あかない日記

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静岡紀行 三島市 三嶋大社2

2018-12-13 | 国内・静岡

 

            総門から大鳥居方面を見る

  総門は

 説明によれば
   
 「外構えの門
  建築中伊豆震災にあったが昭和6年30月竣功
  初めて台湾檜が使用された
  昭和の神社建築の代表的建物の一つに数えられ
  格調の高さは有名である

  当時の内務省神社局技師角南隆氏の設計監督である
  (総工費当時約7万円)
  旧総門は一部改修して芸能殿として保存 」
 
 とある。

 

 


  神門(しんもん)

 神門は 本殿等と同時期の慶応3年(1867年)8月10日の再建。
 
 御殿同様に総欅造である。
 
 舞殿とともに三島市指定文化財に指定されている。

  1867(慶応3)年 竣工の門で
  1966(昭和41)年に 市の指定文化財に指定されている。


 

 
  神門をくぐると本殿の前に「舞殿」(ぶでん)が控える。

  説明よれば 

  古くは抜殿と呼ばれ 神楽祈祷を行ったが
  後には主として舞を
奉納したので
  舞殿と呼ばれるようになった。

  現在は 舞の他 お田打ち神事(県無形文化財)
  ・豆まき神事鳴弦式などの神事の他
祈祷等も行う。

  1866(慶應2)年の再建で 1930(昭和5)年の
   伊豆震災の復旧工事で一部改修を行った。

   また「舞殿」には「二十四孝」という
  中国に伝わる親孝行のお話を題材にした彫刻が巡らされている。

  
  この二十四孝というのは 今から700年ほど前
  中国の元の時代に郭居業(カクキョギョウ)が まとめた物語で

 「欄間」と その上の「小壁」に1話ずつ。
  1面に3組6話を配し 四方で24話が彫られている。




 


    「本殿」へと進む 写真は拝殿

  神門から一番奥に、本殿を流造りとする
  複合社殿がどっしりと構えている。

 
  奥から本殿・幣殿・拝殿で
  2000(平成12)年に重要文化財に指定された。
  
 説明によれば
 
  1854(嘉永7)年11月4日の東海大地震に社殿工作物悉く倒壊し
  時の神主矢田部式部盛治が十年の歳月を費やし
  総工費 16,677両余りの巨費を以て
  1866(慶応2)年 9月9日完成させた総欅造りの豪壮なもので
  関東随一を誇り 周囲の彫刻も又比類ない傑作である。


 その他の社殿も 1868(慶応4)年に相次いで完成している。

 天皇陛下御即位30年の幟が下がるが 平成も一日一日と進む。

 


 本日はお日柄もよく 
  丁度 本殿では 結婚式が執り行われていた。