たんぽぽの心の旅のアルバム

旅日記・観劇日記・美術館めぐり・日々の想いなどを綴るブログでしたが、最近の投稿は長引くコロナ騒動からの気づきが中心です。

2021年『レ・ミゼラブル』-日比谷シャンテコラボキャンペーン

2021年06月12日 19時55分49秒 | ミュージカル・舞台・映画
 帝国劇場で上演中の『レ・ミゼラブル』、観劇予定はありませんが6月2日の花組観劇後に、日比谷シャンテで開催中のコラボキャンペーン、舞台シーンパネル展の写真を撮ってきました。
こんな時こそより大切にしたい作品。数々の舞台で実績のある濱田めぐみさんが、これを最後とオーディションに臨んでファンテーヌ役をつかんだというほど魅力のある作品、井上芳雄さんが音楽の力が素晴らしい出たことないけど、とこだわりをもっている作品。7月26日の千穐楽まで無事に上演されていくことをただただ祈るばかりです。濱めぐさんのお写真もあったような気がしますがまた次回。





























 断腸の思いで見送りましたが『モーツァルト』のWヴォルフガング千穐楽をライブ配信してくれた東宝さん、夏の帝劇コンで井上芳雄さんがリアルタイムのライブ配信にアーカイブも残したら著作権料が大変で視聴料4000円ぐらいとかではすまないと話していたことを考えると、アーカイブまで残してペイは厳しいのかもしれません。それでも届けてくれた東宝さんの舞台、また観劇にいきます。一番安い席ですがまた帝国劇場にもいきます。こんな時こそ、こんな時こそ、まだ希望があると信じることができる舞台は必要。

 地下でお手頃価格のちゃんぽん食べてタコライスのお弁当を買うぐらいしかお金をおとせないわたしが心配してもどうにもなりませんが、シャンテも空いていて心配、コラボキャンペーンはお値打ち価格から売れていくようです。次に日比谷へ行く時、社会はどうなっているのか、自分はどうなっているのか、普通の生活を送れる日が訪れることを祈るばかりです。

2018年ミュージカル『ジキル&ハイド』(11)

2021年06月12日 08時58分22秒 | ミュージカル・舞台・映画
2018年ミュージカル『ジキル&ハイド』(10)
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/a6cde8bec25cfdd25ec239b66882f11d



2018年ミュージカル『ジキル&ハイド』(4)より再掲
https://blog.goo.ne.jp/ahanben1339/e/b5313129f7c4f3facd75ca9ea627d56e

(東京国際フォーラム公演プログラムより)

「ヘンリー・ジキル/エドワード・ハイド役;石丸幹二

-ジキルとハイドのベースには、永遠に解決できない苦しみが宿る-

猟奇的で狂気に満ちた役を演じることは、逆に表裏一体である普通の人を見つけることにも繋がります。今回でいえばアターソンがそんな存在。まっすぐで優しく、何があっても受け止めてくれる長年の友人。彼と向き合った時に、その率直さに目が眩むみたいな部分をハイドの中に加えられたらとも考えています。

 ルーシーがジキルの名刺をもらって、今までとは違う次のステージに行けるかもしれない!とウキウキしているところで現実を見せつけられるシーンには、彼女の人間臭さと魅力を感じますね。ジキルも、冒頭の理事会で、このルーシーと同じ仕打ちを受けるんです。ルーシーとジキルは立場が違えども、抑圧を受けながら生きているところは同じ。現代社会もすぐSNSでバッシングが始まったりしますが、意見や立場が違うことが排除の対象となりがちな気がします。理事会ではそもそも互いの接点をみつけよう、意見を擦り合わせようという努力はなされない。当時は今よりはるかに狭いコミュニティでしたから、他と違うことで受けるプレッシャーは並大抵ではなかったでしょう。

「対決」では、自分の中では右脳と左脳が戦っている感覚です。具体的な働き云々ではなく、脳は視覚的に二つのパートがくっついているように見えますが、それらが言い争っているような。これが一人の人間の中で起こるわけですが、私の想像として、ひょっとすると一卵性双生児の喧嘩はこんな感じなのかなあ?とも。」

「対決♪

 ハイド まさか 終わりだと思うのか
     逃げられるつもりか?
     ダメだ 俺の手で踊るだけ
     お前は俺のもの

 ジキル お前はただの幻
     目を閉じれば消える
     
 ハイド 目を閉じても 俺はいる
     いつでもここにいる

 ジキル 悪夢は終わり!
     今こそお前は死に絶える
     今夜がお前の最後!

 ハイド 死にはしない 最後は来ない!
     悪夢は終わらない!
     お前のいる限り 生きてる!
     死んでたまるものか!

