太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

動物もの

2021-09-26 14:44:57 | 日記
大昔、「野生の王国」というテレビ番組があって、よく見ていた。
アフリカのサバンナなどに住む野生の動物たちの生態を紹介する番組だ。
現在、そういう番組は一気に増えた。
カメラの性能や撮り方が格段に良くなって、いったいこれはどうやって撮影しているのか、と不思議に思うほど近くに動物たちを見ることができる。
イギリスBBCの、デビッド・アッテンボローがナレーションのシリーズは、
デビッドの素朴な語り口が心地いい。
サバンナも、アマゾン流域も生涯行くことはないので興味深い。


ところが最近、この手の番組が苦手になってきた。

野生の馬の特集で、干ばつで水が不足し、弱った馬が立ち上がることができずに地面でもがいている。
苦しむ馬を、カメラは撮り続けている。
私は言わずにおれない。

「何を見ている!そこにいるなら水をやれ、水を!見殺しにするのか!」

叫ぶ私に夫が言う。
「野生だから人が手出しはできないんじゃないの」

そんなこたぁわかってる。
でも目の前で死にかけている動物を、なぜ見ていられるのか神経を疑う。
とうとう見ておれずにチャンネルを変える。

ミーアキャットの特集では、ミーアキャットの家族に名前をつけて生態を追う。
後ろ足で立って、敵が来ないか監視する姿は愛らしく、かわいいなあと思いながら見ていた。
兄弟の1匹「ジロー」(確かにジローと言った)が、大きな鷲を発見。
兄弟たちに知らせてまわって、みんなが一斉に穴の中に逃げ込むのだが、ジローだけが戻ってこない。
敵がいることを知らせている間に、鷲に捕まってしまったのだ。
「オォ、ジロー・・・・」
デビッドがつぶやく。
私は憤慨する。

「なんで鷲を追っ払わない!みすみすジローが捕まるのを指をくわえて見てたんか!この人でなし!!」

「だからそれは野生だから・・・・」

夫が申し訳なさそうに言うが無視。
あまりに腹立たしいのでチャンネルを変える。

今では、白熊の親子が画面に映っただけで、チャンネルを変えてしまう。
温暖化で氷が薄くなり、子熊を育てるのに苦労している母熊を見るのも、何も知らずにあどけない子熊を見るのも耐えられない。



ペットショップにキャットフードを買いに行くと、保護猫がいる時がある。
名前と年齢、保護猫になったいきさつなどがプレートに書かれている。
以前、夫も私も必ずそのケージを最初にチェックし、
「ハーイ、ダッシュ、ハウアーユー」
などと声を掛ける。
ちなみに、ダッシュ・オス・1歳は、里親に引き取られたものの、先住猫と良い関係が作れずに、再び保護猫になった。
人なつこく、穏やかそうなダッシュが、こちらにすり寄って来る。
うちに猫がいなかったら連れて帰るのにね、と言い合ってその場を離れる。
ダッシュの行く末を思い、私の心にもやもやが残る。
次に行った時、ダッシュはいなくなっている。
幸せにしているのか、それとも。
再びもやもやが広がる。

そんなわけで、最近はそこを見ないようにしている。
夫は相変わらず猫チェックをして、声を掛けている。


いつからこんなに動物ものに弱くなったのか。
植物や魚なら、まだ感情移入しなくて済むので、憤慨せずに見ていられる。

「動物だけじゃないじゃん、普通の映画も、主人公が危険にあいそうになるとトイレに行ったり、目と耳を塞ぐじゃん」

夫が言うが、そうなのだ。
危険な目にあってもリベンジできることがわかっている場合しか、見ていられない。
「水戸黄門」や「大岡越前」が年配者に支持されて、再放送を重ねていたのは、こういうわけだったのかと思うこの頃である。





停電ばんざい

2021-09-26 13:54:04 | 日記
金曜日の職場の昼休み、外のピクニックテーブルでランチを食べて店に戻ると店内が暗い。

ゲートが半分閉じられて、同僚が一人立って、入ってこようとする客を引き留めている。

まーた停電か。

電気がないと、まずレジスターが使えない。
クレジットカードの読み取りもできない。
サンプルのコーヒーも作れない。
店内が暗くて、商品がよく見えない。

しばらくそうして復旧を待ったが、1時間たっても戻らない。
両隣の村は復旧していて、なぜか職場のあるブロックだけ。
お店は開店休業。
「もう今日は閉めよう」
というゼネラルマネージャーの鶴の一声で、嬉々として掃除をし、1時半にはタイムカードを押した。


棚からぼたもちの半休。
しかも金曜日は夫が休みで家にいる。
一緒にホールフーズに行ったり、家で映画を観て過ごした。
「明日も停電にならないかなぁ」
というのは、勤め人の気楽さである。






あっさり敗北

2021-09-25 08:28:16 | 日記
いつものうっかりで、間違えてデンタルフロスを買ってしまった話。(その記事はコチラ
細い糸状じゃないとダメなのに、買ったのはきしめんタイプ。

しかもお徳用で、91.4mもある。
早く使い終えるように長めに使っていたが、歯が重なった部分に引っ掛かってイライラする。
どうして私が育った時代の日本に、アメリカのような「歯並びの美」という概念がなかったのだろう。
イライラしながら使っていたある日、ふとこのケースの中に納まっているフロスの長さを考えてみた。

50mプールを一往復分に近い

あのプールを往復?

