たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

揺れまどう思いの中で・・・

2015年09月22日 22時54分51秒 | 日記
部屋の窓からみえる裏山が少しずつ黄色くなりつつあります。
いつもより早い秋の訪れ。
部屋の窓から見下ろせるお墓では、家族が集いお喋りしながら掃除をして花を供える日本の風景。亡き人を思いながら家族のお喋りは弾んでいるようにきこえます。さすがに内容まではわかりませんが、子どもの声からおばあちゃんかなっていう声まできこえてきて、なぜだかとても安心感をおぼえます。
明日のお彼岸、亡き家族や友人のお墓参りに行きますという身近な声。
私は新幹線に乗らないとお墓参りができないので心の中で祈り続けます。

22年前の今日は妹の通夜でした。
22年前の明日は妹の告別式でした。
今でも信じられません。なぜなのかもわかりません。
安らかに眠りつつ、見守っていてほしいと祈り続けます。

せまい部屋にずっといると誰とも話さないし、閉そく感でどうにかなってしまいそうです。
でもあまり出かけ過ぎても交通費他かかるし大事なものは全部部屋にあるので、ずっと出かけたままでもこれまた心細いし、でも部屋にずっといると社会から孤立していて淋しいし、
なかなか微妙なところです。むずかしいところです。

前のマンションほどではないけれど、お隣同士、生活の音がどうしてもきこえてしまうので、
生活時間帯がわかってしまう集合住宅は疲れます。混乱と前のマンションの壁の薄さに異常なほど緊張し続けてきたのがまだ抜けません。
普通の生活を取り戻していくにはもう少しかかりそうです。
少しなんにも考えずに休む時間もほしいけれど、次のことが決まらない今はまだ無理ですね。
前のマンション、他の部屋でもお隣同士のトラブルが起きているようなので、私だけでは
ありませんでした。
せまいこんな部屋の家賃のために働かなければなりません。
自分で自分を食わせていくという基本的なことを取り戻していくことができるのか、
すごく不安です。
結婚しているとか単身とか関係なく、一人分ちゃんと稼げるような賃金体系へと転換していかないと、本当の女性の活躍にはならないのに、まだまだ男性が稼いで女性は家を守る発送が根強いのできびしいです。
はあっ・・・

さまざまに揺れまどう思いの中で、生かされるていることを胸に刻み込みながら、なんとかしていかねばと自分に言い聞かせる秋の夜です。

写真は今日も秋のプリンス・エドワード島から2号線沿いの車窓の風景です。