こげの耳に★ねんぶつ★

たわいない日々の思うことと愛犬こげと花が咲いていたら花の写真など

企業の森 串本町 Ⅱ

2015-02-26 05:30:00 | 和歌山県
さて、Ⅰの続きをすぐに書こうと思っていたのにグータラ癖がでてしまいそれでも何とか書けるわよ!ってな調子でいたら、いざ書こうとしても文字が浮かんできません。

でも書かねば次に進めません。きょうはお出かけしたら 話題になりそうなものを見たのに、でも運転しながらでは写真も写せず≪絵の無い絵日記≫みたいになるなぁ・・・と思うけど。




この白い作業着の人たちは県か町の職員さんだと思われます。私たちが作業の開始前にここに来たときにはいましたが「こんなにお天気よかったら花粉も飛んで、なかには花粉症の人もいるよね」と

小声で話していた時に思いっきりくしゃみを連発する人がいたので、振り返って見てしまったわ!!花粉症なのにこんなスギ、ヒノキが林立するところにきたら大変よね・・・


                    植え付ける苗木

左から茶色の葉はクヌギ、ピンクのリボンはコナラ、右の丸っこい葉がウバメガシ(和歌山県の木です)、その後ろがヤマモモの木です

ヤマモモ、ウバメガシは常緑樹、クヌギ、コナラが落葉樹。そして小学生のドングリとおじいちゃんの希望の桜、これはソメイヨシノになる予定。

おじいちゃんはもともと ここに桜を植えて串本の町から見えるような大木に育ったら人も山に上がって、ここから太平洋を見たり楽しんでくれるって思っているのです。

しかし、実際ここまでくるには道路をもっと整備しないと対向車とすれ違うには余りに片側が谷底だったりするし、ガードレールは途切れるし、斜面が崩れ落ちているし、落石でタイヤが乗り上げるしと

そのうえ公共マナーを守らない連中が 谷に向かってゴミを捨てていくことを思うと、おじいちゃんが山を大事に思うこととかなりギャップがあるんですけど・・・と私は思う。

今以上に荒れるよ、こんなめったに人の来ないところにテレビや洗濯機を捨てたってばれっこないじゃん・・って。不法投棄が増えるだけよ。

本当は、うちで育てた≪サクラボンクラ≫も植えたい・・と思って苗木を育てていたけど、なかなかお声もかからず、そうしていたらおじいちゃんが倒れたでしょ。昨年の真夏の高温で枯れたから

ハサミで伐ったのよ、そのままポットを放置していたら秋の大雨でなんと復活してきたの。復活したけど苗木としては形が悪く、それでも伐り忘れた何本かが三尾川のおじさんちに嫁らせてもらったの。

いままた サクラボンクラは細い枝を出してきたし、どこからか忍び込んでっていうか ここはうちの山だから植えてもいいのよね・・・植えてもシカに食われちゃうかもしれないけど、そういう秘密の

計画もしてるの。


                  おいしそうなみかん

コンテナにみかんが入っていました。ペットボトルのお茶なども用意されていました。おじいちゃんならきっと何かジュースなんかを自腹で用意するのだと思うけど。森林組合長さんが「みかん、食べてよ」

と言ってくれたけど、滅相もない。私たち夫婦は見学気分で来てるんだし・・・でも、植えてみたかったな・・・組合長さんが作っているみかんかもしれません。その後ろの看板、なにも書かれていませんが

もしかして≪漁民の森≫とかの言葉が書かれるのでしょう。春になったらおばあちゃんを連れてまた見に来る予定です。このとき、「あぁお義父さんを連れてきたらよかったなぁ」と思ったんです。

お義父さんも山林関係の老舗に長いこと勤めていて、山を歩いたり植林なども手掛けたことがあるのです。最近は家にこもりがちなのをお義母さんが嘆いていたのに・・と気晴らしになるものね・・と