・・・・・・・・・・・・・


あー!やめたやめた!
はいはい、間違えて買った私が悪うござんした!


翌朝、仕事の前にスーパーに寄り、普通のフロスを買ってきた。









うすくちしょうゆ

2021-09-20 15:43:12 | 食べ物とか
夫の叔母から電話。

「うすくちしょうゆ、ていうのが必要なんだけど、どこで手に入るの?」

ミートボールを作るのに、レシピ本に うすくちしょうゆ と表記してあるらしい。
これでも私も日本人の端くれ。
うすくちしょうゆは、普通の醤油よりも色が薄くて塩分が高いぐらいのことは知っている。
叔母がどんなミートボールを作るのかは知らないが、どうせ肉の色に紛れるのだし、
たぶん今回使ったきりで食品庫で賞味期限がきれるだろうし、わざわざ買うこともないと思うので、叔母に言った。

「私だったら、醤油を水で薄めて表記の分量にし、粉末ダシをパパっと振りかけておしまいにするけどね」

すると叔母は言った。

「それじゃあ、うすくちしょうゆとは違うものじゃないの」

そりゃあ違うけどもさ。
叔母は料理が好きで、料理上手だ。
料理好きな人と、そうじゃない人(私だ)、料理上手な人とそうじゃない人(これも私)の違いは、この辺にあるとみた。

私だってレシピ見ながら料理することもあるが、材料も作り方も斜め読みで、
その通りに作れた試しがほとんどない。
イタリア人シェフの書いたミートソースも、出来上がりの色が薄くて味がぼんやりしているので、
醤油やソースなどをあれこれ足してみた。
なんだって醤油を入れたらおいしくなるに決まっている、という醤油神話。
こうして適当にアレンジしてしまうので、本来の味がどんなものかわからないままだ。
ミートソースも、イタリアに醤油やソースはないから、まったく違うものができたと思う。
それでも、美味しい美味しい、と言って食べてくれる味音痴の夫がいるのでありがたい。

ホノルルに出る用事があったので、日本食スーパーに寄ってうすくちしょうゆを買い、叔母に届けた。

「これでミートボールが作れるわ、ありがとう!」

醤油もうすくちしょうゆも似たようなもんだろ、とうそぶく日本人の私、
うすくちしょうゆじゃなきゃダメにきまってんでしょ、というアメリカ人の叔母。
食に関して繊細さがまるでない私は、いろんな料理に挑戦して美味しいものを食べたい、という欲も薄い。
上等な味覚も持っていないので、たいていのものは美味しく食べられる。
そういう私に、同じものが3日続いても、醤油の入ったミートソースも平気な夫がつくのだから、世の中はうまくできていると思うのである。







小出しに、くる

2021-09-17 07:57:42 | 日記
母が亡くなって2週間あまり。
姉からLINEがきた。

階段上っているときとか、料理しているときとか、
急に、ああもうお母さんに会えないんだな、あの顔を見られないんだな、と思って胸がキューンとなる

それはまったく私も同じ。
私はいつもどおりに生活しているが、日常の何でもないとき、ふと無性に悲しくなる。
ずっと会えないまま逝ってしまったから、
私が留守をしている間に、母がどこかに行ってしまったような感じ。
母が亡くなったことはわかるけど、もう会えないのだということには、心がついてゆかない。

通勤の車の中で、声の限りに叫ぶ。

「おかあさーーーーーーーーーーん、おかあさーーーーーーーーーーん」

いい年したおばさんが、異様な光景ではある。

「あのテーブルで味噌汁食べたとか、浅間神社に歩いて行ったとか、なんでもない小さなことばかりものすごく思い出しちゃう。
49日の間はここにいるんでしょ、僕はおかあさんに話しかけながら過ごしているよ」

寝しなに夫とそんな話をしながら眠りについた。
夜中に、誰かに右肩を指先で トントン と叩かれて目が覚めた。
夫は背中を向けて寝入っている。
猫たちも長くなって寝ている。

(おかあさん、私が叫んでるもんだから見に来てくれたんだね)

母がいない寂しさは、こうして小出しにやってくる。