この時期、大学は卒業研究というのがあって、運が良いと面白い論文に巡り合える。
その一つ、ポピュラー音楽を学校教育の教材にする歴史の研究があった。
近年「ポピュラー音楽」は死語に近く、その定義を定めるところから出発しなければならない研究だったが、そこに現れる楽曲が私にとって全て懐かしい曲のオンパレード。40数ページの論文を読み終えるのに1週間以上かかってしまった。
なぜならば曲のタイトルを読むと、自然と頭の中で曲が鳴り響き、しばらくは歌ってしまう。1曲ずつ、短い解説がつくのだが、それをいちいち「そうだったのか」と池上氏よろしくうなずいたり、思い出にひたったりするものだから、時間がどんどん過ぎてしまうのであった。
ところで、この研究は、ポピュラー音楽を学校教育の教材にもっと採り入れてはどうか、という考えが動機だったのだが、その試みは1970年代にはすでに始まっている。そしてその是非について熱い議論が当時から戦わされていたことを知った。
わが国には「日本ポピュラー音楽学会」という学会がある。十数年前のことだが、その学会員の発表で、ポピュラー音楽を教材にするには結構無理がある、という否定的見解を聞いたことがある。曰く、
・内容が恋愛のものが多い
・少人数で表現するのにふさわしい内容がほとんどで、大人数での表現に不向き
・教科書に載った途端に面白さが失われる(新鮮さ、編曲等)
いちいちごもっともなので、爾来そんなことは考えるだけムダと思っていたのであった。
しかし時代は21世紀になり、上述の意見も昔のものとして聞く今どきの大学生、「ドナドナ」は知っているけれど「グリーングリーン」は知らない人達が考えたものは、ほんの少し違う。
現在、人々の好みは細分化している。昔の人達は「全員がこっちの方向を見るべきだ」という論調で説を展開することに、まず驚いていた。そう、昔はみんな同じ歌を聞いて、同じ歌を歌っていたのだよ。
そして、「ポピュラー音楽を教材に」という視点で研究は始まったが、現在教科書に載っている曲の大半は「ポピュラー音楽」だった、ということが皮肉にも明らかになった。
しかもその「ポピュラー音楽」、我々世代の感覚では同時代音楽、「生まれたばかりの音楽」というイメージだったのだが、教科書に採り入れられているのは「定着したポピュラー音楽」とでも言うべきもので、ほとんどは1970年代前後に作られたものばかり。21世紀の「ポピュラー音楽」には定着に値する音楽がほとんど見当たらないようであった。(辛うじてSMAPの音楽が定着したものと言える。)
それから、1960年代から80年代にかけて、教材の大半を供給していたのがNHK「みんなのうた」だった。
この番組は結果的に偉大なる教育番組だったことになるのだが、それに陰りが出た頃、まるで肩代わりをするかのように台頭してきたのが、スタジオジブリ制作のアニメーション映画の音楽、という図式も明らかになった。
確かに、ジブリの音楽は恋愛ものではないし、大人数で歌えるし、教材にピッタリの性格を持っている。我々世代の教科書では、小学校1年から6年まで全ての本に載っているのは「君が代」だったが、今は「さんぽ」である。
今や、教科書作成側からすると「次のジブリは何か」が気になって仕方がない、というような状況、スタジオジブリは偉大なる音楽教育産業になってしまっていた。
それはジブリ側も本意ではないように思う。それ以上にNHKの機能の一つがそのように失われてしまったことがとても残念。これで良いのだろうか、NHKさん?
そんなことまで考えさせてしまう論文、読むのに時間がかかるのもむべなるかな、しかし実に興味深かったのも確かであった。