おとうさんと帰りながら話したのでしたが・・・・・


         「ク」と書かれたここはクヌギを植えます。

ヤマモモは「ヤ」、コナラは「コ」、ウバメガシは「ウ」という杭の箇所に植え付けるんだそうです。



若い人より60を超えた人のほうが多く、年配の人ほど上のほうに上がって植えてくれます。クワを振り上げるのが楽しいみたいでワイワイした声が聞こえていました。



翌日、おじいちゃんに報告しました。じつは おじいちゃんは一月中頃のショートスティから施設に入所しました。最初は・・と言うか、今もですが「家に帰りたい」と言います。

だけども、おばあちゃんと二人でもう限界に近い状態、寝かせてくれない、一息もつけない日が続いていたから、部屋の空きがでたときは今度こそお願いしようと決めていました。昨年一度

空き室ができたとケアマネさんに言われたけど、もう少し頑張って家で介護するからとしたんですが、やはり 病気とわかっていても声も荒げ、言いたくないことまで言ってしまうようになると

三人が三人とも辛くなってくるのです。親に言いたくないことまで言ってしまう、自己嫌悪が続くし、それでも毎日の生活もあって。おじいちゃんだってわかっているときもあれば 老人特有の

無茶苦茶を言い出すときもあって、誰が先に逝ってもおかしくないよね・・って感じでした。「殺してくれ」から始まり「包丁持ってきてくれ」と実際に包丁なんか握れるほどの握力もないのに

つぎは首絞めてくれ・・って 「あんたぁ家族を殺人者にする気かぁ」ってもぅ笑うしかないもん・・・今の自分が情けない、腹が立っている、みんなに迷惑をかけているって思うから言ってしまう

ことこっちもわかってるから、よけいに無茶苦茶言われたら苛立ってくるのよね・・・。今は、週二回面会に行くけど翌日には面会に行ったことなんか忘れてるのです。そして「明日来るように」と

職員さんに言うのです(笑)。「きのう山に行ってきたよ。企業の森計画で 漁連の方たちが植林してくれたの」と言った時に、ぼんやりしていた目がパッと見開いて、私の話を聞こうと頭を持ち上げて

来たのです。ゆっくり話すとうなずきながら「若いきみらで好きなようにやって。それはお金かかるんか?」「うううん、いらない。でもスギやヒノキじゃないんや」というと一瞬「え?」というような

顔をしているので「そこには落葉常緑樹のヤマモモやクヌギ、ウバメガシとか植えるんや。元気なころに森林組合でおじいさんも話を聞いて契約したんやで」というと「そうか・・とにかく君らに

任すよ」と言いました。こんな状態でも やはり頭の中には山林の行く末が気になってしかたないようです。これからの山は おじいちゃんが望むような形で残っていくのは無理だと思うけど、

まぁなんとか いいときが来るのを待つしかないです。



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企業の森 串本町 Ⅰ

2015-02-22 05:30:00 | 和歌山県


2月21日 土曜日。晴天のこの日 串本町で県が企画する企業の森事業が行われると南紀森林組合さんから連絡があり見学に行ってきました。この事業は森林事業が高齢化と林業に

携わる人口が激減し、山が荒廃化するのを防ぐために企業と森林組合、山主らが協力して植林して山・川・海を守るための事業です(かいつまんで言うと)。山が荒れると土砂が川に

流れ、堆積し 大雨などでそれが海に流れこみ漁場を痛めてしまいます。一度土砂が海に流れてしまうとエサや産卵場所が無くなってしまい漁業も困窮するということです。

県が企業の森として 参加する企業を募りますが やはり植林プラス遠くから来るのでそのあとの温泉や観光も・・・という希望もあるらしく、比較的白浜や熊野古道に近い山が

求められるらしく、なかなか串本町には白羽の矢も飛んではこなかったのですが、昨年≪漁民の森≫として漁連が参加してくれるという話になったわけです。

植林伐採してから数年以上経っている山にスギやヒノキを植えるのではなく 広葉落葉樹を植えてもらうのです。日本木材は 有名産地のものは今でも高値になるけど なかなかその他は

