蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

爽やかな求愛

2018年05月10日 | 季節の便り・虫篇

 八朔の花が爆発するように咲き始めてから、雨と風の日々が続いた。そんな中を、薄明の頃から黄昏まで、休むことなくマルハナバチが吸蜜と花粉集めを続けていた。その活動が、結果として八朔の授粉を進める。朝晩箒で掃いても掃いても、授粉を終えた花びらや雄蕊が雪のように散り拡がる。こんなに咲いて大丈夫だろうかと思うほどの花の数である。

 同じミツバチ科に属しながら、マルハナバチはミツバチと異なり、仲間に知らせることもなく思い思いに蜜を集める。体毛が長いから、花粉を集めるには効率が良いらしい。
 世界中に250種類もの仲間がおり、日本には15種が生息する。熱帯で進化したミツバチに対し、マルハナバチは北方で進化したといわれる。だから寒さに強く、こんな雨風の中でも35度~40度の高い体温を維持して活動を続けられるのだろう。
 あの冷たい雨の中、ミツバチの出番はなかった。

 昨年は2個という貧作に哭いた。この花の量からみて、今年は豊作間違いなし……と思う反面、咲き誇る白梅に、「今年は大豊作だから、梅の実を半分わけてあげるよ」と植木屋に約束したのに、裏切られて僅か10個余りが申し訳なさそうに実を膨らませている現実を見ると、秋の台風シーズンを終えるまではまだまだ安心出来ない。
 「実が着くまで、約束したらいかんよ。あてにはしとらんかったけど……」と植木屋が笑う。

 健気なマルハナバチの働く姿を写真に撮りたくて、爽やかな初夏の大気を震わせる羽音に包まれながら、マクロ機能付き望遠レンズを嚙ませたカメラを向けた。しかし、ひとつの花に留まるのは僅かな時間であり、ピントを合わせる間に、もう次の花に飛び移っている。
 散々無駄なシャッターを押した挙句、とうとう諦めかけていたとき、梢の向こうから2頭のアオスジアゲハが弾かれたように青空に舞い上がった。俊敏な飛翔を見せる蝶であり、飛ぶ姿を撮るのは至難の技である。たまたま雌と雄の求愛行動だったのだろうか、風に身を委ねて揺蕩うようにゆったりと舞ってくれた。ピントは完璧ではないが、青空をキャンバスに美しい姿を捉えることが出来た。
 「うん、悪くない!」と一人ほくそ笑む午後だった。

 「飛翔」という言葉が、これほど似合う蝶はいない。
 黒い翅に半透明の翡翠色の帯が連なる美しい蝶である。アサギマダラと同じく、この翡翠色の帯には鱗粉がない。食草となるクスノキが多い太宰府は格好の生息地であり、わが家の庭を掠め飛ぶのも珍しくない。
 なぜかクロタイマイという別名を持つが、その由来は定かではない。タイマイ(玳瑁・瑇瑁)?……甲羅が鼈甲細工になる海亀のことだが、クロタイマイとは、どんな由来があるのだろう?

 久し振りの青空だが、朝晩の空気は3月の冷たさを秘めており、わが家ではまだ暖房カーペットとガス・ファンヒーターを片付けられないでいる。
 来週は30度の予報が出ている。やれやれ、お天道様のご乱行に振り回されて、合物と夏物の狭間で、着るものに右往左往する年寄り夫婦であった。
 ヤブコウジを根こそぎ取り払ってすっきりした木陰に、ユキノシタが可憐な踊り子を並べ、ドクダミが白い花を立てた。
                 (2018年5月:写真:アオスジアゲハの飛翔)