太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

Hale Vietnam

2012-03-21 14:47:47 | 食べ物とか
ホノルルの、カイムキというエリアに、 Hale Vietnam というベトナム料理のレストランがある。

何回か、ここには来ていて、どれもこれも美味しいのだけれど、

オックステールのフォーは、ハワイに来て間違いなく1番感動した料理だと思う。




タイ・バジルと、モヤシが別皿で付いてきて、好きなだけ入れて食べる。

フォーといっても、おそうめんみたいだから、これは私にとっては「にゅうめん」だ。

最初に一口飲んだスープの、その奥深い味といったら・・・・・・

器を持って、飲み干したい衝動に駆られる(しないけど)

美味しくて美味しくて、無口になって、ひたすら食べる。


フォーは、スープの中身をいろいろ選べるのだが、オックステールはスペシャルと書いてあった。

正真正銘、スペシャル美味しい。

これで12ドルは安い。


今回は生春巻きをオーダーした。

揚げてある、インペリアル スプリングロール も、大変美味しい。

そして必ず頼むのが、ベトナム コーヒー


エスプレッソのように濃いコーヒーに、たっぷりの練乳を混ぜて飲む、独特の飲み物。

夜、これを飲んだら眠れないだろうなあ。

ベトナム料理は、全体に野菜がたくさん使ってあって、おなか一杯食べても、胃がもたれることがない。


何度でもリピートしたい、癖になるレストランだ。






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ガソリンスタンド

2012-03-20 13:48:39 | 日記
この1ヶ月、ずっと借りている叔母の車に、そろそろ給油が必要になってきた。

近年、日本でもセルフのガソリンスタンドが増えてきたけれど、私は1度、うっかり間違えてセルフスタンドに入ってしまい、

やり方がわからず、最初から最後までお店の人にやってもらったという、全然セルフじゃなかった苦い経験がある。

お金を払う機械と、おつりをもらう機械が別だったりして、すごく面倒くさかった(自分でやったわけじゃないけど)