需要も厳しく、一度伐採すると新たに植林を行うというのは育つ年数を考え、後継者問題を考え、50年後に見合う値になるかと考えると二の足も三の足も踏むよね・・・

柱や建築木材として使われる部分より、木質チップとして燃料需要にと、日本中の荒れた山の倒木をかき集めれば原子力発電の一基分はできるそうだけど倒木を集めるまでの道の整備や

人員確保にはまだまだ時間がかかり、立ち木を伐採するとその跡を放置できず何かしら植えていかねばなりません。まぁ火力発電しすぎたら二酸化炭素の量が増えて温暖化を助長するんじゃ

と思うんだけど、なかなか難しく先の見えない林業事業です。おじいちゃんは常々 立ち木だけでなく山ごとすっぽり買ってくれる人がいたらいいのに・・と言っていますが、

北海道やあちこちで水資源を求めてかの国が買い求めているなんて週刊誌の記事なんか見ると、誰彼かまわずというのもできませんね。平地の土地ではなく 山って一つの山でもこっちは

うちで、あっちは誰それ、山の尾までは誰々で、谷は誰と線引きも難しい。昔の人なら 山に入って自分で植えて体で覚えていったけど、チンプンカンプンな世界だ。

森林組合さんからの連絡では 60名ほどと組合員が現地で植林の説明をしてサポートしながらやっていきます・・ということだ。総数 約1,000本の広葉落葉樹の苗木を植えるわけ

です。

漁民の森




               青いネットで囲んだところに植える

中腹に上がって行く道もつけている。私たちが到着した時は森林組合さんたちしか来ていなかったけど時間をつぶすというか 植林にも参加しない私たちはだいぶ離れた場所で待機して

30分後に行くと、もう植えてくださる漁連関係の人の車で路肩が埋まっていました。


県から出向いてきたかたなのか、ハンドマイクで主旨の説明とお礼を述べていました。そのあと 森林組合長さんと組合参事さんが挨拶や 植え方の説明。

全国植樹祭でその県の子供たちが 未来の山のためにドングリを蒔いて育てた苗を 企業の森にも植えることになっているということをスピーチで言っていました。この日は一人当たり

20本くらいの予定にそのドングリ苗が一本プラスされ21本くらいのお仕事だそうです。



手に手にクワと苗木を持って山に上がっていきます。たぶん この山の土は 石がゴロゴロの穴を掘るのも大変だと思います。頑張ってください。おじいちゃんが元気だときっと

先頭きって上がって行くはず。この企画のことは倒れる前に説明を受けていて了解済みですが いまはあまり思い出せないふうなことを言っていましたが・・・

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少しずつ

2015-02-18 05:30:00 | 花・植物など

                     セリバオオレン

寒い日が続いていたけど、少しずつ確かに暖かくなってきているようです。おばあちゃんの鉢植えでバイカオオレンやセリバオオレンの花が咲き始めているもん。


                      バイカオオレン

だけども、北陸や東北ではすごい雪にみまわれているしあんな映像をみると 雪も滅多に降らない当地方でのんびり暮らしているのが少し申しわけないなぁと思うときもある。

そうこうしていたら昨日の三陸沖の地震と津波注意報でしょ、でも雪 積もってなかったね。海側だからあまり降らないのかな?とか思ったけど大きな被害もなくてよかった。



家の敷地にふきのとうがにょきにょきと芽を出していました。

成長したフキが生えていることは知っていたけど、よくよくふきのとうの姿を見に行ったことはないです。



おばあちゃんに尋ねました。どの状態で食用にするのか?って。そうしたら 開く前なんだって。そうかぁ・・・ニュース映像で「ふきのとうが芽を出しています」というのを

見るけど、だいたいがボコボコした頭というかこれが花になるのねってところばかり見せられるから、その状態が一番ベストなんだと思っていた。だから、私が撮影したものは

時期的に遅いものだったみたい。


                    遅かりしふきのとう?

