古いWeb日記を整理していたら出てきた、これ。なんというか「悪い意味で」おもしろいので、このままにしておくのは惜しくなって、再掲します。
←でも、学校ではこういう「しゃかいか」はあまり習わなかったような
2003年11月:はじめての対市交渉
「れんきょう」、この知る人ぞ知る奇妙な言葉。市内の学童の保護者会の連絡組織で、要望をまとめて市に伝えたりといったことを主な働きとしている(らしい)。
今年は、こじろうが通う学童で、保護者会役員の「渉外」担当をしているので連協に出るのもお仕事。でも、初回に出たきりさぼっていたので、二回目の今日は突然もう「対市交渉」の当日になっている。
市の課長さん二人を前に、連協の面々が10人ちょっと。まず連協の会長さんが「顧客満足(というかこの場合『市民満足』)」と「少子化」をキーワードとして出し、積極的な取り組みを求める挨拶。そんなこといったって効くとも思えないが、なかなかいい味の会長さんではあった。
続いて本題。あらかじめまとめて提出した要望・質問事項に対して、あらかじめまとめた市の回答が紙で配られ、それを補足するような形で口頭の説明があり、区切りごとに質疑応答をする形式。
* * *
まずひっかかったのは、「Q:欠席連絡がないのに子どもが登所しなかった場合は保護者に連絡を下さるよう徹底してください」に対する市の回答。「子どもが学童生活に慣れていない夏休み前などは、原則として保護者に連絡を取るようにしています。その他は友だちに様子を聞くなど状況判断をして臨機応変にですね。一律に連絡をするということはありません」というブットビなお答え。
私「夏休み前はとのことでしたが、むしろ夏休みなど長期休み中が心配です。学校から、敷地内の学童へいく際はほとんど心配していませんが、夏休みは家から学童に行きます。極端な話、朝へんな人に連れ去られて、学童には行っていないけれど親は何も知らずにのほほんと会社で仕事をしていて、夜になって家に帰ってみたら子どもがいない。学童も終わってますから友人宅に電話をかけまくってみると、どうやら学童にもいってないらしい…と、それから探し回ったら手遅れだった、などということもありえます。そうしたら一生後悔すると思うんですが、そのへんはどうお考えですか?」
市「そういったご心配はもっともですが。学童で、指導員は子どもの遊びや生活を指導しなくてはいけないわけですから。無断欠席の場合に必ず連絡をするとなれば、もうその連絡用の人員が一人いないとといった感じに」
私「もちろん、学童では楽しく過ごせるということが中心です。でも、それを1番としたら、安全上のことは0番じゃないでしょうか?電話をかける分だけ子どもの相手ができないことが本当にそんなに問題になるのですか?」。
他の保護者からも「いったいそんなに無断欠席なんてあるものなんですか?」などと質問。しかし、別にそういった実数や電話に割く時間などのデータは持っていない。
市「いや実際に電話をかけてみると、携帯はつながらなかったり、職場の電話にかけてももういないといわれたりしてけっこうたいへんなんですよ。無断欠席の多い人ほど、職場が変わっても連絡先の変更を知らせてくれなかったりするもんですから。」
私「では例えば、私は連絡先ははっきり伝えるし、欠席させるときは必ず連絡を入れますから、子どもが9時までに来なかったら連絡をくださいと個別にお願いして、連絡をいただけるようにすることはできますか?」
市「それは可能と思います。そういったことが臨機応変、の中身とお考えいただければ」
私「実際のところ、私は今現在、学童の先生にはそのようにお願いしていて、うちに関してはご連絡いただけるとは思っているんです。でも、私のように無理やり主張するタイプの保護者ばかりではないし、もっと気弱な人でも、そんな個別に交渉しなくたって、ご連絡いただけるのが原則で、連絡先不明だったりしょっちゅう連絡してこない人は連絡ができないことがある、というのではだめなんでしょうか?」
保護者「臨機応変ということは、指導者によっては聞いてもらえない、ということもあるのでは?」
まだこの先押し引きが続くのだが、なんというか進展しない。とにかく、「連絡する」のような言質を与えるのは絶対まずいと思っているらしい。
* * *
とにかく、この回答の内容はほぼきっちり、うちが通う学童の先生から聞いたことと一致している。おおよそ、話を詳しく聞いていくと、市の回答は「現場(=指導員)の声」を反映することにはまじめに取り組んだことがうかがえる。
