週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#0277 -’19. 11年前の再掲です。『別荘利用曲線』

2019年12月30日 22時22分01秒 | 別荘生活

数年前であれば、今年は何回別荘に行ったか編集文を載せていた。今年は行っても、短い時は数時間長くても数日でした。ナナちゃんも居ると早く帰りたいとの気持ちが勝りました。それと、平日に来れば渋滞も気にしないで戻れますが、土日などに来れば自ずと渋滞を避けねばなりません。その為にそれでは帰ろうかになって仕舞う昨今の行動でした。

次にあげる文章は2008年の3月1日にアップした記事の再掲です。自分の今の利用状況と心理状況を比べるだけの文章です。読まれる方には何の意味もないものかもしれません。ご容赦のほど。

人生八十年として、別荘の利用曲線を勝手に定義付けさせてもらった。
こんな語彙が存在するか知らないが、意味合いにぴったりである。
横軸に年齢をとり、縦軸に利用回数をとると以下のような推移が考えられる。

個人的な特性は別として、またまた独断と偏見で定義付けしてみたい。

設定①として、自宅も親からの家ではなく自分で手に入れる場合。
設定②として、自宅は親と同居ないし親からのお下がりと言うか相続などの場合。

それでは、勝手に解釈の開始である。
設定①
 大学を卒業して就職してアパート住まいから始まる。
結婚してマンションに住めれば良い方である。
どう転んでも、賃貸以外に住める事は出来ない。
30代に自宅、一戸建てでもマンションでも手に入れる事が立派である。
40代後半から50代前半で別荘を入手するとした場合。

設定②
 親と同居の為、都会などのでの住宅の心配が無い為、早ければ30代後半から40代前半で手に入れる事が可能かもしれない。

30代後半ないしは40歳で手に入れて、70代までをシュミレーションしてみる。


● 40歳代前半。
 仕事も責任ある立場になり、ストレスも多く息抜きには最高である。
子供達も小学生や中学生。
親の指示に従い行動を共にする。
親の時間が許せば、月2回でも3回でも別荘に来られる時期である。
しかしながら、状況が許さないほど仕事が忙しくなり時間が取れなくなる。
それでも、親の意のまま別荘に来る事は可能である。

● 40歳代後半。
子供達(息子や娘達)が親から自立しだして自己を確立しだすと親と共に自然に親しむより、友人達と繁華街に出歩きたくなる年頃になる。
親の意向に従わなくなるが、一方的に別荘に連れて来る事も出来なくなる。
食事の支度や未成年の我が子を一人ないし二人だけ置いて行く事が出来なくなる。
何かで釣って何回かに一回はつき合わせても、お山に来る回数が減ってしまう。

● 50歳代前半。
子供達も成人を迎えて、大学生ないしは社会人。
親に付いて来れば得に成る時は付いてくるが自分の都合があるときは独立独歩である。
子供達の心配もしなくて済むので、仕事などの制約が無ければ又別荘に来る機会が増える事になる。

● 50歳代後半。
週末の移動が苦になりだす年齢に差し掛かるかも。
運転が好きで有れば、なんら問題になる事はない。
それでも、厳冬期などの回数が減るかもしれない。

● 60歳代前半。
時間的なゆとりが出来るが、健康問題などで極端に減る事がある。
定期的な通院などがあるときは、尚更である。

● 60歳代後半以降。
時間的なゆとりが有っても、車の運転が問題になりだす頃である。
日頃のストレスも殆どなくなるので、別荘での癒しをそれ程必要としなくなる。


以上の外的要因以外に内的要因が存在する。
内的要因は、心の問題である。
別荘に来たいと思うモチベーションの問題である。
モチベーションを持ち続ける事が出来る事柄を持っているか否かである。
ガーデニング、家庭菜園、日曜大工、温泉巡り、観光、登山、スキー、etc.

自分自身の事を考えると、年齢的な要因とは別にこの内的要因は別荘を所有した時から右肩下がりに下がるみたいである。
すなわち、別荘地を購入して建てる始めて、建物が完成する迄は一方的に右肩上がりである。
一日も早い完成を夢見て、別荘であれもしよう、これもしようと熱が上がる一方である。
しかし、完成を境に一方的に右肩下がりにモチベーションが下がりっぱなしになるわけである。

3月2日に富士見の生協で買ったアルストロメリアです。

2019年12月30日の心境です。   車の運転に問題はありませんが、ストレスの掛からない日常になりました。癒しを必要とする空間より、根っこの生えた別荘より上げ膳据え膳の旅館に宿泊して、温泉に浸かりたいと思うようになりました。

コメント (5)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

§ 自分は朝日新聞を決してゆるさない。(その二)

2019年12月30日 09時59分39秒 | たわごと(少し硬派に振って)

「§ 自分は朝日新聞を決してゆるさない。」のその一の続きです。

何故に、自分が朝日新聞を許さないのかその一では何も書いていません。

新聞は報道機関として真実を遍(あまね)く世界に知らしめるのが本旨です。

知れば知るほど韓国が嫌いではありますが。

日本国民にとっても、韓国民にとっても虚構を報道して両国民を仲たがいさせたのは朝日新聞です。

報道機関としての中立性や真実を探求し国民に知らしめるのも何のそのです。

共産国のプロパガンダも驚く、嘘を流布するその朝日新聞の姿勢は決してゆるす事ができません。

今日の韓国に置ける日本を貶める言動の責任が総て朝日新聞にあるとは思っていないのはもちろんです。

でも、報道機関としての責任で在る真実を伝えずして、両国を反目させる原因を造った朝日新聞を私は絶対許せません。

昨年に続き今年も朝日新聞は、二年連続の最も信頼できない新聞に選出されました。

今回、問題にして述べていることは第二次世界大戦時における慰安婦についてです。

一個人である吉田清治が嘘を述べようが問題ではありません。

信じる人もいるかもしれませんが、虚言を発表した吉田清治と、嘘を書いた朝日新聞ではその影響力は格段に異なります。

朝日新聞の購読者は無条件にとは言いませんが、新聞紙上に載るのであるから裏を取り真実を載せていると思うのは当たり前です。

一個人の虚言など、その信頼性はひくいですが、それなりの発行部数を誇る朝日新聞はその責任は重いのです。

誰が最初に言ったとか、どの報道機関が朝日新聞より先に言ったとかの問題ではありません。

日本を貶める嘘を世界に流布したその影響力の大きさなのです。

真実の確認を取らずに、日本は勿論世界に嘘を流布したその責任を許すことができません。

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カウンター