でも開いてないふきのとうって 畑の白菜に似てなくもない・・と思う。



これから暖かくなってずんずん成長して フキになるのです。フキの佃煮、おいしいよね。



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ただただ・・・

2015-02-14 05:30:00 | いろいろ
ただただ、驚くばかりで。というのは、11日のことです。おばあちゃんのお友達の旦那さんが亡くなられたという連絡があって、その夜の近親者で営まれるお念仏に来てほしいというので

付き添って行きました。家族ぐるみというか 長女さんは私の亡くなった姉と親友で 長男さんは私と同級生。幼稚園からの同級生です。姉が亡くなった時には娘さんはおばあちゃんのことを

心配してくれて、おじいちゃんが倒れてからもなにかと気づかってくれていました。おばあちゃんが通う整体の先生を紹介してくれたのもこのおばちゃんと娘さん。

旦那さんも病気療養中で おじいちゃんよりは少し年上だけど おばあちゃんとおばちゃんは日ごろのうっぷんを会ったり、電話で話してもいました。自宅介護になった時も娘さんは

私とおばあちゃんを心配してくれ、「頑張ろうね。でもお互い体に気をつけなあかんね」と励ましあってもいたんですが。

同級生の親の葬儀というのは、いつも胸が痛みます。おばちゃんとは冗談も話も気安くできるけど、おじさんというのはどの同級生の父親とも同じで話がしにくいし、話をしたこともない

人も多い。だけども、私がこげの散歩を始めてから 何度か道ですれ違うことがあった。最初のころは単車に乗って 地区内を走っていたし 単車で回ることをやめてから歩くようになっても

何度か会った。「こんにちは」と頭を下げることしかしないけど「先生(元教師だったので)元気やな。おじいさんもあんなに散歩に出たらいいのに」と私はいつも思っていた。

体調を少し崩したので 娘さんが仕事を休んでおばちゃんとおじさんの面倒をみていると聞いたときにも うちのおじいちゃんと似たり寄ったりの気難しいおじさんだから大変やなと。

おばちゃんはおばあちゃんよりも歩くのが大変な状態でいたし、でもそれをはね飛ばすくらい明るく話もおもしろい。そんなおばちゃんもこの二日でぐったり感がみてとれる。

親が先に逝くのは 当然なことであるけども 子供にすれば わかっていても現実になるまではピンとこないし、でも今は葬儀のあとのバタバタで一つひとつこなしていく慌ただしさで

時間が過ぎていくだけなんだろうな。同級生の息子さんとは「こういう形で久しぶりに会うのは辛いよね」と、言うしかないのがまた辛い。そして 次はうちかなぁ・・・とか、

つい思ってしまう。


                     バイカオオレン

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古いハガキ

2015-02-09 05:30:00 | 我が家
先日、おばあちゃんが古い紙箱の中から古い手紙やハガキが出てきたのでそれをドラム缶の横で読みながら焼いていました。

「これ見てみ。私が結婚前にここのお姑さんに出した手紙や」と当時の、薄紙のような便箋と茶色の封筒、まるで事務用品のようなしろもの。書いた本人は「こんなの覚えてない」と

言うくらいだから、かれこれ60年近い前の物。それをおじいちゃんが残していたのも不思議なもので、おばあちゃんは「今晩読み返してみよっと」とその手紙を除けて、ほかの郵便物を

また燃やし始めました。私は 紙箱の中の束ねた郵便物がどれも茶色に変色し、あまり記憶に残っていないハガキの切手部分が珍しく少し取り出してみました。

郵便物は60年ほど前に、山仕事で山に入って植林したり伐採に取り掛かっている人からの返事で、おもに杉何本、ヒノキ何本とか 山に泊まり込んで仕事をするのでお米や味噌、醤油とか

