井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

江藤俊哉ヴァイオリンコンクール

2007-08-05 23:03:01 | コンクール

受賞者演奏会を聴いた。場所はルネこだいら大ホール、実は前日のリハーサルと当日のゲネプロから聴かせてもらった。毎日新聞の梅津氏言うところの「さわやか世代」の演奏にも触れてみたかったし、昨今の新日本フィルも興味あったし、何より師匠が棒を振る姿を見ておきたかったからである。

出演者は7人だから7曲演奏されるのだが、このうち4曲はこの師匠からレッスンを受けたのだから、興味はひとしおである。

江藤先生の名を冠しているので本番には江藤先生がお見えになるのかと思いきや、とてもお宅を出られる状態ではないらしく、会場には審査員でもあるアンジェラ夫人と堀米ゆず子さんの姿が見受けられた。

このコンクールにはジュニア・アーティスト部門(12~16歳)とヤング・アーティスト部門(17~26歳)がある。二つの部門の差は明瞭で、やはり子供と大人といったところか…。

そうは言っても、みんなすばらしい音を持っている。私の生徒達に是非聴かせたいというのが正直なところだ。 その中にあっての以下のコメントなので、そのつもりでお付き合いいただきたい。

やはり子供だなぁと思うのは、オーケストラに対してろくにお辞儀もしないで始める人がいること。これは礼儀の問題もあるが、オケ側にすると、いつの間にか始まってしまった感を持つ。気分が乗らないから演奏もうまくいかない、という問題も生じていたように見受けられた。要注意である。 最初のワルツ・スケルツォの演奏者は、とても伸びやかで澄んだ音色の持ち主である。これ自体は大変魅力的だ。大人になるには次の標語が参考になる。 「とびだすな、車は急には止まれない」

オーケストラの人数は多い。そう簡単に速くしたり遅くしたりはできない。その上、最後の異常なテンポアップはチャイコフスキーの様式を逸脱しているから、オケ側も抵抗感がある。だから最後になって盛り上がらなかったのが残念だった。

次はブラームスの協奏曲終楽章。こちらは逆に音色の輝きが弱く、ブラームスに必要な重量感こそないが、音楽が溌剌としていて、そのビート感がオケをリードして最後を盛り上げたのは立派!対照的な二人で3位を分けあったのも、むべなるかな、といったところ。

次のツィガーヌを聞いてから件のチャイコンを聞いていたら、もう少し違うコメントになったに違いない。 思いっきりチガーウのである。一音入魂以前に中国風、所謂ルーモっぽい、だけならまだしも、楽譜をテキトーに読むのだけは改めていただきたいものである。 たまたま間違ったのかと最初は思ったところが本番まで訂正されず、三連符の意味も理解していないようだった。三つの音符をまとめて和音にして良いというルールは地球上にはない。

こうしてみると1位は1位になるだけのことはあると言わざるを得ない。サンサーンスの協奏曲第3番を弾いた彼女、リハーサルではテンポが揺れ、オケとしばしばズレていたのだが、翌日は見事に波をキャッチ、本番では持ち前の豊潤な響きで聴衆を魅了したのである。

さて大人のヤングアーティスト部門、こちらは音色が鮮明になるにしたがって順位が上がっていった感がある。

唯一の男性が弾いたモーツァルトのロンド変ロ長調。私は寡聞にして初めて聴いた曲だった。 選曲のみならずカデンツァも自作するなどユニークさは群を抜く。くっきりした輪郭が魅力だった。これに右手首のしなやかさが加われば、さらに成長が期待できそうだ。

次のショーソン「詩曲」は今日の出演者中、最年長者によるものだが、それだけに一番音楽を聴かせてくれたように思った。オーケストラを聞きながら、共に音楽を作っていくことができていたと思う。安定した技巧と艶やかな音色も美点であろう。

最後にシベリウスの協奏曲全楽章。とてもブリリアントな音色を持ち、恐らくそれが一位を導いたのだろうと思われる。しかしそれだけでは不十分という典型だった。

1楽章の最後、コーダで事故が起きた。リハーサルで危なくて何回もやり直した入口のところではなく、しばらくしてから管楽器が微妙にズレ始め、弦楽器も彷徨、金管楽器は咆哮、ついに全員が方向を見失った。 いやはやここまで盛り上がらない1楽章は珍しいと思うが、それでも拍手が起きたので、わからない人にはわからなかったと思われる。

事故は2楽章でも起きた。もともとどちらの楽章もポリリズムだらけで油断するとすぐにズレ出す難曲である。しかし今度の事故は楽章中盤で起き、最後まで乱れは続いた。

指揮者には問題がないと言えば嘘になる。しかしオーケストラには事故が起きないための安全装置がいくつもある。事実、コンサートマスターの弓は指揮棒代わりにしばしば動いていたし、あちこちのパートで体を大きく動かす人がいた。 それでも防げなかったのは何故か…。

3楽章を聞いて、その原因がわかってきた。ソリストにビート感(拍節感)がないのである。シベリウスに合わせて日本舞踊を舞っているような感じと言えばおわかりいただけるだろうか。

アンサンブルをする場合、演奏者はお互いにパルスのようなもの(音)を出しながら音楽を進める。これを聞きながら自分も音を出し、ズレが生じれば微調整する。このパルスは通常ビート(拍)で、いわゆる強拍を強く感じ、奏することにより、それが相手に出すシグナルにもなっている、という仕組みだ。

つまりビート感がないと本物らしく聞こえないだけでなく、アンサンブルまで不可能になることが実証された形だ。

でも人も羨む音色の持ち主、是非とも獲得してほしいビート感である。

今日の模様はミュージックバードというデジタルラジオで放送されるので、学習者にとっては貴重なドキュメントになるかもしれない。

オーケストラにとっては、とても心臓に悪い本番だったであろう。それでも険悪な雰囲気になっていないのが、師匠の人徳と言うべきではなかろうか……と言っては贔屓が過ぎるかもしれないが、先生の冗談に笑い転げるオケメンの図、そうそうあるものではないだろう。 いつまでもお元気であってほしい我らが師匠であった。