小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

long-covid(新型コロナ後遺症)の実態2023

2023年10月02日 06時41分00秒 | 予防接種
何かと話題になり、気になる“long-covid(新型コロナ後遺症)”。
その実態報告が目に留まりましたので紹介します。

まあ、だいたい予想される範囲の結果ですが、
今回の報告では「感染者と非感染者の症状出現頻度の比較」を導入した点が斬新ですね。
体の不調を訴える人は、コロナ感染にかかわらず一定頻度発生するのが現実です。
非感染者と感染者を比較検討することで、
新型コロナ感染による long-covid の実態がはじめて浮かび上がるのです。

これは、HPVワクチン(子宮頸がんワクチン)による副反応が検討された時(名古屋スタディ)と同じ手法です。
ワクチン接種後の副反応と訴える人と、ワクチン未接種者での同じ症状の出現頻度を比較しないと、ワクチンの影響が科学的に評価できません。
名古屋スタディでは、ワクチン接種者と未接種者で症状出現頻度が変わらないことが証明され、この結果をもって「HPVワクチンは安全である」と積極的勧奨再開につながりました。

▢ 感染者のCOVID-19罹患後症状、非感染者の2~3倍「3つの住民調査が明かしたLong COVIDの実態」オミクロン株流行期で割合が低く、11.7~17.0%

 新型コロナウイルス感染症の罹患後症状(Long COVID)は、
・成人の方が小児により2~4倍高い。
・感染者は非感染者より2~3倍高い。
・オミクロン株流行期では低い。
・感染前のワクチン接種者で低い。
・症状があった感染者は主観的経済状況が悪化。

 研究は、・・・東京都品川区、北海道札幌市、大阪府八尾市の3つの住民調査からなる・・・ここでのLong COVIDの定義は、WHOの「感染から3カ月経過して時点で、少なくとも2カ月以上持続した症状」を採用している。

ポイント1◇成人が小児より高い
 3つの住民調査全体で見ると、何らかの罹患後症状があると回答した割合は、成人の方が小児より2~4倍高かった。
 3つの住民調査別に症状のある人の割合を見ると、成人については、札幌市(感染時期1~6波に該当)で23.4%、八尾市(同4~6波)で15.0%、品川区(同7波)で11.7%だった。小児については、八尾市(4~6波)、札幌市(1~7波)ともに6.3%だった。

ポイント2◇感染者が非感染者より高い
 3つの住民調査では感染者と非感染者の比較をしている点が特徴の1つ。全体で見ると、感染者のLong COVIDの割合は、非感染者が何らかの症状を有していた割合より、2~3倍高かった。住民調査ごとに見ると、成人の場合、札幌市では感染者が23.4%、非感染者が9.1%、八尾市ではそれぞれ15.0%と4.4%、品川区ではそれぞれ11.7%と5.5%だった。同様に小児の場合は、札幌市で感染者6.3%、非感染者3.0%、八尾市でそれぞれ6.3%と2.2%だった。

ポイント3◇オミクロン株流行期で低い
 COVID-19感染時期による比較では、Long COVIDの割合はオミクロン株流行期(6~7波)の方が他の流行期に比べて低かった。成人の場合、オミクロン株流行期は11.7~17.0%だったのに対し、アルファやデルタ株流行期(4~5波)は25.0~28.5%だった。小児の場合も同様で、オミクロン株流行期は5.8~7.3%だったのに対し、アルファやデルタ株流行期(4~5波)は6.5~13.7%だった。

ポイント4◇感染前のワクチン接種者で低い
 ワクチン接種歴とLong COVIDの関連を調べたところ、成人、小児ともに、ワクチン未接種者に比べて、感染前のワクチン接種者の方がLong COVIDを有する割合が低かった。・・・

ポイント5◇症状があった感染者は主観的経済状況が悪化
 このほかLong COVIDが個人の主観的な経済状況に及ぼす影響についても解析している。その結果、3つの住民調査とも、症状がなかった非感染者に比べて、Long COVIDがあった感染者では主観的な経済状況が悪化していた。また、八尾市(4~6波)と品川区(7波)の調査では、Long COVIDを認めた感染者だけでなく、遷延する症状があった非感染者でも主観的な経済状況が悪化していた。・・・

 今回の研究は、Long COVIDを自覚症状に基づいて評価しており、医学的に評価されたものではない点が限界の1つ。また、若年層や男性で回答率が低い傾向が見られ、結果に影響した可能性も指摘されている。こうした限界はあるものの、住民調査でLong COVIDの実態の一端が明らかになった意義は大きい。特に、感染者と非感染者を比較した点は、Long COVIDを理解する新たな視点となっている。

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新型コロナワクチンを接種すると「超過死亡」が減ることが証明されました。

2023年08月13日 16時27分46秒 | 予防接種
ある感染症に対して、そのワクチンが効いているのかどうか、
実はこれを判定するのは簡単なことではありません。

血液中の抗体価を測ればわかる、という意見もありますが、
その抗体が「感染を阻止する」とイコールとは限りませんし。

誰もが納得するデータとして“超過死亡”という数字があります。
これは、ワクチン接種者と非接種者を何万人、何十万人単位でその死亡数を比較し、
統計学的に有意差があるかどうか評価する方法です。

ワクチンを接種した10万人と
ワクチンを接種しない10万人、
この2つのグループを比較して、
死亡率に差があったかどうか?

・・・差がなければ「ワクチン無効」と言えますし、
ワクチン接種者で死亡率が低ければ「ワクチン有効」
ワクチン接種者で死亡率が高ければ「危険なワクチン」
と判断されます。

シンプルでわかりやすい。
そんな解析報告を扱う記事が目に留まりました。

結論は、
 新型コロナウイルスワクチンによる死亡確率は、
 デルタ変異株が流行した2021年7~9月で17.3%、
 オミクロン変異株が流行した2022年1~6月で36.2%と100%を大きく下回り、
 ワクチン接種に伴う死亡リスクの増加を認めることはありませんでした。
・・・つまりワクチンは有効であり安全、ということ。

▢ コロナワクチンと超過死亡との関係は? 米研究チームが専門誌で報告
 青島周一/勤務薬剤師/「薬剤師のジャーナルクラブ」共同主宰
2023/8/13:日刊ゲンダイ)より抜粋;
 インターネット上では、「新型コロナウイルスワクチンの接種による超過死亡」といった情報をしばしば見かけます。超過死亡とは、集団の死亡率が一時的に増加し、本来的な死亡率の期待値を超えてしまう現象のことです。しかし、ワクチン接種と超過死亡の関連については、質の高い研究データが限られていました。そんな中、新型コロナウイルスワクチンの死亡リスクを調査した研究論文が、ワクチンに関する専門誌に2023年2月7日付で掲載されました。 
 一般的に、ワクチンを接種した人では、健康状態が良好な傾向にあり、ワクチンの効果とは無関係に死亡リスクが低く示されることがあります。そのため、この研究では単純な死亡率を比較せず、超過死亡に関するデータを用いて検討が行われました。 
 具体的には、米ウィスコンシン州のミルウォーキー郡において観察された新型コロナウイルス感染症による死亡率を、新型コロナウイルス感染症以外の原因による死亡率で割り、感染症による超過死亡の確率を算出しています。さらに、新型コロナウイルスワクチン接種者の超過死亡の確率を、未接種者の超過死亡の確率で割り、同ワクチンによる相対的な死亡確率が見積もられました。死亡確率が100%を上回れば、ワクチンによる死亡リスクの増加を認めることになります。 
 解析の結果、新型コロナウイルスワクチンによる死亡確率は、デルタ変異株が流行した2021年7~9月で17.3%、オミクロン変異株が流行した2022年1~6月で36.2%と、100%を大きく下回り、ワクチン接種に伴う死亡リスクの増加を認めることはありませんでした
  論文著者らは「死亡に対するワクチン接種の実質的な予防効果が認められた」と結論しています。 

実は、ワクチンが超過死亡を減らしていたかどうかという検討は、
過去にインフルエンザワクチンでも行われています。

私が子どもの頃、インフルエンザワクチンは「定期接種」で、
集団接種するのが当たり前の時代でした。

しかしあるときから「ワクチン反対運動」が盛んになり、
1980年代に定期接種は中止に追い込まれました。
ワクチンの副反応を大々的に扱ったメディアの影響です。

その後、アメリカの研究者から研究報告が発表されました。
日本のワクチン定期接種期の超過死亡と、
日本のワクチン任意接種期の超過死亡を比較したのです。
もちろん、任意接種期は接種率が大きく低下していました。

すると、高齢者の超過死亡がワクチン定期接種期は低くなっていたことが判明しました。
つまり、子どもを中心とするワクチンの集団免疫により、
高齢者の命が守られていたのです。

この論文をこちらの記事で扱っていたので、一部を抜粋します;

 かつてインフルエンザワクチンも罪悪視され根強い市民運動による反対の時代がありました。小生自身もそう思い患者さんにワクチン接種を勧めることはありませんでした。これがどのような結果を招いたか2001年のN Engl J Medに下記の米国の論文が掲載されました。原著論文(original article)で小生にとって人生最大の衝撃だったのがこの論文です。


 かつて日本国内ではインフルエンザに対し小中学校でのワクチン接種が1987年まで義務となっていました。しかし副作用事例にマスコミや市民が過剰反応し、それ以降は任意接種となりました。厚生労働技官も人の子ですから批判に耐えられなかったのでしょう。
 小生もインフルエンザワクチン接種は意味がないと思い込み患者さんに勧めることはありませんでした。日本の多くの医師も同様だったと思います。
 これがどのような恐るべき結果を引き起こしたか、なんと米国の研究者によって発表されたのが上記の論文なのです。日本の厚労省の死亡統計を詳しく調べ上げて書かれた論文で「民主主義が常に正しいとは限らない」ということを小生痛感しました。
 この論文の要点は次の3点です。

・ 日本では1962年から1987年まで小中学校でのインフルエンザワクチン接種が義務だった。
・ 1987年の中止により、日本の全死亡率および高齢者の肺炎死亡率が上昇した。
・ ワクチン強制接種はherd immunity(集団免疫)により、老人の死亡率を抑制していた。

 私たちがインフルエンザワクチンを小中学生にしなかったことにより集団免疫が起こらず多くの高齢者を死に追いやっていたのです。2001年にこのN Engl J Medの論文を読んだとき、小生これは国内で大問題になると思いました。しかしこの論文はマスコミからは完全に黙殺され話題になることはありませんでした。自分たちが音頭を取ったことの結末にマスコミは責任を取らなかったのです。このとき以来小生、日本のマスコミが信じられないのです。ニュースで疑問があるときは必ずBBC、CNN、France2などを確認しております。

私もこの記事を書いた医師同様、マスコミを信用しなくなりました。
読者の不安を煽る内容の方が発行部数が伸びるので、
ワクチンの効果を報道せず、副反応だけ強調して報道するのです。
医療界ではマスコミのことを“マスゴミ”と揶揄して呼んでいます。

近年では、HPVワクチン報道もありました。
副反応を強調して報道し、HPVワクチンは「積極的勧奨中止」に追い込まれました。
上記記事の中にこのような文言があります;

子宮頚がんワクチン反対運動によりこの10年で、
国内で子宮頸がんに10万人以上が罹患し、
3万人が無駄に亡くなったことになります。

この責任はマスコミに一部あることは明らかでしょう。
本来なら刑事告発されてもおかしくない、そう思います。

現在、ワクチンの効果を報道する際には、副反応も同時に報道する義務があるそうです。
賛成意見と反対意見を両方扱わなくてはいけないらしい。
ん、ワクチン副反応報道の際、ワクチンの効果をキチンと報道していたのですか?



