原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

安田純平さんは、SNSからの誹謗中傷に如何に対処したか?

2020年06月21日 | 時事論評
 先程ネット上で、シリアにて拘束されたフリージャーナリストの安田純平氏が、雑誌のインタビューに応える記事が掲載されていた。


 この原左都子も、本エッセイ集バックナンバーに於いて、この安田純平氏に関するエッセイを幾度が公開している。
 その中から、2018.11.20公開バックナンバー 「プロと素人をそれ程“線引き・区別”せねばならないか?」の一部を引用させていただこう。

 当該「原左都子エッセイ集」2018.11.04 バックナンバー「怒れられて、嬉しいか?」の最終章に於いて、私は以下の記述をしている。
 内戦下のシリアで拘束されていたフリージャーナリストの安田純平氏が、帰国後の長~~い記者会見内で一応の「謝罪」を述べておられる。
 私見としてはそれを“当然の事”と捉えつつ、安田氏の行動を単に「怒る」との行為がどうなのかとの自問に苦しみつつもある。
 この議論に関しては、世の議論が深まった暁に今一度私論を述べたいと考慮中だが…。
 (以上、本エッセイ集バックナンバーより、一部を再掲載したもの。)

 今回のエッセイは、決して上記フリージャーナリスト安田氏の言動に関する議論を提示しようとするものではなく、あくまでも表題の通り「プロと素人間の線引き」に対する私論を述べる趣旨である。
 何故本日、その私論を述べようと志したのかと言うと。
 2,3日前に、某プロのジャーナリストによるフリージャーナリスト安田氏の行動に関して、「素人がつべこべいうのは間違っている、云々…」の趣旨文面を発見したからに他ならない。
 そのコピーを取り忘れた、と言うよりも。 その後日数が経過するにつれ、その文面を思い出しては何だか“腹立たしさ”が煽られるのだ。

 と言うのも当「原左都子エッセイ集」など、まさに一ド素人がド素人の立場で私論オピニオンを羅列した文集に過ぎない。(いえいえ、中には自分の専門に基づき念入りに内容を検証・監修した上で公開しているエッセイも少なくないのだが。)
 上記ネット文面は、あくまでも“ツイッター”等々ネット上のSNS類に記載されている“素人文面”をやり玉に挙げていたのではあるが。
 そうだとしても今のネット時代に於いては、米国のトランプ大統領とてツイッターで好き放題暴言を吐いている。 日本の国会議員とてFacebook登録したり、やはりツイッター等で安易な見解を述べたりしているじゃないか!?
 そんな現代の時代背景下に於いて、何故素人(要するに“一般人”という事なのだろう)がそれを真似ることを、プロの立場から全面否定されねばならないんだ!?!

 事のついでに、現在“フリージャーナリスト安田氏問題”が“素人間で”如何に議論されているかを紹介すると。 (以下に、本日朝ネット上でたまたま発見した文章の一部を引用する。
 安田純平氏開放を自己責任論で叩くのは賛否両論ありますが、ジャーナリストの評価は真実を如何に正確に報道しているか、虚偽の情報は含まれていないのかを常に疑われる訳であって、安田氏の取材は欧米のジャーナリストであれば当然の事だと、どんな評価されるべき作業であるそうです( ̄▽ ̄)b
 (以上、ネット上より一素人氏が公開したと思しき文面より引用したもの。)

 エッセイの本題からズレるが、ここで原左都子自身の安田氏に関する“感覚”(あくまでも“感覚”範疇であり、私見と言えるまでの意思を含有していないことを断っておく)を少しだけ述べさせて頂こう。
 安田氏が開放されて帰国した直後に安田氏の実父母がメディア会見に応じた現場での発言に、大いなる違和感を抱かされた。 未だ何らの開放背景も把握されていない状況下に於いて、私が安田氏の親ならばまずは「国民の皆さん、息子が迷惑をお掛けしたことをお詫びします。」と開口一番に謝罪したであろう。
 ところが、安田氏実父母氏達のインタビュー内容は大いに違った。 特に母親氏は「今まで本当に辛かった…」と言うなりメディア報道の目前で目頭を押さえたのだ。
 片や安田氏ご本人は、帰国直後の長~~い記者会見の中で明瞭に自己の責任論を述べた。 要するに、今回の事件は“自己責任範疇だ”と認めた、と私は解釈している。
 その後、安田氏がすっかりメディアに姿を見せなくなっている。 今現在安田氏ご本人が何を考え、プロのジャーナリストとして如何なる将来像を描いているのか、残念ながら測り知れない。
 などとド素人の立場で自分の“感覚”を無責任に述べたりしたものならば、上記のプロジャーナリスト氏より再び「素人は黙れ!」なるバッシングを受けるのかなあ。

 (以上、本エッセイ集2018.11バックナンバーより一部を引用したもの。)

