狭山神社参拝後、本日のメインである法道寺へ。
今まで何故見逃していたのか不思議な古刹ですが、
初めて参拝します。
こちらの見所は多宝塔と大阪では珍しい食堂です。
お寺は警備員が何人もいる大きな墓地に隣接しており、
車は無料駐車場に停められました。
所在地:大阪府堺市南区鉢ヶ峯寺401
宗派:高野山真言宗
御本尊:薬師如来
創建:天智天皇9年(670)
開山:法道
札所:河泉二十四地蔵霊場、和泉八十八ヶ所霊場
【縁起】
当寺は所蔵の縁起書(延長8年写本)によれば天智天皇9年法道仙人が当山で飛鉢の法を行じ、
その霊験を聞き及んだ天智天皇の勅願によって、閑谷院長福寺として開創されました。
この鉢を収めた山を鉢塚山といい、これによって山号を鉢峯山といいます。
南北朝時代には楠木正成の一族であった橋本正員の菩提寺となりました。
その後、8代将軍徳川吉宗の嫡子が長福丸と名付けられたことにより、
同名であることをはばかり、法道仙人の開基であることから、
享保元年(1716)法道寺と改名しました。
往時は多数の搭頭寺院を要する大寺院でした。
境内にある建物のうち鎌倉時代後期の食堂、南北朝時代の多宝塔は国の重要文化財に指定。
また、南北朝時代に制作された仏画十六羅漢像(重文)、高麗時代の阿弥陀三尊図(市指定)、
鎌倉時代弘安6年(1283)に造立された金剛力士像(市指定)など数多くの文化財を有しています。
【山門】
見事な山門です。
否が応でも期待感が上がる。
【仁王像】
弘安6年(1283)作の堺市指定有形文化財。
【金堂】
なかなか立派な本堂ですが、
残念ながら開いていませんでした。
【山門】
境内から見た山門。
【大師堂】
【多宝塔】
さすが重文だけあって見事な多宝塔です。
大阪にもまだこんな多宝塔があったのかぁ。
多宝塔の周りはきっと桜が咲いたら美しいだろう。
今は葉っぱもなく寂しい感じだけど、
咲いてる様子を想像してみると楽しくなるね。
【食堂】
鎌倉時代後期の建立の重要文化財。
食堂は奈良の薬師寺が有名ですが、
大阪では金剛寺と法道寺の二ヶ寺のみとのこと。
【石仏・宝篋印塔】
【南門】
これにて法道寺の参拝終了。
本堂にあたる金堂が閉まっていたのが残念ですが、
伽藍好きには満足出来るお寺でした。
もっと有名になってほしいですね。
今まで何故見逃していたのか不思議な古刹ですが、
初めて参拝します。
こちらの見所は多宝塔と大阪では珍しい食堂です。
お寺は警備員が何人もいる大きな墓地に隣接しており、
車は無料駐車場に停められました。
所在地:大阪府堺市南区鉢ヶ峯寺401
宗派:高野山真言宗
御本尊:薬師如来
創建:天智天皇9年(670)
開山:法道
札所:河泉二十四地蔵霊場、和泉八十八ヶ所霊場
【縁起】
当寺は所蔵の縁起書(延長8年写本)によれば天智天皇9年法道仙人が当山で飛鉢の法を行じ、
その霊験を聞き及んだ天智天皇の勅願によって、閑谷院長福寺として開創されました。
この鉢を収めた山を鉢塚山といい、これによって山号を鉢峯山といいます。
南北朝時代には楠木正成の一族であった橋本正員の菩提寺となりました。
その後、8代将軍徳川吉宗の嫡子が長福丸と名付けられたことにより、
同名であることをはばかり、法道仙人の開基であることから、
享保元年(1716)法道寺と改名しました。
往時は多数の搭頭寺院を要する大寺院でした。
境内にある建物のうち鎌倉時代後期の食堂、南北朝時代の多宝塔は国の重要文化財に指定。
また、南北朝時代に制作された仏画十六羅漢像(重文)、高麗時代の阿弥陀三尊図(市指定)、
鎌倉時代弘安6年(1283)に造立された金剛力士像(市指定)など数多くの文化財を有しています。
【山門】
見事な山門です。
否が応でも期待感が上がる。
【仁王像】
弘安6年(1283)作の堺市指定有形文化財。
【金堂】
なかなか立派な本堂ですが、
残念ながら開いていませんでした。
【山門】
境内から見た山門。
【大師堂】
【多宝塔】
さすが重文だけあって見事な多宝塔です。
大阪にもまだこんな多宝塔があったのかぁ。
多宝塔の周りはきっと桜が咲いたら美しいだろう。
今は葉っぱもなく寂しい感じだけど、
咲いてる様子を想像してみると楽しくなるね。
【食堂】
鎌倉時代後期の建立の重要文化財。
食堂は奈良の薬師寺が有名ですが、
大阪では金剛寺と法道寺の二ヶ寺のみとのこと。
【石仏・宝篋印塔】
【南門】
これにて法道寺の参拝終了。
本堂にあたる金堂が閉まっていたのが残念ですが、
伽藍好きには満足出来るお寺でした。
もっと有名になってほしいですね。