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ついに登場する“日本製”新型コロナワクチン「ダイチロナ®」(第一三共製薬)

2023年08月12日 06時13分45秒 | 予防接種
先日、新型コロナワクチンを接種してきました。
これで5回目です(すべてファイザー社製)。
今回は「医療関係者枠」としての接種です。

翌日朝、接種した腕の重痛さと悪寒で目が覚めました。
「やばい、熱が上がるのかな?」
と心配しましたが、36℃台後半にとどまり、
悪寒も午前中のうちに消えて、そのまま普通に診療できました。

さて、現時点での新型コロナワクチン、
以前より接種するモチベーションが下がりまくっています。
どう考えるべきでしょうか?

ひとつの答えは、
「接種しないと重症化リスクが高い人は接種すべし」
もっと極端に言うと、
「接種しないと死んでしまう高齢者は接種すべし」
というもの。

小児はどうでしょうか。
「子どもは罹っても軽症で済む」
ことはもはや常識になっています。
しかし、季節性インフルエンザよりは死亡者が多いという報告もあります。

「季節性インフルエンザに罹りたくなくて予防接種をする」
という考えの人は、それより危険な、
「新型コロナワクチンを接種する」
選択はありでしょう。

さて、新型コロナは変異し続けています。
前項で扱ったように、
日本ではオミクロン株系統のXBB株が多いのですが、
アメリカ、イギリス、中国では、
XBB株の変異株であるEG.5株が主流になりつつあります。

新たな変異株が出現するたびに、
「現行ワクチン、新しい変異株に効くの?」
という素朴な疑問が生まれます。

今のところ、発症阻止率は当初よりだいぶ低くなりましたが、
重症化予防率はそれなりに維持されているようです。
私の最近のワクチン効果のイメージは、
・発症阻止率:接種後は7割に一過性に上昇するが、数か月後には5割以下になる。
・重症化予防率:7割に上昇し、接種後半年くらい持続する
です。

さて、変異株が出現すると、それに対応するワクチンが迅速に作ることができるのがmRNAワクチンの特徴です。
現在、ファイザーとモデルナ社がXBB株対応ワクチンを作り、
アメリカで認可されました。
秋には日本にも入ってきます。

そんな事情を扱った、開業医のメルマガから情報を抜粋させていただきます。

▢ 谷口恭の「その質問にホンネで答えます」2023.8.7【Vol.116】 
 新型コロナウイルス(以下、単に「コロナ」)のワクチンがまたややこしくなってきています。
 結論から言えば、
・ 第一三共が開発したmRNA型ワクチン「ダイチロナ」は厚労省が販売を承認した。
・ 塩野義製薬が開発した「遺伝子組み換えたんぱくワクチン」は継続審議となった(販売が認められなかった)

となります。
 コロナワクチンについては本メルマガでも繰り返し取り上げていますが、ここでもう一度現時点で分かっていることを復習しておきましょう。比較的新しく、それなりの規模のものでエビデンスレベルが高い研究は過去にも紹介した米国退役軍人を対象とした医学誌「British Medical Journal」に掲載された論文です。
ポイントを振り返っておくと次のようになります。
・デルタ株の頃に比べオミクロン株に対しては効果は堕ちているが、mRNA型ワクチンは依然有効。
・モデルナ社製の方がファイザー社製のものよりも入院率を下げるという意味で効果が高い。

・(mRNA型ワクチンでなく)ウイルスベクターワクチンは効果が低い。
 mRNA型ワクチンは歴史が浅く、副作用については充分に検討されているとは言えず、そういう意味では「リスクが高い」のですが、コロナに関して言えば有効性が他の種類のワクチンより高いのも事実です。ただし、これは全体でみたときの話であり、個人レベルの話になれば個別に検討せねばなりません。
 mRNA型ワクチンの長所として「すぐに新しいタイプの製造ができる」という点が挙げられます。従来のワクチンがオミクロンには効果が乏しいことが分かればすぐにオミクロン対応型ワクチン(BA.1対応型及びBA.4-5対応型)が開発されました。
・・・
 そして、BA.1またはBA.4-5型では現在流行しているXBB型には効果が乏しいことが分かったわけですが、するとすぐにファイザー社もモデルナ社もXBB対応型の1価ワクチンを開発しました。すでに日本政府は両社から購入することを決定しています。
 新しいウイルスの型が流行し、それに対応できるワクチンが開発され、そして日本政府は迅速に購入を決めたわけです。
・・・
 さて、ここで話を第一三共のダイチロナの話にうつしましょう。このワクチン、僕はてっきり現在流行しているXBB型にも対応しているのかと思いきや、まったくそういうわけではなく、なんと武漢株(起源株)用のワクチンだといいます。
 はっきり言ってこんなワクチン、使い物になりません。いったい誰が好き好んで3年前に流行した型のワクチンをうちたがるのでしょう。
・・・
 谷口医院ではコロナ重症化リスクのある人に対してはこの秋のワクチンの話をしますが、接種するならモデルナかファイザーのXBB対応型のタイプを推薦します。”愛国派”の人たちには申し訳ないですが、第一三共のワクチンは現時点では意味がありません。
 では塩野義製薬のワクチンはどうでしょうか。残念ながらこちらは継続審議(現時点では販売が許可されない)となりましたが、安全性を証明できれば将来性はあると思います。現在mRNA型ワクチンについては「安全だ」とは言い切れないと僕は思っています。接種する際には「ベネフィットがリスクを上回っている」ときだけにすべきです。
 つまり「mRNA型ワクチンの安全性はよく分からないけれど、それでも接種しなければ重症化して死んでしまうかもしれない」という人(あるいはその家族)が検討すべきワクチンです。
 他方、塩野義の「遺伝子組み換えたんぱくワクチン」についてはまだよく分かっておらず(米国ノババックス社製と同じタイプ)、もしかすると将来「mRNA型ワクチンよりも安全」で、なおかつ効果もそれなりにあることが証明されるかもしれません。そういう意味で期待はしたいですが、安全性・有効性がはっきりするのは当分先になるでしょう。
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HPVワクチンの最新情報(2023年5月)

2023年08月11日 21時31分40秒 | 予防接種
HPVワクチンの積極的勧奨が復活し、
当院にも少しずつ接種希望者が来院されるようになりました。

「いろいろ話題になったワクチンですが、疑問・質問がありましたらどうぞ」
と接種前に本人と家族に聞くのですが、おしなべて
「特にありません」
「大丈夫です」
という返答です。
あれだけ騒いだのに、ホント、“喉元過ぎれば熱さを忘れる”ですねえ。

ワクチン反対運動の影響も検証する必要があります。
「ワクチン反対運動によりこの10年で、
 国内で子宮頸がんに10万人以上が罹患し、
 3万人が無駄に亡くなった」
とのことです。

さて、この辺であらためてHPVワクチンの知識を整理しておこうと思ったところ、
ちょうどよい総説が目に留まりましたので、引用させていただきます。

私にとって新しい情報として、
「HPVワクチン接種回数の減少」
があります。
日本では従来、3回接種が基本でしたが、
2023年4月から「シルガード9」が使用可能となった時点で、
条件付きで「2回接種」でもOKになりました。

世界の趨勢は「1回接種」でもOKという流れになっているようです。
まあ、HPVワクチンは高価なので、
経済的な事情も絡んでいるものと思われます。

▢ NEJM総説:子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)
 西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
2023年06月25日:Medical Tribune)より一部抜粋;
N Engl J Med(2023 May 11; 388: 1790-1798)にヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン総説がありました。著者はアトランタにある米疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention; CDC)の医師たちです。 国内ではHPVワクチン接種は反対運動によりこの10年、極めて低調でしたが2~3年前からようやく上昇に転じました。この総説で小生一番驚いたのは「子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPV(Human Papilloma virus)である」という点です。ワクチンの安全性は極めて高く1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギー程度でした。その効果は圧倒的でHPV感染を8割以上減少させました。肛門会陰がんに至ってはなんと100%予防可能でなんとしても推奨したいワクチンです。国内では女性にしか接種していませんが米国では2011年から男子にも接種しています。
 N Engl J Med「HPVワクチン」総説の最重要点は以下の8点です。
  1. 子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVである。呼吸器乳頭腫、口部咽頭がんも起こす。
  2. HPVワクチンの安全性は高い。2021年、1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギー。
  3. 性器HPV感染は子宮頸がんスクリーニングでの細胞診+HPVテストで判明。21歳未満は検診しない。
  4. HPVワクチンは2016年から米国ではGardasil 9のみ。国内も2023年4月よりこれを使用。
  5. 接種12年でHPV感染は14~19歳で88%、20~24歳で81%減。肛門会陰がん100%予防。
  6. 国内対象は小学6年から高校1年女性。1997~2007年出生者も。米国では男子にも。
  7. 実は単回投与でも長期有効で単回投与の国が増加。HPV既感染には無効。
  8. HPV既感染者でもワクチン接種でその他の種類のHPVを予防できる。

1. 子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVである。呼吸器乳頭腫、口部咽頭がんも起こす。
・・・
 世界で一番寿命が短い国は、アフリカ南部のレソトで平均寿命は50.7歳です。世界全体の平均寿命は73.3歳、日本は2021年に男性81.5歳、女性86.9歳です。・・・
 HPV性器感染は米国で最も多い性疾患です。感染は子宮頸部の上皮組織に始まり、性活動により感染します。たいてい感染に気付かず9割は1~2年内に治癒するか、または気付かなくなります。HPV感染は普通無症状であり、その治療法はありません。
 肛門性器疣贅(anogenital warts)は扁平、丘疹またはカリフラワー状に発育し視診で診断されます。・・・再発性呼吸器乳頭腫症(recurrent respiratory papillomatosis)は小生、今回初めて知りました。・・・咽頭、声門に発育し、嗄声、stridorで発症します。嗄声の原因でこんなものも考えるとは知りませんでした。性器HPV感染は子宮頸がんスクリーニングでの細胞診+HPV testで判明します。
 HPVのタイプによっては持続感染し子宮頸がん(HPV原因が91%)や腟(75%)、大陰唇(69%)、ペニス(63%)、肛門(91%)などの肛門性器がん(anogenital cancers)やさらには口腔咽頭(oropharynx)がん(70%)を起こします。最初の感染は初体験の年齢でしばしば始まりますが、子宮頸がんは感染後数十年を経過して発症します。
 HPVは200以上の種類があり約40種類が粘膜上皮に感染します。12種類は発がん性(oncogenic)または高リスク、8~12種類がおそらく発がん性と思われます。
 HPV16が最もがんの高リスクです。大変驚いたのは子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVだというのです。今まで小生HPVが原因となるのは子宮頸がんの部分集合だと思っておりました。世界でHPV16と18が子宮頸がんの約70%を占めます。またHPV6と11は肛門会陰部のwartsと再発性呼吸器乳頭腫症の全ての原因ですが、ただしそこでの発ガン性はありません。
 米国で2016~19年にHPV由来のがんは3万7,300例でした。米国でHPV由来で最も多いがんは子宮頸がんであり年間1万1,100例、口腔咽頭がんはほとんどが男性で1万4,800例です。現在米国で一番多いHPV由来病変は口腔咽頭がん(HPV-16)なのです。米国で過去数十年で子宮頸がんは減少してますが、口腔咽頭がんは増加しているのです。米国で子宮頸がんは特に黒人とヒスパニック系女性に多く、一方、口腔咽頭がんは白人男性に多いとのことです。
 世界で毎年69万例のがんがHPV由来であり、子宮頸部がんが一番多く特に子宮頸がん検診が一般化していない中・後進国に多いとのことです。
 まとめますと、子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVです。呼吸器乳頭腫症で嗄声、口腔咽頭がんも起こし、現在米国で一番多いHVP由来がんは口腔咽頭がんです。

2. HPVワクチンの安全性は高い。2021年、1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギー。
 HPVワクチン15年の経験では安全性は極めて高く、2021年米国で1億3,500万回投与されましたが、副作用は他のワクチンの接種でもよくあるような失神程度(血管迷走神経失神でしょうか)でまれにアレルギー反応があります。大規模調査で、死亡、自己免疫疾患、神経学的合併症はありませんでした
 国内ではHPVワクチン接種は2013(平成25)年4月の定期接種開始後、HPVワクチン反対の市民運動でほぼ休止状態となりました。数年前までは西伊豆町役場でHPVワクチンを申し込むと「えっ!本当にやるんですか?」と聞き直される始末でした。
 しかし下記の厚生労働省のサイトによると2020(令和2)年ごろからようやくHPVワクチン接種者が増加し始めました。今後急速に子宮頸がんは減少していくでしょう。
 現在、国内の子宮頸がん罹患者は毎年約1万1,000人、死亡者は3,000人です。2022年の交通事故の死者数が2,610人ですから、それよりも多いのです。この総説によると、なんと子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVだそうですから、ワクチン反対運動によりこの10年で、国内で子宮頸がんに10万人以上が罹患し、3万人が無駄に亡くなったことになります。
・・・
 まとめますとHPVワクチンの安全性は極めて高く、米国で2021年、1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギーが起こる程度でした。

3. 性器HPV感染は頸がんスクリーニングでの細胞診+HPVテストで判明。21歳未満は検診しない。
 子宮頸がん検診は21歳未満では行わないことがコンセンサスです。25歳まで遅らせることもあります。
 性器HPV感染は子宮頸がんスクリーニングでの細胞診+HPV testで判明します。子宮頸がん検診はHPV検査単独法と、細胞診・HPV検査併用法があるようです。子宮頸がんの原因はHPVがその原因のほぼ全てですから「擦過細胞診」でなく「HPV検査単独法」でもよいのでしょう。
 ただし「HPV検査単独法」は厚生労働科学研究において運用方法の検討が続いていることから、現時点において検診として位置付けられていません。細胞診で異常があったらHPV検査も行うようです。
 まとめますと、性器HPV感染は頸がんスクリーニングでの細胞診+HPVテストで判明します。現在HPVテスト単独法は検診として位置付けられていません。

4.HPVワクチンは2016年から米国ではGardasil 9のみ。国内も2023年4月よりこれを使用。
 HPVワクチンの歴史は2006年に4価ワクチンGardasil(Merck社)が発売され、HPV16、18、6、11の4種類に対応していました。2009年には2価ワクチンCervarix(GlaxoSmith-Kline Biologicals社)、HPV16、HPV18に対応しました。
・・・
 Merck社は2014年にGardasil 9を発売しHPV16、18、6、11に加えて31、33、45、52、58を追加、これによりHPV関連がんの90%に対応できるようになりました。2016年からは米国市場で出回っているのはGardasil 9(国内:シルガード9)のみとのことです。日本国内でも2023年4月から国内ではこの9価ワクチンが定期接種(公費)となりました。
 まとめますと、HPVワクチンは2016年から米国ではGardasil 9(国内:シルガード9)のみです。国内も2023年4月よりこれを使用することになりました。

5.接種12年でHPV感染は14~19歳で88%、20~24歳で81%減少。肛門会陰がん100%予防。
 HPVワクチン接種の効果は圧倒的でした。ワクチンによる抗体量は自然感染に比べて高いのです。2006年の接種開始からわずか4年で14歳から19歳の女性でHPV関連性器感染は56%減少しました。さらに接種開始12年でHPV感染は14歳から19歳で実に88%減少、20歳から24歳で81%減少しました。また肛門会陰疣贅、再発性呼吸器乳頭腫症も減少しました。4価ワクチンは肛門会陰部がんをなんと100%予防します。
 これらの劇的効果はワクチンプログラムによる集団免疫(herd immunity)によると思われます。
 2008~09年と、2015~16年の比較でHPV16、18由来の子宮頸部前がんは20歳から24歳で77%減少したのです。15歳から26歳でワクチンは子宮頸部前がん(cervical precancers:表皮内前がん≧2またはadenocarcinoma in situ)を最低96%予防できます。
 まとめますと、接種12年でHPV感染は14~19歳で88%、20~24歳で81%減肛門会陰がん100%予防と圧倒的効果があります。

6.国内対象は小学6年から高校1年女性。1997~2007出生者も。米国では男子にも。
 国内ではHPVワクチン接種は小学校6年から高校1年の女性が対象です。
 日本国内でも2023年4月から、この9価ワクチン(シルガード9)が定期接種(公費)となりました。
 以前の2価ワクチン(サーバリックス)は3回接種(0、1、 6カ月後)、4価ワクチン(ガーダシル)も3回接種(0、2、6カ月後)でした。 
 2023 年 4 月からの 9 価ワクチンの「シルガード 9」は、1 回目を小学校 6 年生から 15 歳 誕生日前日までに受けた場合は 2回接種(0カ月、6 カ月)で完了、1 回目と 2 回目の 接種は少なくとも 5 カ月以上あけ、5 カ月未満の場合、3 回目の接種が必要です。 接種を 15 歳になってから受ける場合は 3 回接種(0 カ月、2 カ月、 6 カ月後)します。2 回目、3 回目がそれぞれ 1 回目の 2 か月後と 6 か月後にできない場合、2 回目は 1 回目から1 カ月以上、3 回目は 2 回目から 3 カ月以上あけます。 つまり 15 歳未満の場合は初回接種のあと 6 カ月後に 2 回接種。15 歳以上の場合は 3 回です。
 なお平成9年から平成18年(1997年4月2日から2007年4月1日)生まれの女性、つまり令和5(2023)年現在で16歳から26歳の女性で、反対運動により接種を受けられなかった場合、公費でHPVワクチンを受けられます。
 ただしこのキャッチアップ接種の期間は令和4(2022)年4月1日から令和7(2025)年3月31日までの3年間です。
 ワクチン接種による有効性は長く、4価ワクチンで5年後の予防効果減少はありませんでした。米国では2006年から11歳または12歳以上のHPV接種がルーチンに行われており9歳からでも可能です。ワクチンは9歳から15歳での抗原性も高かったのです。また2011年からは男子にも行われるようになり米国で2021年、女子の79%、男性の75%が最低1回の接種を受けています
 現在までの米国での接種率は女性64%、男性60%です。
 また以前接種を受けていない場合、キャッチアップとして26歳まで接種が推奨されています。理想的には性活動が始まる以前の接種が推奨です。
 2019年には27歳から45歳にも9価ワクチンが米食品医薬品局(FDA)により推奨されました。ただ2019年からの新型コロナウイルス感染症の流行で接種率は低下しています。
 まとめますと、国内で接種対象は小学6年から高校1年女性ですが、2023年4月よりシルガード(9価)が公費接種となり15歳未満は2回接種(0、1~2カ月後)、15歳以上は3回接種(0、1~2、6カ月後)です。1997~2007出生者で未接種の場合もキャッチアップ接種が可能です。ただし令和4(2022)年4月1日から令和7(2025)年3月31日までの3年間です。米国では男子にも行われています。

7.実は単回投与でも長期有効で単回投与の国が増加。HPV既感染には無効。
 HPVワクチンは当初3回投与でしたが効果が長期継続することから、より少ない投与数が検討されました。単回投与では抗体量は低いのですが予防効果は10年以上続きました
 1つのトライアルでは2価または9価ワクチンの単回投与は2、3回投与に対して非劣性(non inferior)でした。9価ワクチン単回または2価ワクチン単回投与は18カ月のフォローでHPV16、18に対する予防効果は97.5%でした。
 単回投与の効果にエビデンスがあることから2022年WHOは年齢によっては単回投与の選択肢も推奨し、単回投与する国々が増加しているとのことです。
 なおワクチン接種時、既に存在するHPV感染には効果がありません。
 なおHIV感染があるとHPV接種による抗体上昇は少ないようです。しかし16歳から26歳のHIVのMSM(men who have sex with men)で肛門扁平上皮病変はHPV接種を受けた者で高い効果を示しました。
 米国では現在HPV由来のがんは口腔咽頭がんが最多でありHPV16によります。このがんに対するRCT(ランダム化比較試験)はまだありませんがFDAは2020年、今後研究を継続する条件で、口腔咽頭がんに対するHPVワクチンを認可しました
 まとめますと、HPVワクチンは、実は単回投与でも長期有効で単回投与の国が増加しています。HPV既感染者には無効です。

8.HPV既感染者でもワクチン接種でその他の種類のHPVを予防できる。
 この総説には次のような冒頭症例があります。さて、あなたならどうする?
「24歳女性。過去HPVワクチン接種歴なし。18歳で性活動(sexual activity)を初体験、過去3人の男性パートナーがいる。HPVワクチンをどうするか?」
 筆者の回答は次の通りです。
「この患者はHPV接種を受けておらず24歳なのでキャッチアップ接種3回投与を推奨する。以前接種していない場合は26歳まで、また27歳から45歳でもキャッチアップ接種(catch-up vaccination)を推奨する。既にHPV感染していたとしても、ワクチン接種によりその他の種類のHPVを予防できる。子宮頸がんのスクリーニングは不要」
 まとめますと、HPV既感染者でもワクチン接種でその他の種類のHPVを予防できます。
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男性にもHPVワクチンを!

2023年08月11日 21時13分10秒 | 予防接種
HPVワクチンは名前から何の病気を予防するのかイメージしにくいため、
従来は「子宮頚がんワクチン」と呼ばれてきました。
ようやく最近、HPVワクチンと言っても通じるようになりました。

さて、HPV(ヒトパピローマウイルス)は性交渉を介して女性に感染します。
つまり、男性が持っているわけですね。

では、男性には病気を引き起こさないのでしょうか?
そんなことはありません。
男性もHPV感染を契機に、中咽頭を中心に種々の癌を発症します;

・子宮頸がん(HPV原因が91%)
・腟(75%)
・大陰唇(69%)
・ペニス(63%)
・肛門(91%)などの肛門性器がん(anogenital cancers)
・口腔咽頭(oropharynx)がん(70%)

ただ、圧倒的に女性の子宮頚がんが多いので、
今まで注目されてきませんでした。

しかし世界を見渡すと、
HPVワクチン接種率を80%以上維持している国々は、
すでに「21世紀のうちに子宮頚がんは撲滅できる」と考え、
次の一手を開始しています。

そう、男性への接種です。

なぜ日本では盛り上がらないのでしょう?
それは“国民が無知だから”です。

女性対象にHPVワクチンを開始する際も、
啓蒙活動が後手に回ったため、
「子宮頚がんを減らす」というありがたい効果は軽んじられ、
副反応ばかりが話題になり、一旦中止に追い込まれました。

男性を対象に「HPVワクチンを接種しましょう」と呼びかけても、
「ん、何それ?」
ですよね。

でも、機は熟しました。
日本でも男性対象にHPVワクチン、接種しましょう!

そんな内容を扱った記事を紹介します。

▢ 中咽頭がん予防、男性にもHPVワクチンを
 ヒトパピローマウイルス(HPV)は、子宮頸がんだけでなく中咽頭がんの原因にもなる。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会神奈川県地方部会、神奈川産科婦人科学会、日本小児科学会神奈川県地方会は、7月13日にHPVワクチンによるがん予防をテーマに関連3学会ジョイントセミナーを開催。その中で、…「HPV関連中咽頭がんの予防には男性へのHPVワクチン接種が重要だ」と訴えた。
◆ 40歳代から増加、60歳代でピークに。男性は女性の4倍
 中咽頭がんの原因としては喫煙・飲酒、HPV感染があり、HPVによって引き起こされる中咽頭がんは全体の約半数を占める男女比は4:1と男性に多い出現部位は、口蓋扁桃と舌根に特異的で、HPV16型が88%と高率である。
 HPV関連中咽頭がんの発症年齢を見ると、40歳代から増え始め、60歳代でピークを迎える。非HPV関連中咽頭がんの発症ピークが70歳代であるのに対し、やや若年で発症する傾向が見られる。
 山下氏は「HPV関連中咽頭がんの発症は、生産年齢人口と重なることが大きな問題だ」と指摘する。
◆ HPV関連中咽頭がんが世界で急増、日本は20年で約3倍
 米国では、子宮頸がんの年齢調整罹患率が1975年と比べ2019年に半減。その一方で、中咽頭がんに関しては、女性ではほぼ横ばいだが、男性では1995年を境に急増し、2019年には1975年の2.2倍となった。
 日本の状況を見ると、中咽頭がんの罹患率は男女ともこの20年で約3倍と急増。
・・・
 各国の中咽頭がん罹患率を示したデータからは、先進国で罹患率が高い傾向がうかがわれる。この点について、山下氏は「今後、HPV関連がんの問題は、子宮頸がんから中咽頭がんに移行していく可能性がある」と危惧する。
◆ 中咽頭がんでは検診が確立していない
 HPV関連がんの予防戦略として、
①教育と啓発
②HPVワクチン接種(一次予防)
③検診(二次予防)
―を三位一体で進めていくことが重要とされている。しかし、中咽頭がんでは、初期変化が陰窩と呼ばれるくぼみ部分の基底細胞で起こるため偽陰性になりやすく、前がん病変の概念が確立されていないといった事情から、子宮頸がんとは異なり検診という手立てを講じることができない。したがって、予防はワクチン接種に頼らざるをえない。
 山下氏は「男性を含めたワクチン接種により、HPV関連中咽頭がんを予防することが非常に重要だ」との考えを示した。
◆ 男性で高い口腔内HPV保有率
 折舘氏は、男性へのHPVワクチン接種の現状と将来展望について講演。男性へのHPVワクチン接種の根拠となる海外データを紹介した。
 米国民保健栄養調査(NHANES)によると、18~69歳の成人における口腔内HPV保有率は、2011~14年には女性の3.3%に対し男性では11.5%と高かった。同様に、HPV高リスク型(16、18、31、33、35、39、45、51、52、56、58、59、66、68型)の保有率も、女性の1.2%に対し男性では6.8%と高かった。
 「口腔内HPV保有率が男性で高いとの結果は、中咽頭がんが女性に少なく、男性に多いことの説明になる」と同氏。
◆ ワクチン接種で、HPV16型の口腔内感染リスクが有意に80%低下
 HPVワクチンの接種により中咽頭がんは予防できるのか。現時点で、頭頸部がんの発症予防または再発予防における4価/9価HPVワクチンの有効性と安全性を評価した臨床研究データはないという。しかし、疫学研究ではHPVワクチン接種と口腔内HPV保有率との間に負の相関が示されている。
 折舘氏は、欧州で行われたHPVワクチン接種とHPV口腔内感染率との関連を検討したシステマチックレビューおよびメタ解析の結果を報告。関連研究6件(8~53歳の男性1万5,250例)の解析では、HPVワクチン接種によりHPVワクチンがカバーする型の口腔内感染リスクが46%有意に低下することが示された〔リスク比(RR)0.54、95%CI 0.32~0.91、P=0.02〕。また、4件(1万3,285例)に絞ったメタ解析では、HPV16型の口腔内感染リスクが有意に80%低下することが示された(同0.20、0.09~0.43、P<0.0001)。
 同氏は「男性へのHPVワクチン接種により、中咽頭がんの発症に関与しうるHPV16型を含むワクチン型の口腔内感染を予防できる」と述べた。
◆ 2100年までに推計で男性約79万例が中咽頭がんを回避
 では、HPVワクチン接種で、中咽頭がんはどの程度予防できるのか。折舘氏は、HPVワクチン接種の長期的影響をシミュレーションした数理モデルを紹介した。
 米国におけるHPVワクチン接種率は、2019年には女性で61.4%、男性で56.0%。この接種率が維持された場合、男性の中咽頭がんは2030年代半ばごろにピークを迎えた後、減少に転じ、2100年には10万例当たり4例にまで減少することが見込まれるという。その間に回避できる男性の中咽頭がんは約79万例に上ると推計される。
・・・
 同氏は「HPV関連中咽頭がんは男性に多いため、HPVワクチン接種は男性においても重要な意味を持つ」と強調し、講演を終えた。

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新型コロナは終わらない~新たな変異株、その名は「EG.5」

2023年08月11日 11時30分03秒 | 予防接種
新型コロナは2023年5月8日以降に発生数が漸増しており、
「すでに第9波に入っている」
という指摘もあります。
ちなみに、日本での現在流行している株(2023年7月)は以下の通り;
 ▼XBB.1.9系統 37%
 ▼XBB.1.16系統 36%
 ▼XBB.2.3系統 15%

そんな中、海外から新たな変異株の報告が飛び込んできました。
その名は「EG.5」というXBB株から派生したもの。
アメリカではすでにメインとなっており、
17%がこの株とのこと。
他にもイギリス、中国、そして日本でも広まっているそうです。

幸いなことにEG.5株は重症化リスクは高くなく、
しかし感染力が強いため広がりやすく、
WHOは「VUM=監視下の変異ウイルス」に指定して、
注意深い監視が必要と提言しています。

また、XBB株由来であれば、
現在のオミクロン株用ワクチンがある程度有効であることが期待されます。

▢ 新コロナ変異株「EG.5」、米国で主流に
2023.8.10:CNN.co.jp)より抜粋;
米国で新型コロナウイルスの新たな変異株「EG.5」が主流になっている。米疾病対策センター(CDC)の最新の推計によると、全米の新型コロナ感染者の約17%がEG.5で、次いで「XBB.1.16」が16%となっている。
EG.5はオミクロン株の一種であるXBBの派生型。元々のオミクロン株のように大きく変異したものではなく、ウイルスが少しずつ変異したもの。EG.5にはEG.5.1という派生型があり、こちらも急速に広がっている。

人間が持つ抗体に対する派生型の抵抗力を研究している米コロンビア大学のデビッド・ホー博士は、EG.5などの変異株はこれまでのウイルスと異なる症状、あるいは重篤な症状を引き起こしていないようだと指摘する。

EG.5は米国だけでなく、アイルランドやフランス、英国、日本、中国でも急速に広まっている。世界保健機関(WHO)は9日、EG.5のステータスを「監視中」から「注目すべき変異株」に引き上げた。・・・





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吸血して感染症を媒介する「マダニ」のお話

2023年07月29日 14時14分20秒 | 予防接種
「マダニが感染症を媒介する」と、
TVで時々紹介されるようになりました。

私もこれから夏休み旅行に出かける予定があり、
知識を整理しておきたいと思います。

マダニはアレルギーで悪さをするコナダニと違って大きく、
動物の血液を吸う(吸血)ことで生きています。
その際に、マダニの体内にいる病原体を人の体内に残し、
それが感染症を引き起こします。

えっ?
その病原体はマダニに病気を起こさないかって?

・・・そうなんです。
病原体マダニはWin-Winの関係にあり、
病気を起こさずに寄生しています。

このような例はいくらでもあります。

季節性インフルエンザウイルスは渡り鳥が運んできますが、
渡り鳥には病気を起こしません。
しかし人に感染すると病気を起こします。
ただ近年、渡り鳥にも病原性を発揮する変異株が出現をくり返し、
これを“強毒性インフルエンザウイルス”として別格扱いしています。

マダニについては夏秋先生の解説がわかりやすいので紹介します。
まずは通読してポイントを感じた箇所を抜粋;

<ポイント>
・アレルギーで悪さするダニと感染症を媒介するマダニは違う。
・マダニは人にくっついて吸血し、その際に病原体を感染させる。
・すべてのマダニが病気を媒介するわけではなく、ほんの一部。
・マダニ対策は、
 ①肌を出さない(長袖長ズボン)こと、
 ②防虫剤(イカリジン入り)を皮膚だけではなく、
  マダニの侵入経路である足元にズボンや靴下の上から散布する。
・マダニにさされた時はあまり痛くない。
・マダニは一度くっついて吸血をはじめると、
 引っ張ったり入浴しても簡単には離れない、
 腹一杯になるまで1週間くらい離れない。
・マダニが皮膚にくっついているのに気づいたら、むやみに取らず、
 皮膚科を受診して取ってもらう(食い付いた部分を局所麻酔して皮膚ごと切除)。
・皮膚科では、病気を媒介するタイプかどうかわかることがある。
・病気を発症したら治療が必要(薬が効かないタイプあり)。

媒介する感染症は、以下の三つが有名:

重症熱性血小板減少症候群SFTS
ウイルス感染症
・西日本で多い。
・感染すると1~2週間で高熱、下痢などを生じて、血液中の白血球や血小板が減少する。
・現時点では有効な治療法がなく、自然回復を待つしかない。
・最悪の場合、死に至ることもある。
・SFTSはマダニに刺されたネコにも感染することがあるので、
 野良ネコにはむやみに近づかない。

日本紅斑熱
リケッチア感染症
・西日本で多い。
・マダニに刺されて2~8日で高熱と全身の発疹などが出る。
・テトラサイクリンという抗菌薬で治療可能。
・治療が遅れると重症化することがあり、早期の診断が重要。