 ジキル 薬で 記憶を消せば!
     お前も消え失せる!
     
 ハイド 薬など 使わせない!
     俺の意志で決める!

 ジキル 運命はこの手の中
     息の根を止めるぞ
     地獄の火で燃え尽きろ

 ハイド ああ生きるぞ 永遠に!
     悪魔を従え!
     世界に見せつけてやるぞ
     覚えておけ その名は ジキルとハイド!

 ジキル もう終わりだ 地獄で死に絶えろ

 ハイド 死んでやるものか!

 ジキル 永久に消え失せろ

 ハイド 消えるのはお前! お前だ!

 ジキル 私から 出て行け

 ハイド お前は 俺だ! ハイドだ!

 ジキル 違う! ジキルだ!

 ハイド お前は そうハイド! ハイド!

 ジキル 違う! 消え失せろハイド!

 ハイド また会おうジキル!

 ジキル これで終わりだ! 地獄で腐り果てるがいい!」

2018年3月17日(土)、東京国際フォーラムホールC、18時30分~。

 石丸幹二さん演じるジキル、自らに人体実験を施すとき、研究室で緑色に光る液体を飲んでいました。舞台全体の照明が暗い中に光るので怖いと感じた記憶があります。実際にはもちろんなんの影響もない色付きの飲み物だったと思いますが、なにを飲んでいるのかと気になりました。ハイドへと変貌すると、わあっと声を上げるのも怖かったです。理事会でジキルを嘲笑した階級社会の上にいる人々を次々に消していく過程は、ハイドと理事会の人々、どちらが本当に悪なのだろうかとふと考えてしまったと思います。

 笹本玲奈ちゃん演じるルーシーが最後に殺されてしまうのは切なかったです。パブ「どん底」で働くルーシー、文字どおりどん底に生きながらジキルからの手紙に心を躍らせ、人生をやり直せると希望の光を信じて、でもすぐそばにハイドの魔の手がせまってきていることに全く気づいていない場面はドキドキしました。早く逃げて!早く逃げて!と心の中で叫んでいました。玲奈ちゃん、出産を経て最初の舞台でした。娼婦の役なので露出度が高くてスタイルのよさに驚愕、目のやり場にちょっと困りました。

 宮澤エマさん演じる、ジキルの婚約者エマはおもい物語の中でひとすじの光、誰がなんと言おうとジキルを信じ続ける姿は清らかでした。エマさん、役名と同じお名前なんて珍しいですね、初めて拝見しました。美しい歌声。

 田代万里生さんのアンダーソンも清々しかったです。過去のキャストをみると前回は石川禅さんが演じていた役、一気に若くなりました。歌のうまさはいうまでもなく、いずれの舞台もそうですが声のよさにききほれました。

 今の状況下でこの作品を観ることができたら、さらに色々な気づき、考えさせられることがあるように思います。この物語の中で上流階級に属する人たちにこそみてほしいと思いますが、そういう方々はそもそも感性に訴えかけてくるものを求めないだろうし、みてもわからないですかね。ジキルとハイド、どちらが正義でどちらが悪か、観る人の心に委ねられているのかもしれません。


心穏やかに過ごさせてください

2021年06月12日 00時47分06秒 | 日記
「東京オリンピック・パラリンピック競技大会を安全安心な大会とするため、7月19日から9月5日までテレワークの集中的な実施を呼びかける、テレワーク・デイズ2021を行います」(武田良太総務相)

 すでに非難の嵐が巻き起こっていますが、これはもうトチ狂っているとしか思えません。社会はテレワークだけでは回らない、テレワークになり得ない仕事がたくさんある。毎日電車やバスが安心、安全に動いているのは、そのために働いてくれている方々がいるからじゃないですか。わたしが4月末まで就業していた仕事だってそうです。テレワークにはなりえません。だから社会がまわっているんじゃないですか。
 
 人の流れを抑えるために、舞台や映画の上映を中止させておいて、この上オリンピックのためにさらに自粛せよとは全く意味不明。オリンピックがいいなら、そもそも緊急事態宣言を出す必要はなかったということになりますよね。これが国のやることなのか。若い人たちが命を絶っているというのに、関係者が命を絶ったというのに、裏に税金を湯水のように使ったどんな利権の闇が広がっているのか。こんな茶番劇はもうやめていただきたいです。これ以上オリンピックのために税金を使うのはやめていただきたいです。希望はないとわかっていても、この先に今よりも素敵な時間が待っていると信じて生き延びているのだから、これ以上絶望にさらさないでください、こんなストレスはもうたくさん、心穏やかに過ごさせてほしいです。