蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

秋高く…(3)思いがけない出会い

2015年10月10日 | 季節の便り・旅篇

 遠く小笠原諸島の東を掠めて北上する大型台風23号の余波で、日南海岸は白く湧きたち崩れる怒涛の海だった。
 50年前の新婚旅行は、別府、宮崎、鹿児島…当時海外旅行など夢の世界であり、南九州がメッカと言われたハネムーン・コースだった。カメラを提げた新郎と、帽子をかぶった新婦が、行く先々で同じ顔を見合わせることになる。その時訪れた都井岬を目指して走った。
 左手に荒れ狂う日向灘を見ながら走ること2時間、途中橋梁新設工事で山の中の離合も難しい山道に迂回させられ、助手席の家内が不安げに「この道、もう通りたくない!」と悲鳴を上げる。対向してきた路線バスにバックして道を譲ったりしながら、何とか無事に都井岬に辿り着いた。
 山の斜面に天然記念物の野性馬「御崎馬」が草を食んでいる。走り過ぎる道端にも、無関心に草を食む姿が散見される。速度を緩めて野生馬を傷つけないようにするのが、此処でのマナーである。
 木曽馬や道産子と並ぶ日本在来馬は、2000年前の縄文時代後期から弥生時代中期に中国大陸から導入されたのが起源と言われる。太平洋と日向灘の交わる岬の突端に白い灯台が立ち、ほぼ九州を縦断してやってきたこの旅の最果てだった。

    日向の国 都井の岬の青潮に
       入りゆく端に ひとり海見る  (牧水)

 岬の入り口の管理人の勧めもあって、帰路は串間市経由日南に戻った。そろそろお昼時、目指すは日南市油津漁港「びびん屋」の伊勢海老である。待ちが入るほどの人気の店で、念願の「伊勢海老の姿造り」、「伊勢海老の味噌汁」に舌鼓を打って二人ともご満悦だった。
 伊勢海老の刺身のこりこりした舌先の食感と甘味は絶品である。お造りのあとの味噌汁は、それだけで満腹するほどの大丼だった。1匹6000円、この満足感は決して高くない。

 まだ日が高く、日南海岸を北上して鵜戸神宮に詣でた。打ち寄せる豪快な涛に挑むサーファーの姿がある。
 崖に呑まれるように建つ鵜戸神宮、朱塗りの欄干を辿っていたとき、思いがけない出会いが待っていた。傍らに立つ数本の蘇鉄に、シジミチョウが群れている。ハッとした。もしや?と期待を込めてファインダーに捕えたのは、紛れもなくクロマダラソテツシジミ!
 かつては、東南アジア、南アジア…台湾やフィリピンで生息し、たまに風に乗って沖縄南西諸島や沖縄本島に飛来、「迷蝶」として散見される珍種だった。当時は全国からこの蝶を求めて採集家が訪れても、採集出来るのは僅かだった。2008年ごろから九州、四国、西日本各地、そして今では関東にまでも生息圏を拡げているという。
 数年前、熊本県玉名郡岱明町の大野下(おおのしも)の樹齢700年とも1000年ともいわれる天然記念物の大蘇鉄に、クロマダラソテツシジミが発生したという新聞記事を読んだ。以来、どこかでお目にかかりたかった幻の蝶だった。
 蘇鉄の害虫と位置付けられているが、彼ら(彼女ら)は自然の摂理に従って食餌し、繁殖して種を維持しようとしているだけのこと、それを「害」と切り捨てるのは、人間の傲りだろう。
 温暖化による生き物の生息圏の北上を、こんなところで確かめるとは夢にも思わなかっただけに、この邂逅は嬉しかった。

 私のこの日の運は、これで尽きた。
 鵜戸神宮には楽しい運試しがある。眼下の海の中の奇岩のひとつ「亀石」に、注連縄で巻かれた升形の窪みがある。粘土を丸めて「運」の文字を押した「運玉」5個を初穂料100円でいただき、女は右手、男は左手で窪みに向かって投げる。見事に窪みに入れば、願いと夢と喜びが与えられるという。
 家内は1個入れたが、私の運玉は5個とも岩に砕けて虚しくなった。それでいい、私にはクロマダラソテツシジミと出会うという最高の幸運があった。

 旅には、本当にいろいろな出会いがある。帰ったら早速図鑑で確かめようと、浮き立つ思いでホテルへの道を辿った。
          (2015年10月:写真:鵜戸神宮のクロマダラソテツシジミ)

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