ライム病
・ボレリア(Borrelia)という細菌感染症
・北海道で多い。
・マダニに刺された皮膚に大きな赤みが出て、発熱や 倦怠感、関節痛などがみられる。
・テトラサイクリンやペニシリンなどで治療可能。
・欧米では被害が多く、ハリウッド俳優のリチャード・ギアや、
 カナダ出身の人気歌手、アヴリル・ラヴィーン、ジャスティン・ビーバー
 なども、ライム病に苦しんだと報じられている。


<上記感染症を媒介するマダニの写真>
SFTS日本紅斑熱を媒介するフタトゲチマダニ(メス)

ライム病を引き起こす細菌・ポレリアを媒介するシュルツェマダニ(メス)

では、メモも残しておきます;

▢ Dr.夏秋の毒虫クリニック(yomi Dr.)
1.マダニ<対策基礎編>皮膚に食い付き1週間 生き血を吸って巨大化する(2022年6月3日)
2.マダニ<対策実践編>血で満腹になるまでは、ライターであぶっても離れない! 最終手段は「皮膚ごと切除」(2022年6月6日)
以上より一部抜粋;
・・・
・マダニはイエダニやチリダニ類のように家屋内に生息する小さなダニではなく、
野山や河川敷など野外に生息する大型のダニです。
・幼虫、若虫、成虫のすべてのステージで動物から吸血します。
・日本ではヤマトマダニ、シュルツェマダニやフタトゲチマダニなど、46種類ほどのマダニが知られています。
・体長は幼虫で0.5~1mm、若虫で1~2mm、成虫は2~8mmで、種類によって大きさがかなり異なります。
・日本で最大級のタカサゴキララマダニは、オスで6~7mm、メスで7~8mmもあり、迫力があります。
・また、吸血すると腹部が膨大し、10~20mmの大きさに達することもあります。
・・・
・マダニは、林内の下草やササなどの葉先にじっと潜んでいます。
・動物やヒトが通ると、素早くその体や衣服にとりつくのです。
・そして吸血する場所を探して体表面をはい回り、「ここぞ」と位置を定めて口器を皮膚に刺して血を吸い始めます。
・幼虫で約3日間、若虫で約1週間、成虫では1~2週間、口器を皮膚に刺し込んだままで吸血を続けるのです。
・十分に血を吸って満腹になる(これを「飽血」と表現します)と、皮膚から脱落して落ち葉の下などでじっとしています。
・吸った血を養分として、幼虫であれば若虫へ、若虫であれば成虫へと脱皮して成長します。
・雌の場合は土の中で産卵して一生を終えます。
・・・
・マダニはいったいどのくらいの期間、空腹に耐えられるのでしょう。
・私が飼育しているマダニの中には、適度な湿度さえ維持していれば、1年以上、吸血せずに生きている強者がいます。
・おそらく野外でも、来る日も来る日もひたすら動物(餌をくれるご主人さま)が通るのを待っている、
「忠犬ダニ公」のようなマダニがたくさんいるのでしょう。
・・・
・体長数mmもある大きなマダニが皮膚に食い付くと、さぞ痛いだろうと思われるかもしれませんが、実はほとんど痛みを感じません。
・これは、マダニが口器を皮膚に刺し込むときに、皮膚感覚をまひさせる物質を注入するためだと考えられています。
・血をかすめ取るために麻酔を使うなんて、実に巧妙だとは思いませんか?
・ですから、野外活動をした後、マダニに刺されたことに気づかずに何日も過ごすことが、珍しくありません。
・皮膚の上の小さなかたまりにふと気づいて、あれ? こんなところにできものが……
などと思ってよく見ると、そのできものには脚が付いていてビックリ!なんてことも。
・・・
皮膚に口器を刺し込んで吸血しているマダニは、十分に血を吸って満腹(飽血状態)になるまで離れません
・少々、引っ張っても取れませんし、入浴しても落ちません
たばこやライターの火を近づけるといった方法を聞いたことがある方もいらっしゃるでしょうが、
マダニが取れる前に皮膚をヤケドするので、避けてください
・無理に引っ張るとマダニの口器の部分がちぎれて、皮膚の中にそのかけらが残り、違和感やしこりが長く残ることがあります。
・一つの方法として、先の細いピンセットでマダニの頭部をつまんでゆっくり引っ張ると、うまく取れる場合があります。
・マダニ除去用の器具を用いる方法もありますが、本来はペット用に販売されているものなので、
それを了解した上で使用してください。これは、コツをつかめば、かなり有効なツールであることは確かです。
・上記の方法は、いずれも口器がちぎれて皮膚に残る可能性があります。
・最も確実なのは、マダニが食い付いた部分を局所麻酔して、皮膚ごと切除する方法です。
・自分で除去するのが難しい場合は、早めに皮膚科を受診して除去してもらいましょう。
・ワセリンなどの油脂成分をマダニにたっぷり塗って20~30分間放置し、
マダニを窒息させた後にピンセットで引っ張る方法(ワセリン法、夏秋法とも呼ばれる)は、
以前はお勧めしていましたが、成功率は必ずしも高くありません。
・しかし、麻酔処置などのしにくい乳幼児の場合は、まず試す価値があると思われます。
・除去したマダニは捨てずに皮膚科などに持参すれば、専門機関で口器の状態を確認して、
皮膚内にちぎれた口器の一部が残っているかどうかが分かる可能性があります。
・また、マダニの種類を同定することで、感染症を媒介する種類かどうか判定できる場合もあります。
・・・

・マダニが皮膚に付くのを予防するためには、野外活動の際に肌の露出を避けることが大切。長そで、長ズボンの着用が原則です。
・そして、マダニが寄りつかなくなる虫よけ(忌避剤)のスプレーを活用しましょう。
・忌避剤には主に、ディートとイカリジンという成分があります。
・効果はどちらもほぼ同様ですが、ディートは小児への使用回数が制限されており、
イカリジンには年齢や使用回数の制限はありません。
・使用方法のコツは、肌にムラなく塗り伸ばすこと。2~3時間おきに塗り直しましょう。
・さらに、マダニが付着しやすい足元(靴、靴下、ズボンの裾など)には、衣類の上からも虫よけ剤を噴霧しておくと、
かなりの予防効果が期待できます
・・・
・マダニに刺された場合、赤みやかゆみなど、何も症状が出ない場合も多いですが、時には大きく腫れることもあります。
・これは通常の虫刺されと同様で、個人差がありますので、皮膚症状が出た場合は皮膚科で相談してください。
マダニで怖いのは、体内に様々な病原体を持っている場合があることです。
一般に、マダニが何らかの病原体を持っている可能性(病原体保有率)はとても低いのですが、
マダニの種類や刺された地域によっては、まれながら、感染症を引き起こす場合があります。
・したがって、刺されたマダニの種類を知ることで、感染症の発症リスクをある程度、予想することができるのです。
・・・

・西日本では重症熱性血小板減少症候群(SFTS)というウイルス感染症が知られており、
感染すると1~2週間で高熱、下痢などを生じて、血液中の白血球や血小板が減ります。
・現時点では有効な治療法がなく、自然回復を待つしかありません。
・最悪の場合、死に至ることもある恐ろしい感染症です。
・SFTSはマダニに刺されたネコにも感染することがあり、
2017年には、SFTSに感染して弱った野良ネコにかまれた50歳代の女性が、感染して亡くなりました。
・野良ネコにはむやみに近づかないようにしましょう。
・西日本では日本紅斑熱というリケッチア感染症も知られています。
・これはマダニに刺されて2~8日で高熱と全身の発疹などが出る感染症で、テトラサイクリンという抗菌薬で治療できます。
・しかし、治療が遅れると重症化することがありますので、早期の診断が重要です。
・・・
・北海道などではライム病が知られています。
・マダニに刺された皮膚に大きな赤みが出て、発熱や 倦怠感、関節痛などがみられるのが特徴です。
・これはボレリアという細菌による感染症で、テトラサイクリンやペニシリンなどで治療できます。
欧米では被害が多く、ハリウッド俳優のリチャード・ギアさんや、カナダ出身の人気歌手、アヴリル・ラヴィーンさん、
ジャスティン・ビーバーさんなども、ライム病に苦しんだと報じられています。
・日本では、マダニに刺されても過剰な心配は不要で、慌てる必要もありません。まずは皮膚科で除去してもらってください。
・マダニに刺されたあとに熱が出た場合は必ず医療機関に相談してください。
・・・
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7月にインフルエンザが流行するなんて…

2023年07月25日 13時20分26秒 | 予防接種
小児科医になって35年、
今まで7月にインフルエンザが流行した記憶はありません。
もっとも、熱帯地方では一年中パラパラと流行が繰り返され、
それに近い沖縄では夏にも発生することは知っていましたが。

インフルエンザは新型コロナ禍以降、
この3年間流行が抑えられてきました。
これはユニバーサルマスクを含めた強力な感染対策の成果です。

しかし今年は皆さんご存じのようにA型インフルエンザが日本全国で流行し、
学級閉鎖も発生しています。
ときに新型コロナの学級閉鎖と混在することもあります。

始まったタイミングは5/8以降、
そう、新型コロナの感染症法上の取り扱いが、
2類相当から5類相当へ格下げされてからです。

その辺の事情を分析した記事が目に留まりましたので、
紹介させていただきます;

<ポイント>
・2022/2023シーズンは3年ぶりにインフルエンザが流行したが、その立ち上がりは緩やかでピークは高くなく、だらだらと持続する今までにないパターンをとった。
(理由①)インフルエンザウイルスの国内への持ち込み:
 コロナ禍の2シーズンでインフルエンザの流行が見られなかったのは、海外との人の往来が途絶えたため、ウイルスの流入がなかったことが大きな原因。
(理由②)マスク着用の減少と人流の増加:
 流行の立ち上がりが緩やかで、ピークが低く抑えられた点は、COVID-19が2類相当であることから行われた外出自粛要請や就業制限などの隔離対策、ユニバーサル・マスキングや身体的距離の確保といった感染対策の効果であった可能性がある。
(理由③)インフルエンザに対する免疫の低下:
 2020/21年および2021/22年シーズンにインフルエンザの流行が見られなかったことから、日本人のインフルエンザに対する免疫が低下していた。また、今年4~5月になると昨年秋におけるインフルエンザワクチンの接種から半年が経過し、その効果が減弱していた。
・2023/24年シーズンはコロナ禍以前のようなインフルエンザの流行パターンに戻るであろうと推測される。

▢ インフル流行とコロナ5類化の関係に迫る
浜松市感染症対策調整監/浜松医療センター感染症管理特別顧問 矢野邦夫
・・・
はじめに
 日本ではコロナ禍の2シーズン(2020/21年および2021/22年シーズン)、インフルエンザの流行は見られなかった。海外との人の往来が途絶え、インフルエンザウイルスが国内に流入しなかったためかもしれない。また、COVID-19とインフルエンザの感染経路が類似することから、COVID-19に対する厳しい感染対策の実施がインフルエンザの流行を抑え込んだ可能性もある。それ故、COVID-19のパンデミックが収束するにつれて感染対策が緩和されれば、再びインフルエンザが流行するであろうことは容易に想像できた。
 しかし、流行が予想できても、どのような流行パターンを示すかの予測は困難であった。ここでは、COVID-19が5類感染症に移行された点も含めて、インフルエンザの流行に影響した要因について論じたい。