それ以来、努めてセルフには近寄らないようにしてきた。


しかしアメリカは、確かオレゴン州以外はセルフのスタンドばかり。


もちろん、ガソリンの入れ方を夫から教えてもらっていたけれど、一人で行くのは今日が初めて。

・カードを入れる

・暗証番号を打ち込む

・給油する

たったこれだけのステップだから、誰だってできる。


自信満々でカードを入れたが、『カードが認証されません』の表示。

あらゆる向きでカードをいれ続け、ようやく認証され、暗証番号を打ち込む。

日本でいうところのレギュラーガソリンのノズルを取って、いざ給油。

でも、いつまでたってもガソリンが出てこない。



どんなにハンドルを握っても、1滴だって出てきやしない。



隣りの機械で、ハワイアンの男性が給油しながら、女性二人と立ち話をしていた。

困ったときは、すぐに聞く。

考えてもわからないことは、いつまでも考えない。

これはハワイで身につけた、生活の知恵だ。




「あのぉ、どうやって給油するか教えてもらっていいですか?」

「現金?カード?」

「ガソリンスタンド専用のカードを入れて、給油できるはずなんだけどガソリンが出てこないんです」

「あと30秒で終わるから、ちょっと待ってて」


すると話をしていた女性のうち、一人が

「いっちょ私が教えてあげましょうかね」

と、大きな身体をゆさゆさ揺らしてやってきた。

「すみません」

「すみません、なんて言う必要ないわよ。困った時は助け合う、これ常識^^」


そして機械を見て、すぐに

「ははぁーん、これよ、これ。コレを下げないと出てこない仕組みになってンの」

と言って、給油ノズルが掛かっていた場所を指差した。

確かに、これは夫も説明してくれた記憶がある。しかし、見ると「やる」では大違い。

車の運転でも何でも、実際に自分の体で覚えないと身につかないものなんだ。






そこを下げると、カタカタとメーターの数字が動き始めた。

「ありがとう!!私、今日が初めての給油なんです」

「誰だって初めての時はわかんないもんよ。知らないことは恥ずかしいことじゃないよ」

女性はにっこにっこしながらそう言うと、最後まで給油してくれた。

もう一人の女性もやって来て、レシートを取って何ガロン入ったか説明してくれた。


日本でセルフのスタンドに慣れていたなら、こんなことにはならなかったのだろうが、

でもおかげで、また人の温かさに触れることができた。

幸せな気持ちになることばかりじゃないけれど、やっぱり人間ってかわいいし、好きだなあと思う。





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お宅拝見

2012-03-20 09:27:33 | 日記
週末、夫の友人が、美味しい朝食を作ってくれるという。

朝型の人が多いのは私のまわりだけだろうか。

叔父が朝5時半ごろ24時間営業のジムに行くと、けっこう混んでいると言っていたし、朝7時にオープンという店も珍しくないから、全体に朝型なのかも。


友人宅に8時集合。

朝食の用意をしてくれている間、夫はベビーシッター。私はお宅拝見。


ここは、私が住んでいる地域と違って、雨が少なくて乾燥している。

昨年、カハラという地域からここに移ってきたばかりで、カハラのお宅も素晴らしかったけど、ここも快適な家なのだ。


ファミリールーム。夫はいつでもどこでも子供に大変好かれるタチ。



ファミリールームからキッチンを見たところ



リビングルーム。窓の向こうはテラス



テラス。 プールをはさんで海が一望できる



ダイニングルーム


友人はシングルマザーで、母親と一緒に暮らしている。

母親はアーティスト、友人はフォトグラファーだからか、家の中に置いてあるオブジェも普通じゃない。


こんなのとか・・・


夜、暗い中で見たら怖いような、摩訶不思議なものがいっぱい置いてあるのだが、不思議とそれが似合ってしまう。


食べるのに夢中で、肝心の朝食の写真がない・・・・・

たくさんのクレープと、山盛りのフルーツ(苺、バナナ、ブラックベリー、ラズベリー、りんご、パパイヤ)、カテージチーズ、メイプルシロップ、ジャム、スクランブルエッグ、サラダ、りんごジュース、ルイボスティ。



