原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

男性へのセクハラ、心せねば…

2020年09月26日 | 恋愛・男女関係
 朝日新聞2020.09.25付夕刊内に、「男性へのセクハラ  気づいて」と題する記事があった。


 この記事によると、“女性から交際を迫られ”たり、“男性から風俗誘われたり”、“仕事で女性上司と一緒に車に乗ると体を触られたり” ……
 等々の、様々な男性に対するセクハラ事例が列挙されている。

 これらに対し、セクハラを受けた男性当人は“うつ病が悪化して就職して1年足らずで過敏性大腸炎になったり”、“体調を崩して退職したり”、

 あるいは、“勇気を出して訴えたが、男性だからと軽くあしらわれたり”、…と続く。


 一旦、原左都子の私見だが。

 上記の被害男性達こそが、軟弱すぎないか?!? との感もある。

 女性から交際を迫られたのが嫌ならば、毅然と断れば済むようにも思うし。(私は長い独身時代を通してずっとそうしてきたし、それで問題は発生しなかった。)
 女性上司から車の中で触られるのが嫌ならば、これとてすぐさま「やめて下さい!」と当人に訴えれば済みそうにも思う。(これまた私自身は、過去にそうして来た。)

 最後の、“勇気を出して訴えたが、男性だからと軽くあしらわれた”事例に関しては、訴え処が悪かったのではないか?!と想像したりもする。
 まずは、セクハラの当事者同士でとことん話し決着を付けるべきではなかろうか?
 それをせずして、いきなりセクハラ専門機関へ訴え出る事の危険性もあるようにも推測する。 

 要するに、この種の事件に対する現世代の人々の“事件対応力”こそが極度に低下していることを懸念したりもする。



 私自身の過去を振り返ってみよう。

 まず第一義として、“ハラスメント概念”が全く存在しない時代背景だった。
 職場では男女関係無く、皆が仲良しだった風景を思い起こす。

 特に最初に勤務した医学関係の職場では、若い世代の医学専門人材が多かったこともあろう。 それよりも業務内容の専門性が高かったせいか、職場内に男女差別の土壌が一切無かったのが幸いだったのかもしれない。 
 とにかくセクハラ等々の言葉に触れる機会も無く、業務に集中できたものだ。

 20代後半期に、私は当該医学現場の職場長に任命されたのだが。
 若い男性部下を“たぶらかそう”などとの発想が一切無かったなあ…😲
  いや、男性上司に部下の指導等に関して個人的に相談に乗ってもらったりはした。 他の事柄にも話が弾みその後仲良しになり個人的に一緒に飲みに行ったりしたものの、“セクハラ”などとはまったく無縁の良き関係が続いたものだ。 (その後もその種の相手男性が複数人存在し、楽しく有意義なオールドミス時代を謳歌した。)😜 


 などと、我が長き独身時代の楽しく充実していた記憶を辿っていてもキリがないぞ。😖 



 最後に私見でまとめよう。

 とにもかくにも、この世はすっかり“ハラスメントを主張する者勝ち時代”に移ろいでしまった。
 人の心が渇き切った現代に突入して以降既に年月が通り行き、人間関係の希薄化現象が留まることを知らない。
 人間同士が“仲良く”出来た時代はとうの昔の夢物語と成り果て、人と人とが接近し良き関係を築くことが困難な世と移り変わっている。😪 

 そんな時代下に於いて、男性もセクハラを訴えているとするならば。

 やはり弱者(被害者と言うべきか?)は救済するべきであろう。
 自力救済が不能であるならば、ここは専門機関に訴えるとの方策も有効なのだろう。


 などと他人事のような記述をしていて、はたと気づいたのだが。
 この原左都子も例えば当該ブログ上等で、男性ブロガー氏に対して“セクハラ”もどきのコメント等を書き入れていないだろうか?!?
 
 重々心せねば、男性セクハラの加害者と成りかねない現状に気付かされたりもする…😱