それはいいけれど、この対市交渉のQAは毎年同じ質問と回答、なかなかに進歩がない。次にひっかかった項目も毎年判で押したような質問と回答だが、私がつねづね疑問に思っていたものなので発言してしまいました。「今さっきしゃべりすぎたばっかりなのに」と気にはなったけど…。
「Q:長期休業期間など一日育成時の登所時間を現在の8:30から8:15に繰り上げてください」。これは、ふだん学校に行くのが8:15なので、せめてそれに合わせてということで根強い要求のひとつ。それに対する回答が(昨年と同一)、
市「育成時間が長くなることも含めて問題と考えますので、現状で実施は考えておりません。」
私「ちょっと確認ですが、育成時間が長くなることの『問題』とおっしゃったのは『子どもにとって』という意味ですか?」
市「はい、そのとおりです」
私「はーなるほど。それで私、ずーっとそれが不思議で不思議でしかたがなかったのですが、学校に行くのより学童が遅く始まるために、朝ひとりで家にいるか、外に出てそこらでたむろっているとか、学童の前で開くのを待っているとか、そういった15分ですよね。それと比べて、学童にその間いられるのが子どもにとってより問題であると、本気でそのように考えていらっしゃるのですか?」
市「今、8:30から最長18:00ですから、現在でも長い子は9時間半も学童で過ごすことになります。そのように長時間集団で過ごすことが、子どもにとってはやはり、負担になっていると。それがさらに15分延びるというのは」
私「その15分と比較して、現在子どもにとってよい時間が過ごせているとは、親として感じられないという話なのですが」
市「子どもと、一口にいいましても、学年も性格もさまざま、家庭環境もですね、ほんとうに千差万別でして、いろいろ異なっているものなんですよ」
私「それはもちろんほんとうにそうだと思います。それでですね、だからこそ、子どもによっては、8:30でも問題ないかもしれない、子どもによっては、15分早ければすごく助かるということがあるのではないですか?その割合は知りませんが、仮に8割の子どもにとってよければ、その子たちだけ来られるように考える価値はあるのではないですか?」
市「子どもにとって問題だというのは、現場の指導員のですね、実感なわけですよ。子どもにとって長時間の集団生活が負担だという」
私「でもね、さきほどまさにおっしゃったように、子どもの状況は千差万別なんです。それをひとくくりにして、育成時間が長くなることが子どもにとって問題だから、検討にも値しないと言い切るのは、まったくおかしいのではないですか」
保護者「私ね、先ほど課長さんが、はい、子どもにとってという意味ですとおっしゃったとたんにね、あ、市の負けだと思いましたよ。勝ち負けってのも変かもしれないですけど、だって、そんなこと、いえっこないもの」
私「実際に、やろうとしたら、ローテーションやら予算やら、いろいろ難しいのだと思います。その難しい内容が、回答であれば、しかたがないとも納得できるし、逆にではこれをこうしたらとか提案したり、話が始まりますよね。子どもにとって問題、という回答では、不信感を持つだけで終わり。そこから何も始まりません」
保護者「役所から、子どもにとってはこうだとか、一律にいいきられたら、やっぱり嫌な気持ちですよ」
市「…ちょっと配慮に欠けていたかもしれません」
保護者「では、別の実質的な回答に差し替えていただくことはできますか?」
市「いや…これは特にもともと正式な回答というわけでは…書いてないでしょ?(隣の課長さんとごそごそ)。えー、今は朝の15分の話で、15分くらいで、というふうに感じられるかもしれませんが、それがOKになれば、では夜は7時までにしてもらえないか、あるいはそれ以上、とどんどん伸びてくると思うんです。実際に、現在保育園のほうでは11時間開所とか、さらに6時から7時までの延長といったことをやるようになってきていますよね。そういうふうに、際限なく時間が延びていくことが果たして子どもにとっていいのかという」
私「いや、誰も今、夕方の延長の話をしていませんよね。とりあえず、朝の15分延ばすことがどうなのか、それこそローテーションなり予算なりの具体的な都合についての回答をいただけば十分と思いますが」
* * *
いやー疲れる。まだまだ続きますがあほらしいので割愛します。それにしても、夫(またろう一年のとき渉外担当の経験あり)の「連協の雰囲気はねー、まー、一生に一度は体験してみたら?ふふ」という含み笑いの中身がよっくわかりました。