 
 上記のごとく、原左都子の安田純平氏に対する私観とは。
 「(安田氏帰国直後の長~~い記者会見の中で)明瞭に自己の責任論を述べた。 要するに、今回の(拘束)事件は“自己責任範疇だ”と安田氏が認めた、と私は解釈している。」  その文章の通りだ。😠 

 
 さて、冒頭に記した某雑誌のインタビューに応えた安田氏の回答内容とは、特にSNSから気の毒な程に“袋だたき”状態のようだ。 😱 


 (我が印象では“弁の立つ”)安田氏は、某雑誌のインタビューに対し長~~いご回答をされたようだが、その中から一部(最後の部分)を引用させていただこう。
 
 (SNSからの誹謗中傷の被害に遭った相手に対して)「対応力を指摘するアドバイス」は要注意。
 逆に自分が友人から相談を受けた場合、気をつけたいのが「対応力を指摘するアドバイス」だ。
 「『SNSをやめたほうがいいよ』とか『いちいち怒っても意味ない』というアドバイスは、『本人の努力が足りない』と被害者をさらに責めてしまう可能性があります。もし近くに誹謗中傷の被害にあっている人がいたら、まずは話を聞き、その辛さに共感してあげる姿勢が大事です」
 この「共感」という姿勢こそ、追い込まれた時にも有効だという。
 「誹謗中傷しているのは不特定多数の『誰か』ですが、その『誰か』も人間であるかぎり、書き込んでいる時はマイナスの感情になっているはず。彼らは他者に対して攻撃しているようで、同時に自分自身も傷つけている。例えばそういう風に考えると、得体のしれないアンチに対しても捉え方が変わってくるのではないでしょうか」
 誹謗中傷を書き込んでしまう人たちの心理を理解することで、はじめて「スルースキル」が身につくのかもしれない。
 「人間は怒りに対して、反射的に怒りで返すもの。しかし、SNSではその怒りの持っていき方が難しい。自己嫌悪があると、怒りが自分自身に向かってしまいがちなんです。怒りや恐怖は自然な感情なので抑えることはできませんが、それに対する行動は自分で選べます。すべてはプロセスの途中だと考えてください。誹謗中傷を受けていることがゴールや結果ではなく、その先を考えれば、この経験をなにかに生かすことができるかもしれません」
  炎上も誹謗中傷も、誰にでも訪れる可能性のある「事故」のようなもの。そう考えれば、起きたことに対して粛々と対応していくしかない。SNSに期待しすぎず、適度な距離感を保つというのが、身を守るための基本姿勢といえそうだ。

 (以上、ネット情報よりごく一部を引用したもの。)


 最後に我が感想だが。

 安田純平さんて、心優しい人だなあ。😍 
 ご自身がSNS上で強力バッシングに遭っているその渦中で、(特に若き世代の)SNSにて誹謗中傷被害を受けている人達の心配までしていらっしゃる。 
 厳しい状況下にあって尚、心に余裕がおありなのだろう。 だからこそ内戦下のシリアにて拘束された身にして、無事帰国が叶ったのかもしれない。

 原左都子自身が過去に於いてブログ上で誹謗中傷被害に遭遇し、コメント欄閉鎖措置を余儀なくされた立場だが。
 まあ私の場合は既に若くはなかった時期にブログを開始した身だし、職業・社会経験も長かったし、誹謗中傷を受けたからと言って、周囲にそれを訴え出て「助けてくれ~~」と騒ぎ立てるなどとの事態とは無縁だった。 
 一人で「コメント欄閉鎖」等の措置を施し、その後は静かに??ブログ生活を続行している。
 SNSには元々さらさら興味が無いため、たまにニュース報道等でそれが元で事件が発生している情報に触れる程度だ。


 それにしても、おそらく安田純平さんの一番の苦悩とは。
 フリージャーナリストであるにもかかわらず、(現在は“コロナ禍”渦中である事実とは関係無く)、シリア拘束から帰国後は政権から「出国禁止令」が出されフリージャーナリストとしての活動が停止しいている事態であろう。

 しばらくは国内で今回の雑誌インタビューの類いに応じつつ、若者を勇気付けるご活動をされる等の方策で、自己実現を目指されては如何だろうか? 

パズル「推理」 ー 朝日新聞2020.06.20編 ー

2020年06月21日 | 自己実現
 (冒頭写真は、朝日新聞2020.06.20付 パズル「推理」に原左都子が解答したもの。



 朝日新聞 パズル「推理」ファンの皆様、お待たせ致しました。


 「推理」の解答に関しては、過去に一度誤答を公開するとの痛恨のミスを犯してしまっている身にして、いつも慎重に行っております。


 冒頭写真でおそらく正解でしょう。


 難易度が高くないため、解説は省略します。


 登場人物の会話に忠実に点数計算をすれば、短時間で解答が叶う事でしょう。