店にある蝶の標本を一つ一つ食い入るような瞳で見詰める老人は、やがて哀しそうに此処には居ませんでしたと呟いた。なんでも彼の妻が亡くなった時その魂は蝶となって飛び去ってしまい、彼はずっと妻の魂を探しているという。気の毒なので、つまり妻に逃げられた訳ですねとは言えなかった。
店にある蝶の標本を一つ一つ食い入るような瞳で見詰める老人は、やがて哀しそうに此処には居ませんでしたと呟いた。なんでも彼の妻が亡くなった時その魂は蝶となって飛び去ってしまい、彼はずっと妻の魂を探しているという。気の毒なので、つまり妻に逃げられた訳ですねとは言えなかった。
たかあきは、風の公園と桜の狭間に関わるお話を語ってください。
満開の桜に容赦なく吹き付ける凄まじい暴風が全ての花を散らしてしまう少し前。枝から離れて飛び去って行く薄紅とは別の紅色が桜の花弁や枝の狭間に見え隠れしながら揺れていたので何だろうと思って近付いたのまでは覚えているのだが、その紅が一体何だったのかを全く思い出せず、一緒にそれを見た筈の兄も何故か沈黙するばかりだ。
満開の桜に容赦なく吹き付ける凄まじい暴風が全ての花を散らしてしまう少し前。枝から離れて飛び去って行く薄紅とは別の紅色が桜の花弁や枝の狭間に見え隠れしながら揺れていたので何だろうと思って近付いたのまでは覚えているのだが、その紅が一体何だったのかを全く思い出せず、一緒にそれを見た筈の兄も何故か沈黙するばかりだ。
調香師だった亡父から贈られて以来常に身に纏っていたという、顔も思い出せない母の香りを何年も再現しようとしてきたが、あと一歩で何かが足りず思わず癇癪を起こして叩き付けた瓶の破片で指を深く切った。容赦ない流血が香水と入り混じった瞬間、僕は香りの完成を確信するとともに、物心も付かない自分が揺り籠にから母を滅多刺しにした後で自死する父の姿を見ていた事を思い出した。