蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

秋高く…(1)1965年もの

2015年10月10日 | 季節の便り・旅篇

 「Happy 50th Wedding Anniversary! 2人の歩んできた長い道のりと同じだけ熟成したものです。旅行の最後に2人で飲みながら、たくさんの想い出を語りあって」

 777キロを走り戻った翌々日、思いがけないブランデーの贈り物が届いた。しかも、私たちが結婚した50年前にフランスで仕込まれた貴重な逸品!5月23日に始まった金婚式関連行事の何度目かの秋旅、日南ドライブの掉尾を飾るアメリカの次女と婿から届いたハプニングだった。
 ホテル滞在中には、家内宛にコミック「昭和元禄落語心中」全5巻が届いた。「読書の秋ですけん!無聊をかこつのにでもお読みなさいまし」とメールが添えられた。横浜に住む長女の粋な計らいである。
 娘たちそれぞれの、暖かい思いやりに包まれた旅だった。

 北米大陸が垂らした右手の指先、1000キロに及ぶバハ・カリフォルニア半島の最南端に、「地の果て」と名付けられた岬を抱える一大リゾート地・ロスカボスがある。そこに建つホテル・プラヤ・グランデに、アメリカに住む次女が向こう30年間11月第2週1週間の使用権を持つ一室がある。大理石が敷き詰められた豪華な部屋、5つのプール、3つのジャグジー、プライベート・ビーチ、その向こうに広がる海は、太平洋とカリフォルニア海が接し、左手から昇る朝日と右手に没する夕日を見ることが出来る。アラスカから回遊する鯨が時折豪快なブリーチングを見せ、目の前をトビエイがジャンプする。
 水温16度の10月、カリフォルニアのカタリナ島に船泊りして68歳にしてスクーバダイビングのライセンスを取り、その足でロサンゼルス空港から2時間半のフライトでこの地に降り立ち、初のダイビングを体験した想い出の海である。20メートルの海底の白砂に漂いながらカリフォルニアアシカと戯れ、一気に800mの海溝に沈む崖の上辺りで数十万匹のギンガメアジの大群に囲まれて絶句し、岩礁に眠る海亀やウツボと向かい合い、海面近くを悠然と舞うエイを見上げながら、至福の海底散歩を何度も体験した。
 その使用権を全世界のホテルとバーター出来るRCIのシステムで、次女が日南のリゾートホテル5日間の無償使用権を金婚式記念旅行にプレゼントしてくれた。

 片道290キロ、九州道をひた走り、八代から人吉に曲がり込み、深い渓谷の球磨川を縫うように23のトンネルが続く曲折した高速道路を走り、間近に霧島連山を見ながらえびのJCTから宮崎道に乗った。田野ICを降りておよそ30分、閑静な山の中にゴルフ場を併設した7階建てのホテルが姿を現した。
 日南市北郷、此処が5日間の旅のベースキャンプである。この辺りは「飫肥杉」というブランドを持つ杉林が、文字通り林立する美しい山林が拡がるところである。7階のベッドルームのテラスから、遠く日南の海が見える。
 ゴルフ客で昼間は駐車場も賑わっているが、殆どが日帰り客であり、その夜の宿泊は10人ほどのK国人、心配していた通り、どうやらK国資本のホテルらしく、従業員も殆どはK国人だった。幸いお行儀も良く、それに寝るだけのベースキャンプ、早めに大浴場と露天風呂を楽しんでおけば、あとは気兼ねないマイルームの静寂である。

 露天風呂で傾いた午後の日差しを浴びる。眼を閉じると瞼が淡いオレンジ色に染まり、瞼に力を込めていくと、次第に濃いオレンジからやがて真っ赤に染まる。何となく懐かしい色に、一気に走り抜けてきた長いドライブの疲れが、肩から膝から湯の中にほぐれるように溶けていった。
 秋旅の始まりだった。
             (2015年10月:写真:1065年もののブランデー)

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