大悲母のお腹の中へ一度戻ってみませんか?
何事?「胎内めぐり」、その見慣れない言葉に思わず足を止めた。
暗闇の中であなた自身の光を感じてください。
暗闇の中で一点の光明を発見したとき、心身の新生を覚えるに違いありません。
胎内めぐりによって心身のルネサンスを体感しましょう。
清水寺随求堂「胎内めぐり」、立てかけられたその看板を見て、胸が高鳴った。
第一回公演が終わって…やり直せるものならやり直したい…そう思っていた時期である。
(劇団カプチーノHP回想録「手あて」参照。清水寺随求堂はこの時訪ねたお寺のひとつ)
迷いはなかった。
足を進めると、思いもよらない早さでいっさいの光が遮断された。
方向感覚を失う。左手の数珠を頼りに歩くしかない。
前を歩く友人と自分との間にどのくらいの距離があるのかもわからない。
足元を照らす光もない。うまく歩けない。
慎重に一歩、一歩、足の裏で床をつかみながら歩く。
先が見えない。後、どのくらい暗闇が続くのかわからない。
こわい。
誰か!
かといって、私の後ろを歩いているであろう見ず知らずのカップルにしがみついては…
いけない、いけない。
数珠を手離すと道がわからなくなる。入り口で、決して離さぬよう忠告されている。
万一、カップルにすがり損なった場合…いけない、もっとこわい。
これは途中でドロップアウトできないのか?
泣き出した人や助けてと叫んだ人はいないのか?
こわい。こわい。こわい。
恐怖しかない暗闇の先に、光を見つけたときの喜びと安堵。
明けの明星を見て、闇を惜しむ。
光る出口の前に、石がある。願い事を思いながらまわすと叶うという。
大きな石をごろごろまわしながら、自身の願い事の多さが妙に大人っぽく…
欲深い胎児に思わず吹き出してしまう。再生は笑いながらの誕生となった。
初めての胎内めぐり…私は何を思っていたのだろう…
2度目の胎内めぐりは暗闇の恐怖に怯えてしまった。
ここのところ変身願望がまた強くなっている。
やり直せるものならやり直したい。変われるものなら変わりたい。どうすれば…
答えが見つからず、迷っている。3度目の胎内めぐり、私は何を思うのだろう。
※あの時見た光、そこは現実、この世だった…。
新婦のリクエストはブルーフルーテッドプレインシリーズのティーポット。
結婚祝い購入隊の命を受け、
安物買いの私が、怖じ気づきながら足を踏み入れたロイヤルコペンハーゲンの世界…
おそるおそる手にとったポットは想像以上に大きく、店員に尋ねる。
あの…すみません。これより小さいサイズありますか?
こちらのワンサイズのみとなっております。
大きすぎるような気がするんですけど…?
美味しい紅茶を入れるには、蒸らす為の空気が必要なので…
ちょうどよい大きさなんです。
その心を知り、名品の名品たる所以を見た。 もう5年も前の話である。
香りや色、味わい深さを出すため…たっぷりの空気と、じっくり待つこと。
最近なぜかこの話をよく思い出す。
私が、欲していることだからなのかもしれない。
ポットの中に時間を注ぐ。
ポットの中にお湯を目一杯入れてはいけないように、
新鮮な空気をたっぷり吸い込めるよう、余白を残さねばならいなことを思い出す。
何もない一日。
ポットの中の私を想像する。
空には輝く太陽か?はたまた満天の星か?温泉につかって元気になる私。
やわらかくひらく私…の為に、今はただただ眠りたいだけかもしれない。
今、1ヶ月間もの片想いが無事に終わって…ほっとしている。
結婚披露宴でのスピーチを依頼されて(第110話参照)から、
5日の式の日まで、ずっと彼女の事を思いながら過ごした。
新婦は新郎を想い未来に向かう中、私は新婦を思い過去に遡っていく。
心に残る断片は不思議だ。
不意に、何気なくつかんだ彼女の肩の細さが蘇る。
10年分の思い出の中で、なぜ、あの時の感触が…理由を探す。
その瞬間、明るさに隠れがちな彼女の繊細さに触れた驚きがあったのだ。
彼女の心のうちに触れた気がした。だからだ。
夜ごと記憶のかけらを集めては、彼女を見つけていく。
かくして、スピーチはできあがった。
できあがったスピーチは彼女と私との思い出…
ここで披露する許可は彼女に得ていないので…
彼女の結婚を祝しまして…私の好きな詩、吉野弘さんの祝婚歌。
二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎることは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざなないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうち どちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風にふかれながら
生きているなつかしさに
ふと胸が熱くなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ 胸が熱くなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい