当院は小児科ですが、アレルギー科も標榜しているので湿疹やアトピー性皮膚炎の相談にこられる患者さんもいらっしゃいます。
赤ちゃんではじめて湿疹が出て心配になり受診される方、他院に通っていたけどなかなか良くならない方など、様々です。
「皮膚科に通っていたけどよくならないので受診」パターンには困ってしまいます。
ほとんどの皮膚科の先生は、当院より強いステロイド軟膏を処方しているからです。小児科医である私は臆病者なので、強度が5ランクに分類されているステロイド軟膏のうち、中等度以下に分類されている軟膏しか使っていません。一方、皮膚科医は上位にランクされている軟膏を処方しています。
ではなぜよくならないのか?
それは「塗り方の指導がされていないから」だと感じています。
「これを塗って、よくなったらやめてください」程度が多い印象。
一方、患者さんが知りたいことは、どのくらいの量をどれくらいの期間塗るとよくなるのか、やめた後悪化したらどうするか、ふだんのスキンケアの方法は、入浴法は、生活上の注意点は・・・等々たくさんたくさんあるのです。
アトピー性皮膚炎治療の基本は「皮膚の保湿ケア」です。ステロイド軟膏が薬物治療の中心ですが、すべてではありません。
日々皮膚に刺激となるものを避け、保湿剤を複数回塗るのを日課とし、それをベースにして悪化時はステロイド軟膏の力を借りる、という感覚であり「これを塗って、よくなったらやめてください」だけでは解決しないのです。
しかし、これらのことを一通り説明しているとひとりの患者さんに30分くらいかかり、外来診療が止まってしまいます。
当院では患者さん用のプリントを複数作成し、ポイントだけ説明してあとは帰宅後読んでもらっていますが、それでも説明が大変です。
小児科より患者数が多い皮膚科では、おそらくそこまで手が回らないのでしょう。
ぜこんな風になってしまうんだろう?
と日々疑問に思っていたところ、ふと「日本の医療システムに問題があるのではないか?」と気になり出しました。
日本は「国民皆保険制度」を採用しており、いつでもどこでも標準医療を受けることができ、平均寿命も世界一を達成しています。
高齢化社会に伴い、医療費がかさんで政府は「医療費削減」と声高に叫んでいます。
当然、日本の総医療費も世界一かかっているんだろう、と思いきや、実は先進国の中では低い方なのです。
なぜ「少ない医療費で長寿世界一」という奇蹟が可能なのか?
それは医師が「医は仁術」というボランティア精神で身を削って働いてきたからです。休日出勤や当直明けの連続勤務は当たり前、いつポケベルで呼ばれても30分以内に病院へ駆けつける・・・それもとうとう限界となり、近年の「医療崩壊」に至ったわけです。
他にも弊害が発生しています。
アクセスが簡単なので患者さんが多数来院します。すると医療費が膨れあがるから厚労省はひとり当たりの患者さんの医療費(単価)を減らさざるを得ません。これが「診療報酬を減額する」ということです。すると医院は経営が成り立たなくなるからもっとたくさんの患者さんを診ないとつぶれてしまう・・・こうして出来上がった「薄利多売の悪循環」あるいは「3分間診療」。
診療報酬(単価)を上げて、患者数を減らして、ゆっくりじっくり診療に向かうよう舵を切るべき時なのに、厚労省はさらに診療報酬を下げようとしていますから、この悪循環に拍車がかかることは目に見えています。むなしいですね。
民主党の公約に「総医療費を先進国標準に引き上げる」というものがあったはずですが、どこに忘れてきてしまったのでしょう。医療費抑制政策が続けば、医療崩壊も進むこと間違いなし。
小児科開業医の私は、毎日50~100人の患者さんを診療しています。でも、この数字は欧米の医師にとっては驚異的らしい。
こんな笑い話を耳にしました。
ある国際学会の会場で、診療する患者さんの数が話題になり、日本の医師が「100人くらいですかねえ」と言ったところ、アメリカの医師が「1週間に100人も診るのですか、それは多い」と驚いたそうです。(いや1週間ではなく、1日の患者数なんだけど・・・)と心の中で思ったけど言える雰囲気ではなかった、と。
アメリカのアレルギー専門医は、1週間に100人以下、つまり1日20人以下の患者さんしか診療していない・・・これが世界標準?
