界はヤクザな闇の世界、商業映画館に乗せられない配給システムがあるのだろう。
大人の都合で、子供達の想い出作りの邪魔をしないで欲しいと思う。
(2015年7月:写真:羽化揃い踏み)