三好春樹『関係障害論』より‐回復していく皮膚感覚と尿意
「そうすると、関係は精神を変えるだけではなく、感覚を変えるのです。感覚を変える、あるいは感覚を喪失あせる、あるいは生き返らせるということになります。もちろん関係は、感覚だけではなくて、身体を変えます。
私たちが関わっている寝たきり老人といわれる人たちの、その原因を考えると、脳卒中による手足のマヒのせいでも何でもないんですね。
なんで寝たきりになってどんどんダメになっていくのかを説明するコトバとして「廃用性萎縮」、あるいは筋肉だけではなくて、いろいろな諸機能がどんどんダメになっていくということを「廃用症候群」といってきました。バランス感覚がなくなる、肺活量がなくなる、筋肉が低下する、関節が硬直する、心理的にダメになっていくというのを、廃用症候群という言い方をしてきたのですが、私はどうも関わっているお年寄りたちの実態を解明するのに、廃用症候群というコトバは不十分だという気がしてならないのです。こういうコトバでないと説明がつかないような気がします。
こういうふうに考えてみてください。寝たきりというのは手足の障害である、痴呆も脳細胞の萎縮という身体の一部の問題だと言われてきました。これが、寝たきりや呆けを作り出してきたから、身体障害に対するアプローチ、すなわち訓練をしなければいけないということで、問題を解決しようとしてきました。たとえば、保健婦さんたちが作った「機能訓練教室」というのも、文字どおり機能訓練をする場所として考えてしまった市町村が多いですね。病院と同じような訓練をしなければいけないということで、高価な訓練機械を買ってきまして、役場のデイサービスセンターみたいなところに、中世の拷問部屋みたいな機械が並ぶという状況がありました。しかし、そういうところでは、老人は元気にはなりませんでした。
そうではなくて、「障害老人クラブ」というような位置づけで、人間関係をもう一度回復していこうという関わりをしたところでは、お年寄りは身体まで元気になっていきました。とすると、身体の障害が問題ということではないらしい、ということになってきます。身体の障害は最初のきっかけではあるけれども、ここから、1つは生活障害と呼ばれている、食事をするのではなくてさせられる、お風呂に入るのではなくて入れられるという、安静看護をそのままもってきたような介護によって生活から遠ざけられてしまうということがあります。
それから、介護を一方的に受けるということから生じる関係障害というものがあります。これは、同じことの裏表なのですが、関係障害や生活障害がもう1回身体に障害をもたらすという構造なんじゃないか、と思えるのです。
こういう生活障害と関係障害からの身体への方向性をつけ加えて、両方の往復運動として見ていかないと、老人の問題は見えてこないし、解決しないというやり方は「介護覚え書』をテキストにして、プログラムAの中で展開してきました。そして、今度は関係障害をどうやって治癒していくのかを学ぼうということです。そこまでやらないと、老人はイキイキしてこないという気がしてなりません。」
(三好春樹『関係障害論』1997年4月7日初版第1刷発行、2001年5月1日初版第6刷発行、㈱雲母書房、52-54頁より)