ここ1週間ほど、迷っていることがある。
グースネックケトルを買うか、買うまいか。
グースネックケトルとはその名の通り、注ぎ口がグースの首のような曲線を持つヤカンのこと。
こういうの。
私は毎朝、コーヒーを淹れる。
以前はKEURIGを使っていたが、手でドリップする方式にして数年がたつ。
その時にもちょっと迷って、どうせ一人分だし、味の違いがわかる上等な私でもなし、小鍋で充分と思い、小鍋で通してきた。
しかし、丁寧に暮らしている人たちの動画を見て、「小鍋でコーヒーを淹れている人って、どうなの?」と思うようになった。
丁寧でおしゃれな人たちは、グースネックの細い注ぎ口からそろそろとお湯を垂らして、コーヒー豆をふっくらとさせてゆく。
小鍋だと、注ぎ口というものがないから、注ぐとき一度にドバっとお湯が出てしまう。
こりゃやっぱりグースネックかなあ・・・
何年も小鍋でやってきて、今さらなんだけど、そう思い始めたらグースネックケトルが欲しくなった。
電気湯沸かし式でない普通のタイプがいいので、(上の写真は電気湯沸かし式)探してみると、いろいろある。
価格も5~6千円ほどで、それほど高価でもない。
大きさやデザインやレビューを検討し、買うならこれだ、というものまで決めたのに、買うまでに至らないのは断捨離のせいだ。
数か月前の大量断捨離で、我が家は相当に身軽になった。
そうなってみると、新しいものを買うことに慎重になるのだ。
たかがヤカン、されど、物がひとつ増えるということに抵抗がある。
ミニマムサイズのキッチンは、収納にも限りがある。
グースネックの注ぎ口が場所をとるし、買ったらストーブの上に置いたままになるだろう。
普段は夫に相談などしないのに、聞いてみた。
「欲しければ買えばいいじゃん、だけどこの前、お茶のケトルみたいなの、もう使わないからって処分したよね」
そうだ。なぜかいくつもあった急須的なものを処分した。
でも私が欲しいのは急須じゃなくて、グースネックケトルなのだと、写真を見せて説明したが、夫はその何が違うのかをよく理解できず。
が、そのときヒラメいた。
急須といえば、一つだけ処分を免れたのがあったはず。
緑茶を飲むときは、お茶パックに茶葉を入れたのを直接マグに入れてお湯を注ぐので、急須など使わない。
だからこれは次回の断捨離候補になっていた。
とことん正しい急須。
この注ぎ口、見ようによってはグースネックに見えないか?
かなーーーーり寸足らずだが、小鍋よりは遥かに湯量の調整ができそうだ。
沸かしたお湯を急須に移して、コーヒー豆に注ぐ。
これなら食器棚にいれられるし、物を増やさなくて済む。
「グースネック、ならず、キュースネック、なんちってね。オヤジギャグ」
と日本人の友人に言ったら、最近のオヤジは私らよりも若くて、そんなことは言わないのだそうだ。
オヤジギャグという言葉すら死語になりつつあるのだと、哀れみたっぷりに言った。
あーそうかい。
いつのまに私はそんな歳になっちゃったんだろう。