の差し入れのお礼とか、他県に住んでいる人にスギやヒノキの木材市場での相場を尋ねたり、そのようなものばかり。おじいちゃんもまだ20代ですから林業に将来をかけていたのがわかり

ます。木は植えたときに相場が良くても、50年60年先の値段はわかりません。おまけに昔は伐採したら そこに苗木を植えてまた50年先を待つ・・・ってことだったので、あまり

商売としたら博打みたいなものだなと私は思います。でも、そう一言でいってしまうとご先祖さんがそれこそ束になって 化けて出てきます。お先祖さんが苦労してくれたおかげでいまの

私たちがまぁなんとか暮らしていける基盤ができてるのですから。でもね、この時代 山ほど持っていて困るものもないですよ。維持管理なんて50年前のようにできないし、木材自体

こちらが半世紀苦労してきたことに見合う値段になりません。それどころか 家の建築材として使われず 木材チップに加工されてしまう、安く買いたたかれて・・。端材で割り箸も

輸入したほうがコスト的にも安い。山に群がる危ない中国からの買い占めも危惧されるし・・・、こっちは生えてる木とその山ごと買ってほしいと願うけど、山は要らないってね。

それでも涙が出るくらい安い値段をつけられたりしたら 「そんな交渉こっちからお断り」って、ご先祖さんもそっちに化けて出てあげて!と思います。


そんなハガキの束に 年賀状がたくさんありました。私が見ても地区内の苗字はわかってもそこに書かれた名前は皆先代さんのようで 知りません。で、ハガキをまじまじと見ていて

「これって今は書かれてないよね」と思う、文言が。



このハガキは昭和31年のお年玉付きです。おばあちゃんは29年にお嫁に来たのでハガキの束には 実家の父親からのものもありました。当時は今のように宛名も裏も印刷したものは

なく、みんな筆で手書きです。つくづくこの時代に生まれてなくてよかったなぁ。私なんか悪筆だから一枚一枚手で、筆で書くなんてことは恐ろしくてできません。

ハガキの表、下側に≪差出上の注意≫が書かれていて、12月14日以前1月11日以後に差し出すときは1円切手を貼って出すようにとあります。おまけに年賀状としないで普通に

出すときも1円切手を貼り足すことのようです。あくまでも これは年賀はがきとして販売しているのだからそれ以外に使うには1円不足のハガキってことか。現在は 余った年賀はがきは

みな普通に使っているから、60年の間にそんな取り決めも変わったんでしょう。おまけに大きさも一回りほど小さいのです。



この当時は4円ハガキだったみたいです。左側はふきのとうの図柄でくじ付き寄付金付き。寄付金付きの年賀はがきは今もあるのでしょうか?よくよく見たことないからなぁ、くじに当たって

いるかどうかしか見ないから。右のハガキも同じ31年の年賀はがきで寄付金は無し。4円で出せますが、こちらも12月14日以前1月11日以後に出すときは1円切手を貼り足すこと、と

書かれています。今は52円。ハガキも13倍になったのですね。今年の図柄は12年前の図柄のひつじがマフラーを編み上げたというストーリーになっていると話題になっていたけど、

60年前の図柄はツルが飛んでいるさまだけで、地味です。



こちらは左が33年の普通のハガキです。図柄は国会議事堂みたいね。右の年賀はがきは32年。寄付金付きで、相変わらず1円切手貼り足すことの注意が書かれています。図柄は

松竹梅ですが、図柄の上に≪日本郵便≫の文字。きっと図柄が丸い円いっぱいに描かれたため入らなかったのでしょうね。



昭和33年の年賀はがきです。寄付金付きは右側。梅にウグイスの図。イラスト風に描かれた昨今のものより日本的な絵に見えます。左は寄付金無しの年賀はがき。切手部分が四角になって