◆ 2022/23年シーズンはこれまでにない流行パターン
 COVID-19の流行以前、インフルエンザは1月下旬~2月上旬に流行のピークが見られ、その後は感染者数が減少するパターンを示していた。コロナ禍の2020/21年および2021/22年シーズンはインフルエンザの流行が見られなかったが、2022/23年シーズンでは全国的な流行が確認された。
 しかし、流行の立ち上がりは緩やかであり、ピークでの1週間の定点当たりの報告数は15程度で、一部の地域を除き警報レベルの30を大きく下回った(インフルエンザでは、定点当たりの報告数が1以上で該当地域は流行域入り、10以上で注意報レベル、30以上で警報レベルとなる)。そして、ピーク後の減少スピードは鈍く、持続的な流行(定点当たりの報告数が1未満にならない)となった。これまで経験したことのない流行パターンであった。

◆ 流行パターンには3つの要因が影響
 インフルエンザがこのような流行パターンを示した理由は明らかではないが、少なくとも下記の要因が関連したものと思われる。
インフルエンザウイルスの国内への持ち込み:海外との人の往来が盛んになり、インフルエンザウイルスが国内に持ち込まれるようになった。これが流行のきっかけとなった。
マスク着用の減少と人流の増加:今年1~2月の時点では、まだユニバーサル・マスキングなどのCOVID-19対策が広範に実施されていたため、流行は穏やかであり、ピークは低く抑えられた。しかし、3月にマスク着用が個人の判断となり、5月8日にはCOVID-19が5類感染症に移行されたことによって、マスクを着用しない人流が増加し、COVID-19だけでなくインフルエンザも感染者から周囲の人へと容易に伝播するようになった。
インフルエンザに対する免疫の低下:2020/21年および2021/22年シーズンにインフルエンザの流行が見られなかったことから、日本人のインフルエンザに対する免疫が低下していた。また、今年4~5月になると昨年秋におけるインフルエンザワクチンの接種から半年が経過し、その効果が減弱していた。

◆ COVID-19の5類化によるインパクト
 COVID-19が新型インフルエンザ等感染症(2類相当)に位置付けられていたころは、COVID-19に罹患すれば入院勧告・外出自粛要請・就業制限が行われた。そのため、多くの人はCOVID-19を恐れてマスク着用、手洗い、身体的距離の確保などを徹底し、混雑した環境への立ち入りを避ける努力をしていた。これらの対策による感染予防の効果は、COVID-19のみならずインフルエンザやその他の飛沫感染する感染症の流行も抑え込んでいた。
 COVID-19が5類感染症に移行されたことにより、感染しても厳しい生活制限が強いられなくなり、その結果、感染対策は軽装化してきた。実際、運動会や遠足などの学校行事の実施は躊躇されていたが、5類感染症に移行してからは行われるケースが多くなっている。そのような状況がインフルエンザの流行を持続させる要因になったのかもしれない。

◆ 2023/24年シーズンはコロナ禍前の流行パターンに戻る
 インフルエンザの「3年ぶりの流行」と「2022/23年シーズンでの特徴的な流行パターン(流行の立ち上がりが緩やかで、ピークが低く、流行時期の幅が広い)」の原因は、COVID-19が5類感染症に移行したことが全てではない。
 コロナ禍の2シーズンでインフルエンザの流行が見られなかったのは、海外との人の往来が途絶えたため、ウイルスの流入がなかったことが大きな原因であろう。2022/23年シーズンに流行が見られたのは、海外との人の往来が再開されて、ウイルスが持ち込まれ、かつ人流が増加したことが大きく影響したと推察される。流行の立ち上がりが緩やかで、ピークが低く抑えられた点は、COVID-19が2類相当であることから行われた外出自粛要請や就業制限などの隔離対策、ユニバーサル・マスキングや身体的距離の確保といった感染対策の効果であった可能性がある
 現在、COVID-19が5類感染症に移行したことで、感染者の外出自粛要請や就業制限はなくなった。それまでは、感染した場合の出勤・登校停止に対する恐れから、あまり会食や旅行などが行われなかったが、これらの制限が撤廃されたことにより、行動の自由度は大きく回復した。結果として、インフルエンザ患者が多くの人に接触する機会も生まれることになり、インフルエンザの伝播を許した。また、日本人のインフルエンザに対する免疫が低下したことも相まって、幅広いピークのパターンを呈したのかもしれない。
 それでは、COVID-19が5類感染症に移行したことによって、今後はどのような変化が見られるのであろうか。おそらく、人流を抑え込むような対策は行われないことから、従来の流行パターンに近付いてくるものと思われる。すなわち、2023/24年シーズンはコロナ禍以前のようなインフルエンザの流行パターンに戻るであろうと推測される。


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抗アレルギー薬の使い分け(アップデート2023)

2023年07月18日 08時24分46秒 | 予防接種
いわゆる“抗アレルギー薬”は近年、種類がどんどん増えてきています。

私には、過去ドル箱だった抗生物質市場が萎んできたので、
その代わりに賑わっている印象があります。

なにせ、日本国民の約50%、つまり2人に1人が花粉症という時代ですから、
それに対応する抗アレルギー薬市場は製薬会社にとって新たなドル箱です。

さて、日本では“抗アレルギー薬”という呼び名が浸透していますが、
海外では使われていません。
世界共通の呼び名は“抗ヒスタミン薬”であり、
その中で第一世代、第二世代、・・・と分類され、
日本の抗アレルギー薬は第二世代抗ヒスタミン薬に相当します。

たくさん種類があるので、どれを選んでいいのか正直迷います。
小児科医の私は幼少児期は効果を優先してオロパタジンやレボセチリジン、
中学生以降で「眠くなるのは困る」という患者さんには、
パイロットにも許可されているフェキソフェナジンやロラタジンを選択しています。

それらを内服しても効果が今一つで、
「もうちょっとなんとかなりませんか?」
という患者さんには漢方薬の併用を提案しています。
漢方というと「苦くて飲みにくい」というイメージが先行し、
嫌がる患者さんも多いのですが、
一部、錠剤が用意されている漢方薬もあり、
それを説明して中高生~成人に処方する機会が多いです。

さて、たくさん種類のある抗アレルギー薬、
内科・耳鼻科領域ではどんなふうに使い分けているのか、
以前から興味がありました。

タイミングよく、「抗アレルギー薬の使い分け」という
WEBレクチャーがあり、大変参考になりました。
講師は高原恵理子先生(調布駅前クリニック耳鼻咽喉科)です。

ポイントを一部、抜粋してみます。

▢ 妊娠・授乳中に対する投薬
・ロラタジン
・レボセチリジン
・セチリジン
・フェキソフェナジン
の4剤が経験的に使用されるが、
製薬会社の添付文書には「有益性投与」
(投与することが投与しないことより有益性に勝る場合は可)
という腰の引けた記述しかなく、推奨はしていません。
つまり、「何かあったら自己責任でお願いします」というスタンスです。
一方、第一世代・第二世代抗ヒスタミン薬は、
ヒトへの催奇形性は報告されておらず、
授乳に関してもほとんどのものが問題ないことがわかっています。
以上を説明して「本人が納得して希望する場合は処方」となります。

▢ 車の運転に注意すべき抗アレルギー薬
添付文書上は・・・

(運転可能)
・フェキソフェナジン
・ロラタジン
・フェキソフェナジン/プソイドエフェドリン配合薬
・デスロラタジン
・ビラスチン

(運転注意)
・エピナスチン
・エバスチン
・ベポタスチン

となっています。
前述したフェキソフェナジンとロラタジンは、
昔から「パイロットにも許可されている薬剤」
として有名でしたので筆頭に記載されています。

「この薬を飲んだら車の運転に注意してください」
と説明しないで(運転注意)の薬を処方し、
もし交通事故が起きたら、
医師の責任が問われるのかな?

▢ 患者さんはどういう薬を希望しているか?
・投薬回数は1日1回、あるいは2回?
 → 1回投与が人気
・内服、あるいは貼付?
 → アレサガという貼付薬が近年登場しました。
・値段は?
 → 1日平均薬価は、
(先発品)40~80円前後
(後発品/ジェネリック)20~40円前後
・眠気の有無
 → 当然、眠くならない方を希望

▢ 眠くなりにくい抗アレルギー薬
・分子量が大きくBBB(脳血液関門)を通過しにくい。
 → ビラスチン、フェキソフェナジン
・抗ヒスタミン薬のH1受容体占拠率が少ない。
 → ビラスチン、フェキソフェナジン、デスロラタジン
・多少眠くなっても許容される抗アレルギー薬
 → 1日1回眠前投与(レボセチリジン、ルパタジン)

▢ よく効く抗アレルギー薬
・早く効く(Tmaxが短い)
 → ビラスチン、レボセチリジン
  ベポタスチン、オロパタジン
・長く効く(T1/2が長い)
 → デスロラタジン、エバスチン
 (経皮吸収)アレサガ

▢ 眠気と効果の比較
・よく効くけど眠くなる
(一軍)アレロック、ザイザル
(二軍)ルパフィン、タリオン
(三軍)アレジオン、エバステル
・そこそこ効くけど眠くならない
 ビラノア>ディレグラ
・眠くならないが効果はいま一つ
 デザレックス>クラリチン>アレグラ

以上より、選択ポイントは、
よく効くけど眠くなる   → アレロック、ザイザル
眠くならないけど今一つ  → アレグラ、デザレックス、クラリチン
よく効くし眠くなりにくい → ビラノア、ディレグラ
と整理できます。
では、ビラノアが最強

(処方例1)眠くなるのは困りますという患者さんへ
① ビラノア → 今一つなら、②ルパフィン
(処方例2)多少眠くなっても効く薬が欲しい!
① タリオン → 今一つなら、②アレロック

▢ 花粉症のよい薬はありますか?
~と聞かれた時のチェックポイント
・常用薬はありますか?
・日常的に車の運転をしますか?
・妊娠・授乳中ですか?
・つらい症状は何ですか?
・効果と眠気はどちらを優先しますか?

