アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

校正者は読んでも読んではいけない

2022年09月27日 | ピアノ
今日は書道レッスンでした。書道レッスンいくと成り行きで変な本を買ってくるというのがルーチンなんですが

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今日の本は
「文にあたる」牟田都子
です。

これ、校正者が書いたエッセイなんですよね。校正者ってほんとに滅多に表に出てこないので、このエッセイは貴重品。

私は、校正者ではないけれど仕事がらみで間違い探しもするのでかなりウルサいほう、というか職業的校正者でない中ではかなり間違い探しがうまくて速いほうだと思います。それでいて自分のブログに誤字脱字もあったりするのはそりゃチェックしないで書きっぱなしだからですが(^^;;

前にブログ記事から書籍を作ったときは、自分でも読み直しますし編集者さんも目を通しますから、校正者さんの手に渡ったときにはほぼ誤字脱字ありませんでした。「書く」という行為と、「読み通す」さらに「(ページとしてレイアウトされたものを)見る」という行為を組み合わせるとかなりの精度で気づくということですね。

今日の記事タイトルにした「校正者は読んでも読んではいけない」というのはこの本の中に出てきた言葉ですが、要するに校正者さんはきっちり見落としないように間違いを見つけていかなくてはならないのに、「読んで」しまうと間違いが多少あってもすんなり読めてしまうからなんです。ごく自然に無意識に間違いを訂正しつつ読めてしまう、意を汲んでしまうという危険があるわけです。

通常の読者としてはそれでいいし、自由に読み味わうとなれば、遅くなり速くなりして読み進めるのがふつうですよね。しかし校正として読む場合はそれではいけなくて、むしろ一文字一文字を「見る」ような感じで一定テンポで進めていく(素読み)。

それと、事実関係。数字のつじつまが合っているかとか、引用されているならそれが元と照らし合わせて正しいか、そのほか、記述されている事柄に誤りがないか一つ一つ確認していく作業があります。確認といっても校正者が知っていることには限りがあるので、いちいち調べものをしなくてはいけません。

この作者は、「素読み」「調べもの」「通読」の3つの工程を経て校正しているとのことです。最初の二つは緻密な読み方ですが、緻密な読み方ではかえって見落とすこともあるから通読は通読でやっぱり必要。

さて書道のレッスンでは、まず自分ひとりでお手本を見ながら作品を書いてみる、ということをしたあと、先生がそれを見て(評価して)アドバイスをしてくれるわけですが、そのときの見方ってまさにそういう感じですね。

[全体を見る] 全体のバランス。字の大きさ、余白、墨の入り方など
[一字一字を見る] 字として形が整っているか、美しいか
[細部の分析] 線ひとつひとつの長さ、太さ、隙間など

大まかなところから→詳細へ。これは三段階にきっかり分かれるということではなくて、連続しているものだと思ったほうがいいと思うのですが、とにかく上のレベルから下のレベルへ、そしてそれが済んだらざざざっと戻ってくるような。

すべての分析が済んだ状態になってから生徒に伝えるわけではなくて、分析の過程をリアルタイムで生徒に言語化していくような感じで説明されるのがすなわち書道のレッスンであり、これを徐々に自力でできるようにしていくのが書道の上達ということでしょうか。

レベルを変えながら見る、自分が今どこにいるのか見失わないようにしつつ観察する、分析する、というのがめちゃくちゃ応用範囲の広いスキルだと思います。書道も校正もおもしろいですよねぇ。たぶんピアノの練習も同じです。

右が「かな用」筆で書いたもの、左が「漢字用」筆で書いたもの


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