彼女はナチュラル志向で、すべてオーガニック、ノン・カフェイン、ほぼベジタリアン。

以前、私もナチュラルを目指していた時期があったけれど、

食べるものにこだわると、自分を縛ってしまうことが多くなって、ナチュラルを目指しつつ、私はナチュラルでいられないという窮屈さに耐え切れず、やめてしまった。

「これが良い」と何かを決めると、同時に「これは悪い」というものも発生してしまい、

そのことがストレスになる。

食べたいものを、感謝して美味しくいただく、それが私には合っている思う。



だけど、こうして人が用意してくれたナチュラルはおおいに大歓迎なのだ。

来客用においてあるコーヒーを淹れてもらって、2枚のクレープをぺロリと食べてしまった。

海まで歩いて、のんびり過ごす。

ゆるゆるで、好きな休日の過ごし方だ。









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ハーゲンダッツ

2012-03-19 16:46:06 | 食べ物とか
ハーゲンダッツの、Fiveというブランドのコーヒー味にハマっている。





能書きを読むと、これは5つの原料だけからできている、ナチュラルなアイスクリームということになっている。

しかも低脂肪。

ちなみにこれは、

・ミルク
・クリーム
・砂糖
・卵
・コーヒー

で作られているらしい。


スーパーで、このアイスクリームをカゴに入れたら、背後から、

「ねえ、そのアイスクリームってどうなの?」

という声がした。

振り向くと、30代と思しき金髪の女性が、満面笑顔で立っていた。



「FIVEって、一番上の棚に1列だけあって、その下全部は普通のハーゲンダッツじゃない?どういう味なんだろうって思ってたのよ」

「私はこのコーヒー味が大好きで、もう何個目かわかんないぐらい買ってるよ」

「へぇ!低脂肪のアイスって美味しくなかったりするけど、それは美味しいの?」

「このシリーズのバニラは、あまり美味しくなかった。でもコレはお勧め」

「私、バニラは好きじゃないのよね。そうかぁ、今日はそれを買っていこうかしら」

「うんうん、あなたが好きな味だといいんだけどね」

「大丈夫よー、あなたのせいにしないから^^ たとえアイスクリームでも、いつもと違うものってワクワクするわぁ!」



誰かと一緒にいると、こうして話しかけられることはない。

必ず一人で行動している時に、見知らぬ人とコミュニケーションできるのだ。


日本にも、このシリーズがあるのかなあ。








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蕎麦屋の葛藤

2012-03-17 19:13:36 | 日記
詳細は全然覚えていないけれど、目が覚めたあとにどんよりと気まずさだけが残る夢を見た。

この感覚、蕎麦屋の葛藤と似てる。



日本にいた時、美味しい蕎麦屋があった。

カウンター席に7人ぐらい、4人掛けのテーブルが3つという小さな店で、カウンター席も隣りの人と肩が触れ合うほどの狭さ。

どこに座っても、荷物を置く場所もないありさまだった。

それでも美味しいので、いつも混んでいた。

週末の昼時には、大抵「合席」になる。



「お合席になりますけどいいですか?」

紬風の前掛けをした女性の店員さんが、一応こちらの意向を聞くふりをしながらも、答えを待っていられないぐらい忙しいんだけど!というオーラを漂わせつつ、既にテーブルの椅子を引いて待っており

否とは言わせない雰囲気がビシビシと伝わってきて、小心者の私は何となく座ってしまう。


普段、二人連れで食べ物屋の4人掛けに座るときは、向かい合って座る。

合席が前提の場合は、横に並んで座ることになる。先客が向かい側にいることもあるし、私達が先に並んでいることもあるのだが、

私はこの「合席」が非常に苦手だ。



たかだか幅が60センチぐらいしかないテーブルを挟んで、互いの話し声など丸聞こえもいいところだ。

自然、声を落としてボソボソと話をすることになるし、会話の内容も選んでしまう。

注文したものが出てくるまでの間が、異様に長く感じる。

向かい側にいる二人連れが、いやでも目に入り、いやでも会話が聞こえる。

そうすると、「トレーナーなのに、あのキンキラの時計は似合わないな」とか、「夫婦って顔が似てくるってほんとうだな」とか、

「入学祝のお返しに佃煮詰め合わせって、どうだろう?」とか、「奥さん、すましているけど、喧嘩したらキツそうだな」とか、

考えたくない、詮索したくないのに、私の中のワイドショー的な部分が黙っていられないのだ。



そしてそれは向こうも似たようなものだと思うから、

私はいったいどんなふうに思われているのだろうかと、マニキュアをサボった爪が気になったり、あっちのセーターにすればよかったと思ったり。



頭の中は、ワイドショーがぐるぐる渦巻いているのに、表面は、向かい側に誰もいないかのように振舞うのだから、本当に疲れる。

「おっと、今3秒ぐらい奥さんのほうの顔を見てしまった、長すぎ長すぎ」

と視線をわざとらしくそらす。かといって全く見ないのも不自然かもと思い、すーっと流すように見たりする。

これに加え、どちらかが食事中で、もう一方は待っている、という状態になると、自分がどちらになるにせよ、もうその疲労感たるやハンパではない。



こんな具合で、せっかくのお蕎麦の味も堪能できないまま、ものすごく疲れて店を出る。



電車に駆け込もうとして必死の形相で走ってきたのに失敗した人や、自分がそういう人である場合も、同じような気まずい空気が生まれる。

目撃者だったときは、

「私はあなたが電車に乗り損ねたことなんか見ていないし、見ていたとしても全然なんとも思っていませんよ」という雰囲気を出しつつ、関係ない方向を見たりする。

乗り損ねた人だったときは、

「べつに乗り損ねたってわけじゃなくて、運動不足だから走りたかったのよ。全然恥ずかしいとか思ってないしね」という雰囲気を出しつつ、何事もなかったように振舞う。

それでいて、互いにすごく意識しているのだ。



私が思うほど、人は私を見ていやしないし、私が気にするほど、人はなんとも思わないものだ、とは思う。

それでも、広い駅のコンコースをすたすたと歩いていて、見当違いの方向であることや、完全に迷ってしまったことに気づいた時、

向きを変えて引き返すキッカケ作りのために、立ち止まって、用もないのに携帯電話を取り出してみたりする自分が、滑稽を通り越して、気の毒にも思えてくる。

自意識過剰だよ、ええかっこしぃだよ、ともう一人の私がフツフツと笑う。





他人に対しての、無関心と関心の駆け引きとバランスは、いつも私を悩ませる。












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