確かにそれくらいの余裕があれば、医師も患者も納得できる医療が実現できそう。
イギリスでは家庭医(GPと呼ばれます)制度があります。どんな病気でも最初はそこを受診し、必要であれば紹介状を書いてもらい専門医を受診する安心システム。しかし、逆に必要と判断されなければ専門医にかかるのは難しいという面もなきにしもあらず。
例えば、アトピー性皮膚炎の子どもが家庭医の診療に満足できず、独自にアレルギー専門医の診療を受けようとすれば、自分で予約することになり、平均3ヶ月待たされるそうです。
「ここの先生とは馬が合わないから、あちらの医院へ行ってみよう」という日本のようなドクターショッピングの自由はイギリスにはありません。
というわけで、日本の医療は良かれ悪しかれ「薄利多売システム」が現状。
これは国民(つまり患者さん自身)の希望が反映されていると思います。日本人は欧米のような「ゆっくりじっくり診療」よりも「気軽に受診して薬をもらえる診療」を選んできたのではないでしょうか。
実際に、現在でも「薬だけください」という患者さんが後を絶たず困っています(診察なしの薬処方は法律違反です!)。
このようなシステムの中で「ゆっくりじっくり診療」を望む患者さんがはじき出されてしまいがちなのは、仕方のないことなのかもしれません。
冷静に考えてみてください。患者さんが望む理想の医療は・・・
1.いつでもどこでも最高の医療
2.患者さんが納得するまで懇切丁寧な説明
3.安い医療費
・・・すべてを実現している国が果たして存在するでしょうか?
もし可能だとすれば、専属の医師と契約できる個人のお金持ちだけでしょう(3の条件は満たしませんが)。
ここで提案があります。
「ゆっくりじっくり医療」を希望する方は、開業医を渡り歩くのではなく、総合病院の専門外来をお勧めします。特にほとんどの小児科には「アレルギー外来」が設置されています。
私も昔勤務医でしたが、予約制の専門外来では理想の診療を追求していました。当然、ひとりの患者さんに使える時間も今より多かった。
なぜそれが可能なのか?
理由は、病院は自治体からの寄付(つまり税金)があるので経営を最優先に考えなくてもよいから。寄付金をもらえない零細企業の開業医ではそれは許されません(あらら、半分愚痴になってしまいました)。
視点を変えれば、役割分担ですね。軽症患者さんは開業医、ゆっくりじっくり診療が必要な患者さんは病院へ。
まとめますと、日本のアトピー性皮膚炎診療の問題点「説明不足で患者さんが満足していない」の原因の一つは、国民皆保険制度による薄利多売システムの弊害ではないかと考える次第です。
総合的にはメリットの方が勝るので、国民皆保険制度を否定するものではありませんが。
この辺をご理解いただき、患者さんも医療機関を受診していただければ幸いです。
赤ちゃんではじめて湿疹が出て心配になり受診される方、他院に通っていたけどなかなか良くならない方など、様々です。
「皮膚科に通っていたけどよくならないので受診」パターンには困ってしまいます。
ほとんどの皮膚科の先生は、当院より強いステロイド軟膏を処方しているからです。小児科医である私は臆病者なので、強度が5ランクに分類されているステロイド軟膏のうち、中等度以下に分類されている軟膏しか使っていません。一方、皮膚科医は上位にランクされている軟膏を処方しています。
ではなぜよくならないのか?
それは「塗り方の指導がされていないから」だと感じています。
「これを塗って、よくなったらやめてください」程度が多い印象。
一方、患者さんが知りたいことは、どのくらいの量をどれくらいの期間塗るとよくなるのか、やめた後悪化したらどうするか、ふだんのスキンケアの方法は、入浴法は、生活上の注意点は・・・等々たくさんたくさんあるのです。
アトピー性皮膚炎治療の基本は「皮膚の保湿ケア」です。ステロイド軟膏が薬物治療の中心ですが、すべてではありません。
日々皮膚に刺激となるものを避け、保湿剤を複数回塗るのを日課とし、それをベースにして悪化時はステロイド軟膏の力を借りる、という感覚であり「これを塗って、よくなったらやめてください」だけでは解決しないのです。
しかし、これらのことを一通り説明しているとひとりの患者さんに30分くらいかかり、外来診療が止まってしまいます。
当院では患者さん用のプリントを複数作成し、ポイントだけ説明してあとは帰宅後読んでもらっていますが、それでも説明が大変です。
小児科より患者数が多い皮膚科では、おそらくそこまで手が回らないのでしょう。
ぜこんな風になってしまうんだろう?
と日々疑問に思っていたところ、ふと「日本の医療システムに問題があるのではないか?」と気になり出しました。
日本は「国民皆保険制度」を採用しており、いつでもどこでも標準医療を受けることができ、平均寿命も世界一を達成しています。
高齢化社会に伴い、医療費がかさんで政府は「医療費削減」と声高に叫んでいます。
当然、日本の総医療費も世界一かかっているんだろう、と思いきや、実は先進国の中では低い方なのです。
なぜ「少ない医療費で長寿世界一」という奇蹟が可能なのか?
