私がほとんどモーツァルトのソナタを弾いてこなかったのは、弾けないからだけではなく、なんとなくそそられなかったから。
←モーツァルトを素敵に弾けたらそりゃかっこいい
オフ会とかで誰かが弾いてるモツソナだったら、すごく素敵~♪と思うことも多いのだけど、自分が弾くという話になると、なんだかいいイメージがわかなくて…
モツソナといえば、ガタガタ。訥々。退屈。そういう演奏をしてしまうイメージ。
これは何がいけないかというと、昔果てしなく耳に刷り込まれた愛のない演奏が骨の髄まで染みこんでるからだと思う。母のところにピアノを習いに来ていた子たちが、気が進もうが進まなかろうが弾かされていたモツソナ。ときにはカリキュラム(?)の一環として、ときには入試の課題曲として。
それらは、技術的にはまぁうまかったり下手だったりピンキリだったと思うけれど、おしなべて「だから何??」感が漂っていたように思うのだ。
いいイメージがないまま「耳タコ」になってしまった状態。
去年、めずらしくもモツソナを弾いてみたのは、「二楽章って、新鮮!!」ということに気が付いたから。
なんかやたらとモツソナを聞かされたような気がしていたのだけれども、それはものすごく一楽章に偏っており、あるいはたまに三楽章。実は「存在すらしなかったように」二楽章は私の母のピアノ教室では弾かれることが稀だった。
なのでほぼ聞き覚えがなかったコレ→去年のマイブーム
K.V.533 第二楽章、これなら新鮮な気持ちで楽しめた。
なんで昔、一楽章に偏って弾かれていたかというと、なんででしょう、一つには某音大の教育音楽科の入試で課題曲が決まってモツソナかベトソナの一楽章だったからかなと思うけど。
でも、れんしうかいでshigさんが弾いてくれたK.V.282(リンクはグルダさんの演奏)、これはなんとっ(o_o)
第一楽章なのにほとんど聞き覚えがない!!
しかも心わしづかみの美しさ。
いいじゃないですか、これ~(^-^) 弾いてみたい
でも、なんでこれは「残ってる」んだろう?? と考えると、母のピアノ教室で「教材」として使われてた曲は、いわゆる動きの速い系の曲。たぶん、入試で指定されるのもそういうやつ。
入試で使われてなかったのが、K.V.282とか、あとこれは有名だけれど典型的でない(変奏曲になってる)K.V.331とかね。(たまたま目撃して覚えてるシーンがあるんだけど、高三になってから駆け込みで、教育音楽科受けたいからピアノ見てほしいってきた子がいて、母が「うーん」と考え込んだ末、教えたい内容が詰まってて、かつ、課題曲にはならないK.V.331の一楽章を丁寧にやろう、って話をしてた)
まだまだイイトコいっぱい残ってるなー。
もちろん、いつかは、耳タコ曲のほうも。私なら、こういうふうに弾くわよって、それなりのプラスイメージを持って人前で弾けたらいいなとは思うけどね。たとえば、K.V.545(ドーーミーソーシーードレド)をさらっと、聞いてる人がうきうき気持ちよくなるような演奏できちゃったらスゴイネ!! 100歳になるころまでに。
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「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社
←またろうがイラストを描いた本(^^)
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「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)

オフ会とかで誰かが弾いてるモツソナだったら、すごく素敵~♪と思うことも多いのだけど、自分が弾くという話になると、なんだかいいイメージがわかなくて…
モツソナといえば、ガタガタ。訥々。退屈。そういう演奏をしてしまうイメージ。
これは何がいけないかというと、昔果てしなく耳に刷り込まれた愛のない演奏が骨の髄まで染みこんでるからだと思う。母のところにピアノを習いに来ていた子たちが、気が進もうが進まなかろうが弾かされていたモツソナ。ときにはカリキュラム(?)の一環として、ときには入試の課題曲として。
それらは、技術的にはまぁうまかったり下手だったりピンキリだったと思うけれど、おしなべて「だから何??」感が漂っていたように思うのだ。
いいイメージがないまま「耳タコ」になってしまった状態。
去年、めずらしくもモツソナを弾いてみたのは、「二楽章って、新鮮!!」ということに気が付いたから。
なんかやたらとモツソナを聞かされたような気がしていたのだけれども、それはものすごく一楽章に偏っており、あるいはたまに三楽章。実は「存在すらしなかったように」二楽章は私の母のピアノ教室では弾かれることが稀だった。
なのでほぼ聞き覚えがなかったコレ→去年のマイブーム
K.V.533 第二楽章、これなら新鮮な気持ちで楽しめた。
なんで昔、一楽章に偏って弾かれていたかというと、なんででしょう、一つには某音大の教育音楽科の入試で課題曲が決まってモツソナかベトソナの一楽章だったからかなと思うけど。
でも、れんしうかいでshigさんが弾いてくれたK.V.282(リンクはグルダさんの演奏)、これはなんとっ(o_o)
第一楽章なのにほとんど聞き覚えがない!!
しかも心わしづかみの美しさ。
いいじゃないですか、これ~(^-^) 弾いてみたい
でも、なんでこれは「残ってる」んだろう?? と考えると、母のピアノ教室で「教材」として使われてた曲は、いわゆる動きの速い系の曲。たぶん、入試で指定されるのもそういうやつ。
入試で使われてなかったのが、K.V.282とか、あとこれは有名だけれど典型的でない(変奏曲になってる)K.V.331とかね。(たまたま目撃して覚えてるシーンがあるんだけど、高三になってから駆け込みで、教育音楽科受けたいからピアノ見てほしいってきた子がいて、母が「うーん」と考え込んだ末、教えたい内容が詰まってて、かつ、課題曲にはならないK.V.331の一楽章を丁寧にやろう、って話をしてた)
まだまだイイトコいっぱい残ってるなー。
もちろん、いつかは、耳タコ曲のほうも。私なら、こういうふうに弾くわよって、それなりのプラスイメージを持って人前で弾けたらいいなとは思うけどね。たとえば、K.V.545(ドーーミーソーシーードレド)をさらっと、聞いてる人がうきうき気持ちよくなるような演奏できちゃったらスゴイネ!! 100歳になるころまでに。
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「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)