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「れんきょう」、この知る人ぞ知る奇妙な言葉。市内の学童の保護者会の連絡組織で、要望をまとめて市に伝えたりといったことを主な働きとしている(らしい)。
今年は、こじろうが通う学童で、保護者会役員の「渉外」担当をしているので連協に出るのもお仕事。でも、初回に出たきりさぼっていたので、二回目の今日は突然もう「対市交渉」の当日になっている。
市の課長さん二人を前に、連協の面々が10人ちょっと。まず連協の会長さんが「顧客満足(というかこの場合『市民満足』)」と「少子化」をキーワードとして出し、積極的な取り組みを求める挨拶。そんなこといったって効くとも思えないが、なかなかいい味の会長さんではあった。
続いて本題。あらかじめまとめて提出した要望・質問事項に対して、あらかじめまとめた市の回答が紙で配られ、それを補足するような形で口頭の説明があり、区切りごとに質疑応答をする形式。
* * *
まずひっかかったのは、「Q:欠席連絡がないのに子どもが登所しなかった場合は保護者に連絡を下さるよう徹底してください」に対する市の回答。「子どもが学童生活に慣れていない夏休み前などは、原則として保護者に連絡を取るようにしています。その他は友だちに様子を聞くなど状況判断をして臨機応変にですね。一律に連絡をするということはありません」というブットビなお答え。
私「夏休み前はとのことでしたが、むしろ夏休みなど長期休み中が心配です。学校から、敷地内の学童へいく際はほとんど心配していませんが、夏休みは家から学童に行きます。極端な話、朝へんな人に連れ去られて、学童には行っていないけれど親は何も知らずにのほほんと会社で仕事をしていて、夜になって家に帰ってみたら子どもがいない。学童も終わってますから友人宅に電話をかけまくってみると、どうやら学童にもいってないらしい…と、それから探し回ったら手遅れだった、などということもありえます。そうしたら一生後悔すると思うんですが、そのへんはどうお考えですか?」
市「そういったご心配はもっともですが。学童で、指導員は子どもの遊びや生活を指導しなくてはいけないわけですから。無断欠席の場合に必ず連絡をするとなれば、もうその連絡用の人員が一人いないとといった感じに」
私「もちろん、学童では楽しく過ごせるということが中心です。でも、それを1番としたら、安全上のことは0番じゃないでしょうか?電話をかける分だけ子どもの相手ができないことが本当にそんなに問題になるのですか?」。
他の保護者からも「いったいそんなに無断欠席なんてあるものなんですか?」などと質問。しかし、別にそういった実数や電話に割く時間などのデータは持っていない。
市「いや実際に電話をかけてみると、携帯はつながらなかったり、職場の電話にかけてももういないといわれたりしてけっこうたいへんなんですよ。無断欠席の多い人ほど、職場が変わっても連絡先の変更を知らせてくれなかったりするもんですから。」
私「では例えば、私は連絡先ははっきり伝えるし、欠席させるときは必ず連絡を入れますから、子どもが9時までに来なかったら連絡をくださいと個別にお願いして、連絡をいただけるようにすることはできますか?」
市「それは可能と思います。そういったことが臨機応変、の中身とお考えいただければ」
私「実際のところ、私は今現在、学童の先生にはそのようにお願いしていて、うちに関してはご連絡いただけるとは思っているんです。でも、私のように無理やり主張するタイプの保護者ばかりではないし、もっと気弱な人でも、そんな個別に交渉しなくたって、ご連絡いただけるのが原則で、連絡先不明だったりしょっちゅう連絡してこない人は連絡ができないことがある、というのではだめなんでしょうか?」
保護者「臨機応変ということは、指導者によっては聞いてもらえない、ということもあるのでは?」
まだこの先押し引きが続くのだが、なんというか進展しない。とにかく、「連絡する」のような言質を与えるのは絶対まずいと思っているらしい。
* * *
とにかく、この回答の内容はほぼきっちり、うちが通う学童の先生から聞いたことと一致している。おおよそ、話を詳しく聞いていくと、市の回答は「現場(=指導員)の声」を反映することにはまじめに取り組んだことがうかがえる。
それはいいけれど、この対市交渉のQAは毎年同じ質問と回答、なかなかに進歩がない。次にひっかかった項目も毎年判で押したような質問と回答だが、私がつねづね疑問に思っていたものなので発言してしまいました。「今さっきしゃべりすぎたばっかりなのに」と気にはなったけど…。
