アーロン・ローザンドが所有していたグァルネリ・デル・ジェス「コハンスキー」を,約9億円でロシア人が買ったというニュースを聞いた。
様々なことが頭をよぎった。
そうか,ローザンドのグァルネリはコハンスキーの使っていたものなんだ・・・。私にとってコハンスキーは名演奏家というより名編曲家として,なじみがある。
ストラドより高いグァルネリかぁ・・・
高すぎて,思考が働かない。
そして,何より・・・
売るってことは「引退」ってことかなのだなぁ・・・
これが,一番の感慨にふける事項。
本名,ローゼンクランツというユダヤ人と聞いているが,ずっとアメリカとスカンジナビアで活躍していたため,少なくとも日本では50才過ぎるまで全く知られていなかった。
それで,1981年に初来日した時,全くの無名だったので,我々音大生に招待券が回ってきた。会場は新宿文化センターだったかな。東京交響楽団をバックにショーソンの「詩曲」を聴いたのだが,その圧倒的に高貴な音の輝きに我々は圧倒された。
「すごいよ,すごいよ!」
今と違って,当時はプロモーターが来日させるとか,レコード会社や放送局が紹介するとかがないと,海外の演奏家に触れる機会はなかった。(同じ頃,ギトリスも初来日のはずだ。こちらも無名。)
すごいと思ったのが我々だけではなかった証拠には,翌年には東京交響楽団やNHK交響楽団の定期演奏会にソリストとして招かれたことを挙げて良いだろう。
私も早速,演奏会場でローザンドのレコードを買った。輸入版ではなかったということは,一応売られてはいた訳だ。しかし,変わった曲ばかり。ヨアヒムやフーバイの協奏曲,イザイの「冬の歌」・・・
今にいたるまで,他の演奏を聴いたことがない,いわゆる「珍曲」。
ローザンド曰く「ヴァイオリニストが作った曲こそ,ヴァイオリンの真価を一番引き出せる」とのことで,当時すでにヴァイオリン協奏曲のレパートリーが百数十曲あったはずだ。
「百数十曲!」皆さんはヴァイオリン協奏曲を何曲数えられるだろうか?
20曲数えられれば,プロ並みと言って良いだろう。一般的なプロ演奏家は20曲くらいのレパートリーを持っているのが標準だと思う。この中には,例えばサン=サーンスの第3番も含められる。ヴァイオリンを勉強する人は必ず弾く曲だ。しかし,演奏会で聴く機会は滅多にない。これでさえ「珍曲」に近い。(脱線:ヴァイオリンを弾く人間でもなかなか気付かないが,第3番があるということは第1番と第2番があるということ!私は第4番!のレコードを持っていたが,第1番を聴いたことは未だにないし,聴きたいとも思わない。)
つまり,大半のソリストは四大コンチェルトと,モ-ツァルト3曲,シベリウスばかり弾かされ,聴衆もそれを望んでいる実態は,昔から変わらない。その中にあって,この孤高の存在は際立っている。
買ったレコードのレーベルもVOXというなじみのない物。
いや,なんだか見た記憶がある,もしかして,と家のレコード棚を探したら1枚VOXレーベルが出てきた。
「母と子の・・・」とかいう,ヴァイオリン小品集。幼稚園の時,お手本に聴け,と与えられた類いのものである。あまり気に入らないものだった。ジャケットの写真では欧米人少女二人がヴァイオリンを弾いていて,欧米人のおばちゃんが弾く電子オルガンも一緒に写っていた。幼稚園生としては当然,そういう音が録音されていることを期待するのだが,出てくる音はヴァイオリンとピアノなのだ。それが気に入らない原因。
演奏者の写真など,全くはいっていないレコード,当時はそういう啓蒙的な物も多かったのかもしれない。
気に入らなかったけど,何度となく聴いてはいた。
それで,その演奏者は・・・案の定,アーロン・ローザンド。つまり,私はローザンドの録音~クライスラー等の小品~で育ったのである。
ローザンドが一線から退くというのは,私にとって一つの時代が終わったようなものだ。40年間も規範や感動を与え続けてくれたローザンドに心から感謝を捧げたい。