『アーサー王の死-トマス・マロリーの作品構造と文体』より-アーサー王の盛衰⑦~⑧ - たんぽぽの心の旅のアルバム (goo.ne.jp)
⑨アーサー王の死
最後の物語ですでにマーリンが予言した「姉との交わりで生まれたモルドレッドが、アーサー自身を破滅させる」という運命、また「ランスロットとグィネヴィアが愛し合うようになり、アーサー宮廷に悲劇をもたらす」というテーマ、それにからみ合うように進む《ロット-ペリノーレの宿恨》、それに引き続くロット一族(アグラウェイン、モルドレッドのランスロット一族への怨恨、これらがここに至って合流し、爆発し、潮のようにうねりをあげながらすべてを崩していく。
運命が個人を越えたことの成り行きをさすなら、ここに見られるものは、まさに運命である。平家物語が滅びの美学であるように、この『アーサーの死』も滅びの美学である。
アグラウェインはアーサーと打ち合わせ、夜、王は狩に出ることにする。王妃の呼び出しを受け、ランスロットは王妃のもとに行く。二人が部屋で一緒になると、アグラウェイン、モルドレッドたち14人の完全武装の騎士に囲まれる。ランスロットはモルドレッドを逃したものの、残り全ての騎士を殺す。⇒悲劇の始まり
ランスロットの館の前での演説
「王は怒り憎んで王妃を火あぶりの刑になされよう。私のために王妃が火あぶりになるのを黙って見過ごすことはできない」
ランスロットのことばは、のちにアーサーによりその通り実行される。文体的には《確認化》恥、不名誉、汚名のそしりをどんなことがあっても受けてはならないことが騎士の基本的な行動基準である。恥、汚名を避けるためには王への忠節さえ犠牲にしなければならない(騎士道文化=恥の文化)。
アーサー王はすぐれた騎士が殺され、また多くのすぐれた騎士がランスロットに味方することにより、円卓騎士が永久に崩壊してしまうことを嘆く。自分の名誉にかけても、王妃を火あぶりの刑にすることを決めた。
アーサーにとっても名誉の問題がすべて、恥をかかせたランスロットとは名誉にかけても絶対に妥協できない。
王妃の刑の場、ランスロットは王妃を救出。この時相手を気づかずにガヘリス、ガレスも殺してしまう。
アーサーは王妃がさらわれ多くの騎士、ことにガヘリス、ガレスも殺されたことを知ると、あまりの悲しさで気を失う。気がつくとさらに世界最高の騎士たちを失ってしまったことを悲しむ。騎士道の世界は男性文化の秩序の世界である。
これほどすぐれた騎士団を失うことへの悲しみ、愛憎の念の表現、さらにグィネヴィア王妃が女神的伝説の王妃から《歴史的》王妃、そして生身の嫉妬深い人間になり下がってアーサー王国崩壊の因を作ったことへの、アーサーと作者のきびしい思いがこめられているようにも思えてくる。
アーサーは復讐するのだと言い、ガウェインも今後は世界のどこまでもランスロットを追い求め、どちらかが倒れるまで戦うことを誓う。全国の王侯貴族に招集をかけ、戦争の準備に入ったランスロット側にも多くの騎士が参加した。ここでもアーサーのことばの《確認化》のプロセスが始まる。
-アーサーとモルドレッドの和睦の宴-
ただ一匹の蛇の出現が一瞬のうちに全てを破壊してしまう。運命のいたずらとしか言いようがない。マロリーがしきりに使うunhappyである。ここにもアイロニカル、トラジティーがあるさきにアーサーの夢見た運命の車輪の定めを逃れることができない。結局圧倒的な力で迫ってくる暗い運命の方向をだれも変えることはできない。
アーサー王をのせた舟は岸から漕ぎ出した。戦いが終わって死者から金目のものをあさり、虫の域の者は切り殺してでも奪い取ろうとする野盗ども。最期に及んでも豪華な剣に未練を断ち切れない騎士。人間の我欲の強さ、人間の業の姿を見た。アーサーは湖底-異界-から得た剣を、伝承的王を象徴する剣を再び湖底に返した。次第に遠ざかって行くアーサー王に向って「私はどうなるのですか」と叫ぶベディヴィアには「わしにはもうお前がたのみにできるような力は失せてしまった」という声だけが返ってくる。魂を揺れ動かす情景、文体の極致である。