「Q:長期休業期間など一日育成時の登所時間を現在の8:30から8:15に繰り上げてください」。これは、ふだん学校に行くのが8:15なので、せめてそれに合わせてということで根強い要求のひとつ。それに対する回答が(昨年と同一)、
市「育成時間が長くなることも含めて問題と考えますので、現状で実施は考えておりません。」
私「ちょっと確認ですが、育成時間が長くなることの『問題』とおっしゃったのは『子どもにとって』という意味ですか?」
市「はい、そのとおりです」
私「はーなるほど。それで私、ずーっとそれが不思議で不思議でしかたがなかったのですが、学校に行くのより学童が遅く始まるために、朝ひとりで家にいるか、外に出てそこらでたむろっているとか、学童の前で開くのを待っているとか、そういった15分ですよね。それと比べて、学童にその間いられるのが子どもにとってより問題であると、本気でそのように考えていらっしゃるのですか?」
市「今、8:30から最長18:00ですから、現在でも長い子は9時間半も学童で過ごすことになります。そのように長時間集団で過ごすことが、子どもにとってはやはり、負担になっていると。それがさらに15分延びるというのは」
私「その15分と比較して、現在子どもにとってよい時間が過ごせているとは、親として感じられないという話なのですが」
市「子どもと、一口にいいましても、学年も性格もさまざま、家庭環境もですね、ほんとうに千差万別でして、いろいろ異なっているものなんですよ」
私「それはもちろんほんとうにそうだと思います。それでですね、だからこそ、子どもによっては、8:30でも問題ないかもしれない、子どもによっては、15分早ければすごく助かるということがあるのではないですか?その割合は知りませんが、仮に8割の子どもにとってよければ、その子たちだけ来られるように考える価値はあるのではないですか?」
市「子どもにとって問題だというのは、現場の指導員のですね、実感なわけですよ。子どもにとって長時間の集団生活が負担だという」
私「でもね、さきほどまさにおっしゃったように、子どもの状況は千差万別なんです。それをひとくくりにして、育成時間が長くなることが子どもにとって問題だから、検討にも値しないと言い切るのは、まったくおかしいのではないですか」
保護者「私ね、先ほど課長さんが、はい、子どもにとってという意味ですとおっしゃったとたんにね、あ、市の負けだと思いましたよ。勝ち負けってのも変かもしれないですけど、だって、そんなこと、いえっこないもの」
私「実際に、やろうとしたら、ローテーションやら予算やら、いろいろ難しいのだと思います。その難しい内容が、回答であれば、しかたがないとも納得できるし、逆にではこれをこうしたらとか提案したり、話が始まりますよね。子どもにとって問題、という回答では、不信感を持つだけで終わり。そこから何も始まりません」
保護者「役所から、子どもにとってはこうだとか、一律にいいきられたら、やっぱり嫌な気持ちですよ」
市「…ちょっと配慮に欠けていたかもしれません」
保護者「では、別の実質的な回答に差し替えていただくことはできますか?」
市「いや…これは特にもともと正式な回答というわけでは…書いてないでしょ?(隣の課長さんとごそごそ)。えー、今は朝の15分の話で、15分くらいで、というふうに感じられるかもしれませんが、それがOKになれば、では夜は7時までにしてもらえないか、あるいはそれ以上、とどんどん伸びてくると思うんです。実際に、現在保育園のほうでは11時間開所とか、さらに6時から7時までの延長といったことをやるようになってきていますよね。そういうふうに、際限なく時間が延びていくことが果たして子どもにとっていいのかという」
私「いや、誰も今、夕方の延長の話をしていませんよね。とりあえず、朝の15分延ばすことがどうなのか、それこそローテーションなり予算なりの具体的な都合についての回答をいただけば十分と思いますが」
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いやー疲れる。まだまだ続きますがあほらしいので割愛します。それにしても、夫(またろう一年のとき渉外担当の経験あり)の「連協の雰囲気はねー、まー、一生に一度は体験してみたら?ふふ」という含み笑いの中身がよっくわかりました。
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