浜松市の集団食中毒はパンがノロウイルスに汚染されていることが原因と断定されました。
パン工場の検品作業にあたっていた社員数名からノロウイルスが検出されたとのこと。
しかし「ノロウイルス陽性者に嘔吐下痢の症状はなかった」との報道に驚かれた方が多かったのではないでしょうか。
感染しても症状が出ない状態を「不顕性感染」と呼びます。
まあ本人は無症状でつらくないからいいのですが、やっかいなのは「他人にうつす」能力があることです。
本人も知らないうちに加害者になり得るのです。
この「不顕性感染」、いろんな感染症にふつうにみられる現象です。
だから感染症は、症状がある人だけ目の敵にして隔離しても、完璧な対策にはなりません。
私が調べ得た不顕性感染率を表にまとめましたのでご参考にどうぞ。
★ 「風邪のおはなし」の「不顕性感染率」の項
抜粋しますと、
<ウイルス感染症の不顕性感染率>
インフルエンザ:20~30%
風疹 :20~50%
ノロウイルス:20~50%
ロタウイルス:20~30%
などなど。
「じゃあどうやって予防するの?」という素朴な疑問が生じます。
結論から申し上げると「無理」です。
病院ではアメリカのCDCが提唱している「スタンダード・プリコーション」(すべての患者に適用する疾患非特異的な予防策)という考え方が採用されています。全ての患者の血液・汗を除く体液(唾液,胸水,腹水,心嚢液,脳脊髄液等すべての体液)のみならず、分泌物・排泄物・傷のある皮膚・粘膜などをすべて感染源とみなし、予防策を講じることです。
具体的には、以下のことを励行します;
1.一患者、一処置ごとの手洗いの励行
2.患者の体液に触れる可能性がある場合は、手袋・マスク・ゴーグル、必要に応じてフェイスシールドや防水ガウンなどを着用する
3.鋭利な器材などは適切に取り扱う
4.使用したリネンや器材を適切に処理する
5.環境の整備
6.必要な場合は患者の隔離
勤務医時代は1の手洗いを患者毎に行うだけで、手が荒れて大変でした。
これらを日常生活の中で行うことは・・・無理ですねえ。
ここで視点を変えてみましょう。
「感染しても症状が出ない状態」で何か連想することはありませんか?
実は、このメカニズムを逆手にとって医療に応用したのが「生ワクチン」なのです。
弱毒化したウイルスなどの病原体を人体に投与し、症状は出ない(たまに軽く出ることがありますが)けど免疫反応を起こして抗体を作らせる方法を確立した人類の英知。まあ、現時点では全ての感染症に対するワクチンはありませんが。
話題のノロウイルスに対するワクチンは現在開発中です。
誤解を避けるために記しておきますが、生ワクチンと不顕性感染が違うところは、生ワクチンを接種した人から他人に感染することはありませんので、ご安心を。
さて、「不顕性感染」に加えて感染症対策の大きな壁として立ちはだかるのが「ウイルス排泄期間」です。
他人にうつす能力があるのは症状がある間だけとは限りません。
症状の出る前(潜伏期)の後半にウイルスの排出ははじまり、さらに症状が消失してからもウイルスはしばらくの間居残るのがふつうです。
前出「風邪のおはなし」の「感染症と隔離について」の項目をご覧ください。
そこに「ノロウイルスの排泄期間」という表があります。
「1歳以下の乳児の70%以上が症状消失後も2週間以上便からノロウイルスを排出している」と読み取れますね。
つまり「ノロウイルスの流行期に下痢が治まって登園してきた園児はまだウイルスを排出していて感染力が残っている」のが紛れもない事実なのです。
保育園はよく「治癒証明書を書いてもらってください」と要求しますが、感染力がゼロになるまでに3週間くらいかかりますから、現実的ではありません。
「感染力がゼロになるまで休んでください」という方針をとると、園から園児が消えてしまい、感染症が流行する度に閉園する必要が出てきます。
感染対策に立ちはだかる「不顕性感染」「ウイルス排泄期間」問題は現代の医学でも解決できない難問です。
結局は集団生活をしているなら「うつるのはお互い様」と開き直るしかありません。
ここでまた視点を変えて注目していただきたい事実があります。
浜松の集団食中毒でも、パンを食べた生徒全員が嘔吐下痢を発症したわけではありませんよね。
では発症しなかった児童と発症した児童の差は何?
