フリーランサーだった20代の頃、38度くらいの熱でも本番をこなしたことが数回ある。多分インフルエンザだと思うが、それで休んだらクビになるので、他の人にはちょっと風邪気味くらいにふるまって無理して弾いていた。
これは当たり前だった。同様のことをしていた先輩後輩も、珍しくなかった。
一般の会社勤めではどうだったのか? 正確にはわからないけれど、SARSだ新型インフルエンザだと、変な病気がいろいろ出る前は、現在ほど「外出禁止」ということにはなっていなかったような気がする。
21世紀になって、このあたりは変化したようだ。
それにしても、先日何とか終った九州・沖縄現代音楽祭のリハーサルはドタキャンの連続で、気が狂いそうだった。
リハーサル初日
この日の出来次第ではコンサートミストレスに大抜擢できるかも、と淡い期待をかけていたらば、それがプレッシャーになった挙句、リハーサル開始の2時間前・・・
「体調不良で休みます」
私に言わせれば、前述の通り、これは理由にならないのだが、来ないのだから如何ともしがたい。その日、他の第1 ヴァイオリンは実習中で参加できないので、私が第1ヴァイオリンを弾きながら指揮することで何とか終えた。
初日に参加できなかった人の臨時練習日
その数日前「言い忘れていましたが、その日は前から予定があって参加できません」と二人から連絡があった。もっと前に言えよ、こっちだって準備ってのがあるんだよ・・・。
その練習日は、ある卒業生の予定に合わせて決めたのだが、その卒業生はついに来なかった。後で訳を聞いたら「家庭の事情で・・・」
このあたりがアマチュアは哀しい。
本番10日前あたりに連絡が入る。
「前日にリハーサルがあるとは聞いていませんよ」とバレエ関係者から話があったとのこと。
そんな馬鹿な・・・。こちらは半年前にはそう決めていて遅くとも数か月前には話しているはずなのに。
バレエとの初合わせ
また1名いないと思って電話したら「今日は兄の四十九日で・・・」
これはドタキャンではなくて、私の記憶違い。
本番前日
あきらめていたバレエ・ダンサー、それでもある程度来てくれた。
しかし、頼んでいたステージ・マネージャー、いっこうに連絡がないから、午前中に5,6回電話をかけたら、やっとつながったは良いが「本番の時間が空いておりませんで」とのこと。
本番当日
さすがに演奏者は全員揃ったのだが、
作曲者が一人来ない。電話したら「知り合いの葬式で・・・」
実はこの作曲者、本番欠場は前科がある。年長者曰く「こういう人に頼んだ方が悪い」と私が悪者になってしまった。やれやれ。
本番の最中
練習に欠席していたパートが案の定数え間違って何小節か先にとびだした。すかさず私はヴァイオリンを持って、そのパートの正しい音をフォローするが、残念ながら、その奏者は飛びだしに気づかず、(ひょっとしたら作曲者も気づかず) 終ってしまった。
本番カーテンコール
作曲家協会の主催なので、主役は作曲家なのだ。カーテンコールの練習も念入りに何回もした。
前日に急遽ステージ・マネージャーをやるはめになった会員も作曲者の一人だから、ここで出演者に変わる。全員が自主的に動かないといけない瞬間、上述のドタキャン作曲家以外にもう一人がステージ袖に見当たらない。
あとちょっとでステージに出なければいけない時に、ステージ・マネージャー補佐があわてて客席に飛びだす。
件の年長者作曲家は観客に混じって、じっと舞台に見入っていたそうだ。ステージ上には7人いるべき作曲者が、このような次第で5人並び、観客の拍手の中、緞帳は下りていった。
「ずっと出ずっぱりのステージで、しかもヴァイオリンも指揮もして、大変でしたね」と、ねぎらいの言葉をかけてくれる方もいらしたが、この連続ドタキャン環境を耐え抜いて、処理する方がよほど大変。それに比べれば、出ずっぱりなんて、そう大変なことではなかった。
これだけのドタキャン試練を耐え抜いて生き延びてこそ、脚光を浴びる恩恵に浴する、ということなのか何なのか、よくわからない。が、少なくとも観客には、そのほころびが見えなかっただろう。神様がついていてくれたのだと思うことにしている。めでたしめでたし。