何の前触れもなく、脳内にエンドレスで流れる曲があると思うのだが(あるよね?)
私の場合(そういう人がけっこういるということを勝手に前提)、 『男はツライよ』 と 『銭形平次』である。
10年ぐらい前までは、これに『大岡越前』が加わっていた。(お若い方はどれも知らないかも・・・)
理由はわからない。特別この映画や話が好きなわけでもない。
ただ突然 ♪ どーぅせ おいらぁは やくーざな あにィきィ~♪ と沸いてきて、いったんそうなると、なかなか離れない。
ハワイの海でプカプカ浮きながら、BGMは寅さんや銭形の親分である。
大岡越前がレパートリーに加わっていた頃は、あの曲が流れると、加藤 剛の、「正しさ100%」なたたずまいが思い出されて
なぜだか神妙な気持ちになったものだ。
先日、『銭形平次』な波がやってきて、鼻歌で ♪ テンテケッ テテン ♪ と歌っていたら、夫が
「最近よく歌ってるけど、それ何の歌?演歌?」と聞くので
「これは銭形平次といってだね、ちょんまげ時代の刑事の話なんだよ。敵にお金を投げて事件を解決するんだよ」
と夫にわかるように説明したら
「なんで刑事が敵にお金を投げるの?」
と来た。
「・・・・・・・・・(考えたこともなかったので動揺している)」
「投げたお金は敵が拾うの?」
「いや、だからその、忍者は手裏剣といって、金属でできた武器を、こうシュッと投げるんだよね、あんな感じで・・」
「じゃあお金じゃなくて、その金属を投げればいいのにね」
「いや、でも、お金を投げないと銭形親分じゃなくなっちゃうんだよ!(自分でも支離滅裂)」
いつだったか、寅さんのことをうまく説明できずに、結局 「バックパッカー」 になってしまった。
ここで一句。
寅二郎 海を渡れば バックパッカー (何のひねりもない)
さて、無理やり会話を終了にしたものの、なぜ平次が4文銭を投げるのか気になってたまらない。
確かに角の丸いお金を投げるより、手裏剣を投げるほうがダメージは大きいはずだし、お金を無駄にしなくていい。
で、調べてみた。
作者の野村胡堂は、文藝春秋から「岡本綺堂の半七捕物帳のようなものを」と依頼され、構想を練った。そのとき、たまたま建設現場で見かけた錢高組の看板と社章から「銭形」の名前と投げ銭を思いついたという(ウィキペディアより)
銭高組が銭形平次の元だったとはッッ・・・・・!(どーでもいいけど)
もしそこにあったのが『間組』の看板だったら?義理と人情のハザマで苦しむ人情親分とか・・・
『鴻池』だったら?コウノトリが助っ人にやってくるとか・・・(ああ、さらにどーでもよくなってきた)
構想としての銭投げの出所はわかったけど、話の中で平次が銭を投げるに至った理由はわからないままだ。
「銭形平次捕物帖」を読むしかないか?
というわけで、銭形の波が来ると、心のどこかがモヤーっとしたまま歌を口ずさむのである。
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私の場合(そういう人がけっこういるということを勝手に前提)、 『男はツライよ』 と 『銭形平次』である。
10年ぐらい前までは、これに『大岡越前』が加わっていた。(お若い方はどれも知らないかも・・・)
理由はわからない。特別この映画や話が好きなわけでもない。
ただ突然 ♪ どーぅせ おいらぁは やくーざな あにィきィ~♪ と沸いてきて、いったんそうなると、なかなか離れない。
ハワイの海でプカプカ浮きながら、BGMは寅さんや銭形の親分である。
大岡越前がレパートリーに加わっていた頃は、あの曲が流れると、加藤 剛の、「正しさ100%」なたたずまいが思い出されて
なぜだか神妙な気持ちになったものだ。
先日、『銭形平次』な波がやってきて、鼻歌で ♪ テンテケッ テテン ♪ と歌っていたら、夫が
「最近よく歌ってるけど、それ何の歌?演歌?」と聞くので
「これは銭形平次といってだね、ちょんまげ時代の刑事の話なんだよ。敵にお金を投げて事件を解決するんだよ」
と夫にわかるように説明したら
「なんで刑事が敵にお金を投げるの?」
と来た。
「・・・・・・・・・(考えたこともなかったので動揺している)」
「投げたお金は敵が拾うの?」
「いや、だからその、忍者は手裏剣といって、金属でできた武器を、こうシュッと投げるんだよね、あんな感じで・・」
「じゃあお金じゃなくて、その金属を投げればいいのにね」
「いや、でも、お金を投げないと銭形親分じゃなくなっちゃうんだよ!(自分でも支離滅裂)」
いつだったか、寅さんのことをうまく説明できずに、結局 「バックパッカー」 になってしまった。
ここで一句。
寅二郎 海を渡れば バックパッカー (何のひねりもない)
さて、無理やり会話を終了にしたものの、なぜ平次が4文銭を投げるのか気になってたまらない。
確かに角の丸いお金を投げるより、手裏剣を投げるほうがダメージは大きいはずだし、お金を無駄にしなくていい。
で、調べてみた。
作者の野村胡堂は、文藝春秋から「岡本綺堂の半七捕物帳のようなものを」と依頼され、構想を練った。そのとき、たまたま建設現場で見かけた錢高組の看板と社章から「銭形」の名前と投げ銭を思いついたという(ウィキペディアより)
銭高組が銭形平次の元だったとはッッ・・・・・!(どーでもいいけど)
もしそこにあったのが『間組』の看板だったら?義理と人情のハザマで苦しむ人情親分とか・・・
『鴻池』だったら?コウノトリが助っ人にやってくるとか・・・(ああ、さらにどーでもよくなってきた)
構想としての銭投げの出所はわかったけど、話の中で平次が銭を投げるに至った理由はわからないままだ。
「銭形平次捕物帖」を読むしかないか?
というわけで、銭形の波が来ると、心のどこかがモヤーっとしたまま歌を口ずさむのである。
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