▢ 満足できない患者さんへの“次の一手”
① 倍量投与(一部の薬限定)
② 系統の変更:三環系とピぺリジン・ピペラジン系
③ 投薬回数の変更:1日1回 → 2回投与、あるいは貼るタイプ
④ 投薬追加:ロイコトリエン受容体拮抗薬併用、局所療法(点眼・点鼻薬)
⑤その他:経口ステロイド薬、抗IgE抗体

…ここに私が愛用しかつ患者満足度の高い漢方が入っていないのは残念です。

▢ 倍量投与できる薬・できない薬

・倍量投与できる薬
 フェキソフェナジン
 ベポタスチン
 エピナスチン
 オロパタジン
 エバスチン
 セチリジン
 レボセチリジン
以下は条件付き増量可
 ロラタジン(小児は✖)
 アレサガ(8㎎まで)
 ルパタジン(20㎎まで)

・倍量投与できない薬
 デスロラタジン
 ビラスチン
 フェキソフェナジン/プソイドエフェドリン配合薬

▢ 系統の変更

・三環系
 エピナスチン
 オロパタジン
 ロラタジン
 ケトチフェン
 デスロラタジン
 ルパタジン

・ピぺリジン・ピペラジン系
 フェキソフェナジン
 エバスチン
 レボセチリジン
 セチリジン
 ベポタスチン
 フェキソフェナジン/プソイドエフェドリン配合剤
 ビラスチン

▢ 投薬回数の変更

・1日1回タイプ
 エピナスチン
 エバスチン
 ロラタジン
 レボセチリジン
 セチリジン
 デスロラタジン
 ビラスチン
 ルパタジン
 アレサガ(貼付)

・1日2回タイプ
 フェキソフェナジン
 フェキソフェナジン/プソイドエフェドリン配合剤
 オロパタジン
 ベポタスチン

▢ 投薬追加

・ロイコトリエン受容体拮抗薬:効果は開始後1週までに出現
 プランルカスト
 モンテルカスト
・プロスタグランジンD2・トロンボキサンA2受容体拮抗薬
 ラマトロバン

・噴霧用ステロイド点鼻薬:効果は開始後1~2日で出現
 モメタゾンフランカルボン酸エステル
 フルチカゾンフランカルボン酸エステル
 デキサメタゾンシペシル酸エステル

▢ ステロイド経口投与
・重症例限定
・プレドニゾロン換算で20~30㎎/日
・短期投与が原則:ガイドライン上は「上限1週間」
・ステロイド筋注(ケナコルト)はガイドラインでは非推奨。

▢ 抗IgE抗体(ゾレア)
・スギ花粉症用の注射薬
・処方条件がある(医師なら誰でも処方できるわけではない)
・投与条件もある(重症度、年齢、総IgE値)
・効果てきめんだが高価(3割負担でも1回1~2万円)
(実際の投与法)
 花粉飛散開始後、
 抗ヒスタミン薬などの通常治療を1週間しても改善に乏しい場合、
 4週間毎に3回MAXで投与可能

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熱中症 up date 2023

2023年07月16日 06時57分26秒 | 予防接種
昔、「熱中症」についての患者さんへの配布用プリント作成を試みました。
何冊か本を読んだのですが、今一つピンときませんでした。

症状はとらえどころがなく、
「〇〇があるから熱中症」
「〇〇がないから熱中症ではない」
と説明できないのです。

「体の中で何が起きているのか?」
というところまで考えないと解決しないことに気づきました。

ある本(名前は忘れました)を読んでいた時、
「熱中症は皮膚に血流が集まる(皮膚血管拡張)ため、
 他の臓器の血流が欠乏する状態(虚血)である」
「脳が虚血になれば、立ちくらみやめまい、
 腸が虚血になれば、吐き気や腹痛、
 筋が虚血になれば、筋肉痛やだるさ…
 などが現れる」
な、なるほど!
熱中症の症状は「各臓器が虚血状態に陥る」ために出現、
つまり「なんでもあり!」ということです。
そして最重症型が「多臓器不全」であることもうなづけます。
これなら理解しやすいし、説明しやすい。

それから、熱中症を疑ったときのチェックポイントとして、
以下の2点が重要であることもわかりました。

1.吐き気の強さ
 嘔吐が止まらなければ、脱水が進み、
 熱中症も進行しやすくなります。
 点滴が必要になることがあります。

2.意識状態
 熱中症は汗による体熱下降ができなくなった状態、
 とくに脳は熱に弱く、
 熱がこもって脳にダメージが与えられると、
 意識レベルが低下します。
 ボーっとしがち、受け答えの反応が悪い、
 などの症状が認められたら危険な状態です。
 すぐ救急車要請を!

以上のことをまとめてプリントを作成したのが、
もう15年くらい前でしょうか。
現在は「子どもの熱中症と対策」としてアップしていつでも閲覧できるようにしました。
興味のある方はどうぞ。

さて、熱中症診療はその後進歩・進化しているのでしょうか。
最近の論文解説記事を読んでみました。

西伊豆健育会病院病院長 仲田和正 医師
(2018年08月06日:メディカルトリビューン)

そうなんだ~、と勉強になった点;
・ヒトが耐えうる最高体温は41.6℃。
・環境湿度75%以上になると汗の蒸発ができなくなる。
・体表全体から発汗できるのはヒトとウマくらい。
・心拍出量が増えないと熱射病の可能性が高まる。
・尿が茶色だったらミオグロビン尿(横紋筋誘拐)を疑え。
・熱中症患者の皮膚は紅潮(皮膚血管拡張)し、湿潤あるいは乾燥している。
・冷却はぬるま湯(40℃、lukewarm water)をスプレーでかけ扇風機、マッサージする、
 冷水を皮膚に散布して扇風機を使うと皮膚血管収縮と震え(shivering)を起こすので、やってはならない、
 現場にぬるま湯がない場合、25~30℃の水をスプレーでかけ扇風機、うちわで風を送る。
・深部体温<39.4℃を目指し、38~39℃になったらクーリングを中止する、
 それ以上冷やすと医原性低体温を起こすため。
・冷やしすぎると震え(shivering)が出てくる可能性あり、
 クーリングで震えがあると発熱するのでベンゾジアゼピンを注射する。
・熱射病にNSAIDなどの解熱薬使用のスタディは存在しない、
 アセトアミノフェンやアスピリンは熱射病に使ってはならない。
・α-adrenergic agonists (ノルアドレナリンなど)は血管収縮して熱放散を妨げますので使用してはならない、
 低血圧に対しては生食をボーラスで250~500mL投与して対処する。

以下はメモです;

【熱中症の分類】
熱失神(heat syncope):血管拡張で脳血流減少して立ちくらみ、失神。体温正常
熱痙攣(heat cramp):四肢、腹部の筋痙攣、こむら返り。水分補給のみして塩分を補給しないときに起こる。熱は38℃以下
熱疲労(heat exhaustion):汗で塩分、水分大量に失い細胞外液減少。悪心、嘔吐、頭痛、めまい、低血圧。直腸温38~39℃。生食輸液。尿中ミオグロビンチェック
熱射病・日射病(heat stroke):発熱40℃以上、中枢神経症状(せん妄、痙攣、昏睡)あり
 ① 古典的熱射病(Classical heat stroke):高温環境で起こるもの
 ② 運動性熱射病(Exertional heat stroke):運動によるもの

1.熱失神は皮膚血管拡張による失神、熱痙攣は塩分なしの水分補給による筋痙攣
・夏のビニールハウス作業などで水分だけ取って塩分を取らない場合に起こります。筋肉がピクピクするとか足がつるなどの症状で来ます。直腸温は38℃以下です。涼しい外来で生食500~1,000mLほど点滴して帰しています。
・鉄工場で働かれている方は、夏は岩塩や梅干しを持参しているとのことでした。岩塩をかじりながら仕事をしているのです。

2.ヒトが耐えうる最高体温は41.6~42℃で45分~8時間。49~50℃5分で死
・42℃以上でミトコンドリア内での酸化的リン酸化(ATP産生)が困難になり酵素も活動を停止します。
・49~50℃で全細胞構造は破壊され5分で死亡します。それより低い温度での細胞死はアポトーシスによるのだそうです。
 
3.湿度75%以上で発汗蒸発不能。発汗で最大600Kcal/時放熱。抗コリン薬注意
・体温1℃程度の上昇を末梢や視床下部の熱センサーが感知し、視床下部前方の体温調整中枢(preoptic nucleus)から自律神経を介して、全身の発汗、皮膚血管拡張が起こり熱くなった血液を内臓から体表に送ります。交感神経による皮膚血管拡張により皮膚血流は8L/分まで増加し、また発汗を促します。
・発汗による蒸発熱で体表は冷やされますが、1.7mLの発汗で1kcalの熱が消費されます。しかし湿度75%以上になると蒸発ができなくなります。ですから「天気予報で湿度75%以上と言ったら要注意」です。乾燥していれば発汗により最大600kcal/時の熱を放散できるとのことです。
高齢者では皮膚への血流低下、熱放散する表皮面積低下、皮膚血管拡張障害があり発汗による放熱が困難になります。
・熱射病のリスクが高いのは、特に70歳以上、心血管疾患、神経・精神疾患、肥満、無汗症状、アルコール摂取、コカイン使用、β遮断薬、利尿薬の内服です。また発汗を抑制する抗コリン薬(デトルシトール、トビエース、ベシケア、ウリトス、ステーブラ、ポラキス、ネオキシテープ、バップフォーなど)も要注意です。高齢者は過活動性膀胱でこれらの薬剤を内服していることが多いですから必ず薬剤を調べます。
体表全体から発汗できるのはヒトとウマくらいだというのです。汗腺にはエクリン腺とアポクリン腺があります。ヒトの全身から出る汗はエクリン腺でサラッとして臭いもなく99%が水分、1%が塩分です。エクリン腺からの発汗でヒトは体温調節をします。一方アポクリン腺はヒトでいうと腋下にあるもので体温調節よりフェロモン的要素が強くその汗は脂肪、鉄分、アンモニアを含み臭いがあります。これが雑菌で分解されるとツーンとした腐臭になります。
イヌにはアポクリン腺が全身にありますがなんとエクリン腺は肉球と鼻周囲にしかないというのです。ですからイヌは全身で汗をかいての体温調節ができず、舌を出してここから蒸発させて放熱を行います。これはライオンやチーターも同じことです。ということは、これらの動物は瞬間的な短距離走は100km/時でできてもマラソンは不可能なのです。ですからヒトが槍を持ってマラソンで追いかければ簡単に捕獲できるのだそうです。

4.心拍出量が増えないと熱射病起こす。β遮断薬、利尿薬など内服薬に注意
・熱ストレスにより心拍出量は20L/分まで増加し、内臓血流は筋肉や皮膚へシフトします。つまり心拍出量が増えないと熱射病の可能性が高まるのです。例えば塩分、水分の減少や心疾患、心機能を抑制するような薬剤を内服していると危険なわけです。つまりβ遮断薬、利尿薬などの内服です。
 
5.血流の皮膚・筋へのシフトで腸管虚血→腸管透過性が亢進→エンドトキシンが中へ入る
・血流が腸間膜から筋肉や皮膚へとシフトするため、腸管虚血が起こり反応性酸素や酸化窒素が増加して粘膜損傷を起こし、腸管透過性が亢進します。熱射病での炎症反応の原因は胃腸による可能性があるというのです。
・つまり、熱射病で体がおかしくなるのは血流の皮膚、筋へのシフトで腸管虚血が起こり腸管透過性が亢進してendotoxinが血中へ入るから、という意外な展開でした。

6.最大酸素摂取量(VO2max)の80%を超えると腸管透過性が亢進する
VO2max(1分間に体重1㎏当たり何mLの酸素を取り込めるか)は持久力の指標(高いほど優れている)として使われます。運動や環境の影響でVO2maxの80%を超えると腸管透過性が亢進し、腸管虚血が始まります。