います。現在のものに近い感じです。こうしてみると 切手の図柄は毎年変わっているのがおもしろいです。こちらは富士山を表しているのでしょう。まだこの年も1円切手を足すことの

文が書かれている。いったいいつまでこの文が書かれていたんでしょう・・・


おばあちゃんが焼いていたハガキや手紙の束に 海外から送られてきたのもあったらしくハラリと切手が落ちていたので「これって珍しいかも」となにやら下心を隠しながら私は「これ

もらう!」と切手を調べることにしました。



メキシコの切手、なにやら不思議な仮面のようです。きっと60年前の切手だから、それも海外モノ、珍しいよきっと・・・と調べたら、どうも普通の価値しかないみたい。何枚かセット

でそう、たいした額にもなっていなかった。下心だすと、やっぱなんでもあかんのよね・・・いまは使われてないのかもメキシコでも。でも、誰?メキシコに知った人でもいたのか?

アミーゴ?テキーラ?ちがったか?



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なんということでしょう!

2015-02-04 05:30:00 | 我が家
年越しの節分を前におばあちゃんとお墓の掃除をしに行った時のこと。

我が家のお墓は 集団墓地ではなく山の中腹に我が家だけのお墓があります。ご先祖様のお墓と三界万霊之塔が建立されています。田舎のお墓ならだいたいこのような形態だと思うのですが

私たちも高齢の域に達していくうえで、山の中腹までの石段を上がっていくことがしんどいよね・・ということを、お墓に向かいながらいつも話します。そんなご先祖様には失礼な会話を

毎度聞かせてしまったせいなのかとんでもないことが起きていました。おばあちゃんより先にお墓の下まで来て、石段を上がるためにシカやイノシシ除けのための簡単なゲートを開けて

お墓を見上げて思わず「えぇ!何が起きたの」と私。急いで20段はある石段を駆け上がって見たら 墓石の前にある花筒や挿していたびしゃこが散乱しています。



こんなことは私が生まれてからお墓で見たことはありません。すぐに頭にひらめいたのは「誰がやったの!こんなこと」でした。花筒は水がこぼれてしまい挿していたびしゃこは枯れています

「墓が荒らされてる」と階段下にやってきたおばあちゃんにそう言うと「なんやて」とおばあちゃんも慌ててやってきます。一目見て「サルやな」と言います。サルにしてはきれいすぎる気が

しますが・・・サルの荒らし方がきれいとは言えないけど、サルならもう少しフンをするとか何かの食べかすとかありそうなもの、そんなものは見当たりません。

「とにかくカメラ取ってくる」と私はきつい石段を飛び下りながら、家に走ります。幸い家は遠くはないから走ってまた戻ってきます。

墓石は全部で11基。あまりの散らかりように全部荒らされたと思ったけど、なぜか4基は無事。それも奥まったものと私のひいひい祖父母のお墓が不思議なことに荒らされていません。



先月の15日にびしゃこをさしかえたとおばあちゃんがいうのでこの二週間の間の出来事のようです。でも花筒を割られずに済んでよかった・・・とおばあちゃんは言うけど、この状態は

許せませんよね。確かに人為的なことならもっとめちゃくちゃになっているとも考えられます。でも、サルの集団ってこの近くでは見なかったけど・・・一匹のサルが家の裏山に来て

おばあちゃんと私とこげで サルに向かって「こげ!吠えたれ、やったれ」とけしかけたけど、あいつが仕返しにこんな悪戯をしたのか?全くもって腹の立つ。

砂地に花筒を差し込み、また家まで水を汲みに走り私はひと汗もふた汗もかきました。



サルめ!何をしたかったのよ、花筒の水でも飲みたかったのか?ほんとに、過疎地のお墓はサルやらシカやらイノシシの遊び場になりつつあるのよね・・・


それとも、ご先祖様がなにかこの世の私たちに言いたいことでもあったのか?あるならあるで、こんな卑怯なことせずに面と向かって言って来いよ!と思ったのでした。

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