食べた量にもよるのでしょうが、発症しなかった児童はおそらくふだんから便通がよく、腸内細菌叢が元気であることが想像されます。
腸内細菌叢が元気であれば、悪玉菌が入ってきても排除してくれるのです。
これはその昔、病原性大腸菌O-157の集団食中毒で判明した事実です。
発症者と非発症者を比較すると、発症者はふだんから便通が不安定(便秘気味)、非発症者は快食快便の傾向があったとの報告を読んだことがあります。
〇 排便習慣が1日1回以上で、朝食後にすぐ排便する小児が軽症で、便秘で排便時期不定の小児は重症化していた。
〇 菌の腸内での停滞時間が長いほど増菌され、粘膜への直接侵襲で血便となる。
〇 重症化予防には日常の良い排便習慣が形成されることが望ましい。
また、発症/非発症者の生活習慣の違いを検討した報告もあります。
というわけで、究極の感染対策は「ふだんから体を健康に維持すること」という当たり前の結論に落ち着くのです。
これを医学として発展させたのが「プロバイオティクス」という分野ですね。
パン工場の検品作業にあたっていた社員数名からノロウイルスが検出されたとのこと。
しかし「ノロウイルス陽性者に嘔吐下痢の症状はなかった」との報道に驚かれた方が多かったのではないでしょうか。
感染しても症状が出ない状態を「不顕性感染」と呼びます。
まあ本人は無症状でつらくないからいいのですが、やっかいなのは「他人にうつす」能力があることです。
本人も知らないうちに加害者になり得るのです。
この「不顕性感染」、いろんな感染症にふつうにみられる現象です。
だから感染症は、症状がある人だけ目の敵にして隔離しても、完璧な対策にはなりません。
私が調べ得た不顕性感染率を表にまとめましたのでご参考にどうぞ。
★ 「風邪のおはなし」の「不顕性感染率」の項
抜粋しますと、
<ウイルス感染症の不顕性感染率>
インフルエンザ:20~30%
風疹 :20~50%
ノロウイルス:20~50%
ロタウイルス:20~30%
などなど。
「じゃあどうやって予防するの?」という素朴な疑問が生じます。
結論から申し上げると「無理」です。
病院ではアメリカのCDCが提唱している「スタンダード・プリコーション」(すべての患者に適用する疾患非特異的な予防策)という考え方が採用されています。全ての患者の血液・汗を除く体液(唾液,胸水,腹水,心嚢液,脳脊髄液等すべての体液)のみならず、分泌物・排泄物・傷のある皮膚・粘膜などをすべて感染源とみなし、予防策を講じることです。
具体的には、以下のことを励行します;
1.一患者、一処置ごとの手洗いの励行
2.患者の体液に触れる可能性がある場合は、手袋・マスク・ゴーグル、必要に応じてフェイスシールドや防水ガウンなどを着用する
3.鋭利な器材などは適切に取り扱う
4.使用したリネンや器材を適切に処理する
5.環境の整備
6.必要な場合は患者の隔離
勤務医時代は1の手洗いを患者毎に行うだけで、手が荒れて大変でした。
これらを日常生活の中で行うことは・・・無理ですねえ。
ここで視点を変えてみましょう。
「感染しても症状が出ない状態」で何か連想することはありませんか?
実は、このメカニズムを逆手にとって医療に応用したのが「生ワクチン」なのです。
弱毒化したウイルスなどの病原体を人体に投与し、症状は出ない(たまに軽く出ることがありますが)けど免疫反応を起こして抗体を作らせる方法を確立した人類の英知。まあ、現時点では全ての感染症に対するワクチンはありませんが。
話題のノロウイルスに対するワクチンは現在開発中です。
誤解を避けるために記しておきますが、生ワクチンと不顕性感染が違うところは、生ワクチンを接種した人から他人に感染することはありませんので、ご安心を。
さて、「不顕性感染」に加えて感染症対策の大きな壁として立ちはだかるのが「ウイルス排泄期間」です。
他人にうつす能力があるのは症状がある間だけとは限りません。
症状の出る前(潜伏期)の後半にウイルスの排出ははじまり、さらに症状が消失してからもウイルスはしばらくの間居残るのがふつうです。
前出「風邪のおはなし」の「感染症と隔離について」の項目をご覧ください。
そこに「ノロウイルスの排泄期間」という表があります。
「1歳以下の乳児の70%以上が症状消失後も2週間以上便からノロウイルスを排出している」と読み取れますね。
つまり「ノロウイルスの流行期に下痢が治まって登園してきた園児はまだウイルスを排出していて感染力が残っている」のが紛れもない事実なのです。
保育園はよく「治癒証明書を書いてもらってください」と要求しますが、感染力がゼロになるまでに3週間くらいかかりますから、現実的ではありません。
「感染力がゼロになるまで休んでください」という方針をとると、園から園児が消えてしまい、感染症が流行する度に閉園する必要が出てきます。
感染対策に立ちはだかる「不顕性感染」「ウイルス排泄期間」問題は現代の医学でも解決できない難問です。
結局は集団生活をしているなら「うつるのはお互い様」と開き直るしかありません。
ここでまた視点を変えて注目していただきたい事実があります。
浜松の集団食中毒でも、パンを食べた生徒全員が嘔吐下痢を発症したわけではありませんよね。
では発症しなかった児童と発症した児童の差は何?
食べた量にもよるのでしょうが、発症しなかった児童はおそらくふだんから便通がよく、腸内細菌叢が元気であることが想像されます。
腸内細菌叢が元気であれば、悪玉菌が入ってきても排除してくれるのです。
これはその昔、病原性大腸菌O-157の集団食中毒で判明した事実です。
発症者と非発症者を比較すると、発症者はふだんから便通が不安定(便秘気味)、非発症者は快食快便の傾向があったとの報告を読んだことがあります。
〇 排便習慣が1日1回以上で、朝食後にすぐ排便する小児が軽症で、便秘で排便時期不定の小児は重症化していた。
〇 菌の腸内での停滞時間が長いほど増菌され、粘膜への直接侵襲で血便となる。
〇 重症化予防には日常の良い排便習慣が形成されることが望ましい。
また、発症/非発症者の生活習慣の違いを検討した報告もあります。
というわけで、究極の感染対策は「ふだんから体を健康に維持すること」という当たり前の結論に落ち着くのです。
これを医学として発展させたのが「プロバイオティクス」という分野ですね。