7.熱ショック蛋白はシャペロン機能(蛋白折り畳み)で細胞を防御する
熱ストレスに対しほぼ全ての細胞は遺伝子翻訳を介して熱ショック蛋白(heat-shock protein)を産生することで、これにより熱に対する防御を行います。 
・・・
熱防御能は熱ショック蛋白72のレベルと相関し、この産生を阻害するとわずかな熱ストレスにも耐えられないそうです。 
・・・
熱射病患者では炎症性サイトカインであるTNFα、IL-1β、インターフェロン-γが上昇します。炎症性サイトカインで脳圧亢進、脳血流低下、神経損傷が起こります。またそれとは逆に抗炎症性サイトカインのIL-6、soluble TNF receptors p55、p75、IL-10も上昇します。つまり炎症性、抗炎症性両方のサイトカインが増加するのです。体温を下げてもこれらを抑制できません。
炎症、抗炎症両方のサイトカインが活性化してアンバランスになり炎症または免疫抑制が起こるのです。
・・・
熱ショック蛋白はシャペロン機能 (蛋白の折り畳み促進)と関連するそうです。蛋白の構造を折り畳んで熱に強くするのです。

8.熱射病のDICは敗血症と同じ線溶抑制型DIC。CBC、PT、APTTチェック
 熱射病で内皮細胞障害、微小血管血栓が著明でDICが起こります。 
・・・
 深部体温を正常化すると線溶は阻止されますが凝固は阻止されず敗血症に似るのだそうです。DICは凝固亢進に加えて線溶抑制・亢進・均衡で3種類に分けます。熱射病のDICは敗血症で多い線溶抑制型だというのです。

9.熱射病診断は深部体温>40℃、中枢神経障害の2つ。無尿の死亡リスクHR 5.24
・・・
 熱射病の診断は次の2つの存在が必須です。
①  深部体温>40℃
②  中枢神経障害(せん妄、痙攣、昏睡)
・・・
 熱射病の死亡率は大変高く21~63%です。
 死亡リスクの高いのは特に次の項目です。
・無尿〔ハザード比(HR) 5.24、95%CI 2.29~12.03〕
・昏睡(HR 2.95、95%CI 1.26~6.92)
・心不全(HR 2.43、95%CI 1.14~5.17)

10.古典的熱射病は呼吸性アルカローシス、運動性熱射病は呼吸性アルカローシス+乳酸アシドーシス
 全ての熱射病患者は頻脈、過呼吸があり、PCO2は20mmHg以下のことが多いそうです。肺水腫によるcrackleが聞こえることがあります。Classical heat stroke(古典的熱射病:環境によるもの)では呼吸性アルカローシスが多いのですが、運動によるexertional heat stroke(運動性熱射病)では呼吸性アルカローシスと乳酸アシドーシスの両方があるそうです。 
 洞性頻脈、脈圧増加の25%は低血圧です。・・・皮膚は紅潮(皮膚血管拡張)し、湿潤あるいは乾燥しています。皮膚の湿潤または乾燥は、基礎疾患や熱射病の発病速度、水分投与によります。
 熱射病では急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、DIC、急性腎不全、肝障害、低血糖、横紋筋融解、痙攣が起こります。入院時、低P血症、低K血症が多く低血糖はまれです。血液濃縮により高Ca血症、高蛋白も起こります。運動によるheat strokeの冷却後、横紋筋融解、高P、低Ca、高Kがあります。
 最重症は多臓器不全で脳症、横紋筋融解、心筋損傷、肝障害、腸管虚血または腸管梗塞、膵損傷、出血性障害、DIC、血小板低下などが起こります。

11.検査:胸Xp、ECG、CBC、電解質、BUN、Cr、CK、GOT、GPT、 PT、PTT、尿中ミオグロビン、検尿、頭CT
・胸部X線(肺水腫)
・ECG(不整脈、伝導障害、非特異的ST・T変化、熱による心筋虚血・梗塞)
・採血:CBC、電解質、BUN、クレアチニン(急性腎不全)、CPK (横紋筋融解)、肝トランスアミナーゼ(熱射病ではめったに正常値にならない)、ただし肝酵素異常は24~48時間たたないと出現しないこともあります。
・PT、APTT:肝障害、DIC
・血ガス:古典的熱射病では呼吸性アルカローシスが多い。
     運動性熱射病では呼吸性アルカローシス+乳酸アシドーシス
・尿中ミオグロビン(横紋筋融解)、尿が茶色だったらミオグロビン尿疑え
・尿検査、沈査で蛋白、円柱、尿比重増加
・頭部CT(意識変容)、必要なら髄液検査

12.DICでは血小板、Plt、フィブリノゲン、PT、APTT、SF、TAT、PIC、AT、TMなど検査
 DICを疑った場合は、Plt、FDP、フィブリノーゲン、PTを提出し、補助的に下記の測定というところでしょうか。
 凝固活性化と線溶活性化の両者の存在を調べるのです。
・SF(可溶性フィブリン:凝固活性化の指標)
・TAT(凝固活性化の指標)
・PIC (線溶活性化の指標)
・トロンビン(Xa因子を阻害)
・トロンボモジュリン(血管内皮細胞障害の指標、トロンビン阻止)

13.冷却しても意識悪ければ髄膜炎、脳出血、視床下部卒中考えCT、髄液検査
 初期では熱射病とSIRS(全身性炎症反応症候群)の区別はできません。SIRSは下記4項目の内2つを満たします。
① BT<36℃または>38℃
② 脈>90/分
③ PaCO2 <32 
④ WBC>1万2,000/mm3または<4,000または10%を超える幼若球出現
 熱射病なのかSIRSなのか分からなければ、とりあえずクーリングを始めてから考えよとのことです。クーリングで急速に改善すれば熱射病です。
 高齢者では熱射病の回復は遅くまたβ遮断薬、Ca拮抗薬使用していると周囲環境の熱、湿度への反応が悪くなります。冷却にもかかわらず意識が悪ければ、髄膜炎、脳出血、視床下部卒中も考え、頭部CT、髄液検査を行います。

14.40℃以上の発熱は熱射病、悪性症候群、悪性過高熱考えよ
 40℃以上の高熱を起こすのは、熱射病、悪性症候群、悪性過高熱があります。
 悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome)は第一、第二世代の向精神薬で起こり、下記のような薬剤があります。
【悪性症候群を起こす薬剤】
・抗精神病薬(従来のもの)
 クロルプロマジン、フルフェナジン、ハロペリドール、ロキサピン、メソリダジン、モリンドン、ペルフェナジン、ピモジド、チオチキセン、トリフロペラジン
・抗精神病薬(比較的新しいもの)
 アリピプラゾール、クロザピン、オランザピン、パリペリドン、クエチアピン、リスペリドン、ジプラシドン
・制吐薬
 ドンペリドン、ドロペリドール、メトクロプラミド、プロクロルペラジン、プロメタジン

【Levensonらの悪性症候群診断基準 】
 以下の大症状の3項目を満たす、または大症状の2項目+小症状の 4項目を満たせば確定診断
大症状
1)発熱
2)筋強剛
3)血清CKの上昇
小症状
1)頻脈
2)血圧の異常
3)頻呼吸
4)意識変容
5)発汗過多
6)白血球増多

15.冷却は40℃の湯を体表にスプレーし扇風機、首・脇・鼠径にシャーベット状氷を
 熱射病の治療は冷却と臓器機能の維持に尽きます。意識障害があれば必要に応じて挿管、人工呼吸器開始です。中枢神経症状の回復があれば予後良好です。熱射病の20%で脳障害が残り死亡率は高いのです。
・・・
 まず直腸または食道での深部体温モニターは必須です。
 冷却はぬるま湯(40℃、lukewarm water)をスプレーでかけ扇風機、マッサージします。送風は45℃くらいの風が良いそうですが、そんなことは不可能でしょう。
 冷水を皮膚に散布して扇風機を使うと皮膚血管収縮と震え(shivering)を起こしますので、やってはなりません
 現場では体温>40℃なら着衣を脱がせて涼しい場所(20~22℃)に移しクーリングを開始します。現場にぬるま湯なんてないでしょうから、25~30℃の水をスプレーでかけ扇風機、うちわで風を送ります
 また頸部、腋下、鼠径部にシャーベット状の氷(slush)を袋に入れて当て、大径動脈を冷やします。ただし意識がある患者だと嫌がります。
・・・深部体温<39.4℃、皮膚温30~33℃を目指します。

16.冷却は38~39℃で中止!ノルアド・NSAID使用不可!低血圧には生食を!
 深部体温<39.4℃を目指し、38~39℃になったらクーリングを中止します。医原性低体温を起こすからです。
 Body Cooling Unitという特殊なベッドがあるそうで、15℃の水をスプレーで散布し45℃温風を全身に送り皮膚温を32~33℃にするのだそうです。
 熱射病にNSAIDなどの解熱薬使用のスタディはありません。アセトアミノフェンやアスピリンは熱射病に使ってはなりません。熱射病は視床下部病変ではないしこれら薬剤で肝障害、DICを起こしかねないのでやめておけとのことです。
 Salicylateは酸化的リン酸化のuncouplingにより高熱を起こすことがあります。筋弛緩剤のダントロレンは無効です。
 α-adrenergic agonists (ノルアドレナリンなど)は血管収縮して熱放散を妨げますので使用してはなりません
 低血圧に対しては生食をボーラスで250~500mL投与して対処します。

17.震えにはベンゾジアゼピン、悪性症候群でなければクロルプロマジン
 震え、痙攣は熱射病ではよくあります。特に冷却時に起こります。クーリングで震え(shivering)があると発熱するのでベンゾジアゼピンを注射します。ミダゾラム(ドルミカム10mg/2mL)0.1~0.2mg/kgから最大4mg/kg静注は効くまでに1~5分で1~6時間有効です。
 もし震えにベンゾジアゼピンが効かなくてかつ悪性症候群がなければクロルプロマジン (ウインタミン、コントミン、10、25、50mg/A)を使用します。ただしクロルプロマジンは抗コリン作用があり発汗阻害や低血圧を助長することがあります。
 患者を氷水に漬ける(cold water immersion)のは効果的ですがモニターやルート確保が困難になるし高齢者では死亡率が上がります。
 小RCTで、運動誘発性の熱射病で、頬、手掌、足底などスベスベした(glabrous)皮膚にアイスパックを当てるのも有効で、頸部、腋下、鼠径部に当てるより有効という報告があります。
 胸腔、腹膜洗浄(peritoneal lavage)を冷水で冷やすのも有効ですが侵襲的だし妊婦や腹部手術患者では禁忌です。
 22℃くらいの輸液、冷却酸素、冷却毛布も有効かもしれません。
 冷水による胃洗浄は水中毒を起こすかもしれません
 アルコールスポンジ清拭はアルコールが皮膚から吸収されて中毒を起こしますのでやってはなりません。

18.横紋筋融解:CK>5,000は生食1~2L/時間、尿200~300mL/時間に。メイロン使用、尿Ph>6.5に
 横紋筋融解ではミオグロビンが尿に出て赤ワイン色の尿になります。横紋筋融解では腎不全を起こしますので腎血流確保と利尿、尿アルカリ化を図りミオグロビンによる腎障害(heme-induced acute kidney injury)を防止します。
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