それは医師が「医は仁術」というボランティア精神で身を削って働いてきたからです。休日出勤や当直明けの連続勤務は当たり前、いつポケベルで呼ばれても30分以内に病院へ駆けつける・・・それもとうとう限界となり、近年の「医療崩壊」に至ったわけです。
他にも弊害が発生しています。
アクセスが簡単なので患者さんが多数来院します。すると医療費が膨れあがるから厚労省はひとり当たりの患者さんの医療費(単価)を減らさざるを得ません。これが「診療報酬を減額する」ということです。すると医院は経営が成り立たなくなるからもっとたくさんの患者さんを診ないとつぶれてしまう・・・こうして出来上がった「薄利多売の悪循環」あるいは「3分間診療」。
診療報酬(単価)を上げて、患者数を減らして、ゆっくりじっくり診療に向かうよう舵を切るべき時なのに、厚労省はさらに診療報酬を下げようとしていますから、この悪循環に拍車がかかることは目に見えています。むなしいですね。
民主党の公約に「総医療費を先進国標準に引き上げる」というものがあったはずですが、どこに忘れてきてしまったのでしょう。医療費抑制政策が続けば、医療崩壊も進むこと間違いなし。
小児科開業医の私は、毎日50~100人の患者さんを診療しています。でも、この数字は欧米の医師にとっては驚異的らしい。
こんな笑い話を耳にしました。
ある国際学会の会場で、診療する患者さんの数が話題になり、日本の医師が「100人くらいですかねえ」と言ったところ、アメリカの医師が「1週間に100人も診るのですか、それは多い」と驚いたそうです。(いや1週間ではなく、1日の患者数なんだけど・・・)と心の中で思ったけど言える雰囲気ではなかった、と。
アメリカのアレルギー専門医は、1週間に100人以下、つまり1日20人以下の患者さんしか診療していない・・・これが世界標準?
確かにそれくらいの余裕があれば、医師も患者も納得できる医療が実現できそう。
イギリスでは家庭医(GPと呼ばれます)制度があります。どんな病気でも最初はそこを受診し、必要であれば紹介状を書いてもらい専門医を受診する安心システム。しかし、逆に必要と判断されなければ専門医にかかるのは難しいという面もなきにしもあらず。
例えば、アトピー性皮膚炎の子どもが家庭医の診療に満足できず、独自にアレルギー専門医の診療を受けようとすれば、自分で予約することになり、平均3ヶ月待たされるそうです。
「ここの先生とは馬が合わないから、あちらの医院へ行ってみよう」という日本のようなドクターショッピングの自由はイギリスにはありません。
というわけで、日本の医療は良かれ悪しかれ「薄利多売システム」が現状。
これは国民(つまり患者さん自身)の希望が反映されていると思います。日本人は欧米のような「ゆっくりじっくり診療」よりも「気軽に受診して薬をもらえる診療」を選んできたのではないでしょうか。
実際に、現在でも「薬だけください」という患者さんが後を絶たず困っています(診察なしの薬処方は法律違反です!)。
このようなシステムの中で「ゆっくりじっくり診療」を望む患者さんがはじき出されてしまいがちなのは、仕方のないことなのかもしれません。
冷静に考えてみてください。患者さんが望む理想の医療は・・・
1.いつでもどこでも最高の医療
2.患者さんが納得するまで懇切丁寧な説明
3.安い医療費
・・・すべてを実現している国が果たして存在するでしょうか?
もし可能だとすれば、専属の医師と契約できる個人のお金持ちだけでしょう(3の条件は満たしませんが)。
ここで提案があります。
「ゆっくりじっくり医療」を希望する方は、開業医を渡り歩くのではなく、総合病院の専門外来をお勧めします。特にほとんどの小児科には「アレルギー外来」が設置されています。
私も昔勤務医でしたが、予約制の専門外来では理想の診療を追求していました。当然、ひとりの患者さんに使える時間も今より多かった。
なぜそれが可能なのか?
理由は、病院は自治体からの寄付(つまり税金)があるので経営を最優先に考えなくてもよいから。寄付金をもらえない零細企業の開業医ではそれは許されません(あらら、半分愚痴になってしまいました)。
視点を変えれば、役割分担ですね。軽症患者さんは開業医、ゆっくりじっくり診療が必要な患者さんは病院へ。
まとめますと、日本のアトピー性皮膚炎診療の問題点「説明不足で患者さんが満足していない」の原因の一つは、国民皆保険制度による薄利多売システムの弊害ではないかと考える次第です。
総合的にはメリットの方が勝るので、国民皆保険制度を否定するものではありませんが。
この辺をご理解いただき、患者さんも医療機関を受診していただければ幸いです。