1976年モントリオール・オリンピックのライト級金メダリスト、
ハワード・デービス氏(米)が、12月30日死去していた。59歳。
肺癌と診断されていたの事。
ニューヨーク出身のデービス氏は、モントリオール五輪で
米国チームが5人のゴールド・メダリストを輩出した時の一人。
「最も優秀な選手」と言われたのがデービスだった。
その時の米ボクサーの金メダリストはレイ・レナード、レオン・
スピンクス、マイケル・スピンクス、レオ・ランドルフ。
豊作と言われた年だった。
※そもそもデービスは、国内選考会にてアーロン・プライヤーに
判定勝ちし、五輪切符を手にしている。
アマチュア戦績は125勝5敗。
翌77年プロデビュー後も、洗練されたスピーディーなテクニシャンと
して高い評価を得た。
アルツロ・ピネダ(ガッツ石松に挑戦経験あり)や、ビロマール・
フェルナンデス(アルゲリョに判定勝ち)を下して13連勝。
1980年6月、敵地英国でWBCライト級王者ジム・ワットに挑むも判定負け。
やや線が細く、パンチ力に欠ける事から採点に恵まれない傾向にあった。
その後はトニー・バルサダール戦を含む13連勝をマーク。
84年6月に再び敵地プエルトリコでWBCライト級王者のエドウィン・
ロサリオに挑戦。
序盤にダウンを奪われながらも、持ち前のスピードとフットワークで
王者に対抗。

「ロサリオの強打vsデービスのハンドスピード」という見応えある展開は
全ラウンドをスリリングな物とした。
エドウィン・ビルエトとロベルト・エリゾンドを痛烈にKO、ホセ・ルイス・
ラミレスとの激戦を制して新王者となったスター候補ロサリオは、技術も
ある強打者だったが、デービスのクイックネスの前に大苦戦。
遂にデービス悲願の王座奪取なるかと思われた最終回、ロサリオの左
フックが炸裂、デービスは大の字ダウン!
立ち上がって終了ゴングを聞いたがダウンが響き、無念の僅差判定負け。
(114-115・113-117・114-113)
まさに「あのダウンさえなければ・・・」の試合だったが、プロボクシングで
ある以上、仕方ない採点と言えた。
モントリオール組の金メダリストが次々とプロで世界王者になる中、
デービスは悲願を叶えるため現役を続行。
メルドリック・テーラー(引き分け)、ヘクター・カマチョ(判定負け)戦を経て
88年7月にIBFスーパー・ライト級王者のバディ・マクガート(米)に挑んだが
初回KO負け。
この試合で一旦引退したが、94年に再起。
96年の試合で2RKO負け喫し、本当にグローブを壁に吊るした。
プロ戦績は36勝(14KO)6敗1分。
ロサリオ戦の攻防が忘れられない。
ハワード・デービスJrよ、安らかに・・・。
ハワード・デービス氏(米)が、12月30日死去していた。59歳。
肺癌と診断されていたの事。
ニューヨーク出身のデービス氏は、モントリオール五輪で
米国チームが5人のゴールド・メダリストを輩出した時の一人。
「最も優秀な選手」と言われたのがデービスだった。
その時の米ボクサーの金メダリストはレイ・レナード、レオン・
スピンクス、マイケル・スピンクス、レオ・ランドルフ。
豊作と言われた年だった。
※そもそもデービスは、国内選考会にてアーロン・プライヤーに
判定勝ちし、五輪切符を手にしている。
アマチュア戦績は125勝5敗。
翌77年プロデビュー後も、洗練されたスピーディーなテクニシャンと
して高い評価を得た。
アルツロ・ピネダ(ガッツ石松に挑戦経験あり)や、ビロマール・
フェルナンデス(アルゲリョに判定勝ち)を下して13連勝。
1980年6月、敵地英国でWBCライト級王者ジム・ワットに挑むも判定負け。
やや線が細く、パンチ力に欠ける事から採点に恵まれない傾向にあった。
その後はトニー・バルサダール戦を含む13連勝をマーク。
84年6月に再び敵地プエルトリコでWBCライト級王者のエドウィン・
ロサリオに挑戦。
序盤にダウンを奪われながらも、持ち前のスピードとフットワークで
王者に対抗。

「ロサリオの強打vsデービスのハンドスピード」という見応えある展開は
全ラウンドをスリリングな物とした。
エドウィン・ビルエトとロベルト・エリゾンドを痛烈にKO、ホセ・ルイス・
ラミレスとの激戦を制して新王者となったスター候補ロサリオは、技術も
ある強打者だったが、デービスのクイックネスの前に大苦戦。
遂にデービス悲願の王座奪取なるかと思われた最終回、ロサリオの左
フックが炸裂、デービスは大の字ダウン!
立ち上がって終了ゴングを聞いたがダウンが響き、無念の僅差判定負け。
(114-115・113-117・114-113)
まさに「あのダウンさえなければ・・・」の試合だったが、プロボクシングで
ある以上、仕方ない採点と言えた。
モントリオール組の金メダリストが次々とプロで世界王者になる中、
デービスは悲願を叶えるため現役を続行。
メルドリック・テーラー(引き分け)、ヘクター・カマチョ(判定負け)戦を経て
88年7月にIBFスーパー・ライト級王者のバディ・マクガート(米)に挑んだが
初回KO負け。
この試合で一旦引退したが、94年に再起。
96年の試合で2RKO負け喫し、本当にグローブを壁に吊るした。
プロ戦績は36勝(14KO)6敗1分。
ロサリオ戦の攻防が忘れられない。
ハワード・デービスJrよ、安らかに・・・。