来週23日に発表する、ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲だが、やっと完成した。3楽章構成で10分弱の曲である。やれやれ……。
12音の音列を使いながら、12音主義ではなく、協和音になるべく近い響きを選んで作ったので、聞きやすい曲に仕上がった、と言いたいところだが、演奏してみたらそうでもなかった。
どれだけ協和音的響きが連続しても、一定の調の中で動くのでなければ、やはり調性感は弱い。
作曲期間も2ヶ月半かかったので、最初に書いた第1楽章は、今見ると何だか別の曲のように感じる。同じ音列を使い、しかも第3楽章に第1楽章の主題を再現させているのだが。
なんか変な曲を作っちゃったな、と思う一方で、使用した音列はとても気に入っていて、これをもとにもう1曲作れるな、と思っているところである。
題名はアイヌ語で「ポロ(大きい)チュプ(太陽)」。
アイヌの神様に縁を感じてつけたタイトルなのだが、初演地の南九州と北海道、遠く離れているが、案外縁があるようだ。
旭川に忠別川というのがある。これはアイヌ語でチュプ・ペッ(太陽・川)に由来、だから普通に考えれば、旭川市ではなく、忠別市と名づけるところだろう。
そうならなかった背景がいろいろあるようだ。上川地区に離宮を誘致し「北京(ほっきょう)」という新都市を建設する計画、北海道長官二代にわたって推進されたが、札幌側の反対等で、ついに実現しなかった。
北京がダメなら忠別…
二代目の永山長官にとって、我慢ならない地名、という説があった。忠義の人、永山長官。明治天皇にもかなり目をかけられ、「永山」という地名をつけなさいと言われたくらいの信任ぶり。それなのに、町の名前が「忠と別れる」とは…
それで、チュプ・ペッを一度日本語に置き換えて旭川。
その説が正しいかどうかはともかく、旭川の発展に身を捧げた永山長官、その後すぐ地名になり、神社も建てられた。その名も永山神社というのが今もある。(ちなみに俳優の瑛太氏は本名永山瑛太で、この長官の子孫だそうだ。)
そして、初代岩村長官、二代目永山長官、共に旧薩摩藩士なのである。(ここでやっと話がつながる。)
広大な平原に、理想の天地、理想の都市を作る夢。狭い九州では全く不可能。二人の長官が大いに思ったであろう夢、そこに私はとても共感してしまう。
それを知った今、旭川という場所が、限りなくロマンをかきたてる存在になってしまったのだった。
なので、この音列で作るもう1曲は忠別ファンタジーだなぁ、と思っている。