医療現場では年々、“カスハラ”が増えて話題になっています。
当院でも経験があります。
・時間外に来て「診てくれるまで帰らない」と座り込む。
・受付で大声で怒鳴り、周囲が萎縮。
等々。
また、ネット上の口コミは匿名であることを利用して、
悪口を書き込む方もいらっしゃいます。
まあ、こちらの言葉が足らないとか、
説明しても理解してもらえなかったとかの要素も無きにしも非ずですが・・・。
大抵、「自分の希望通りの診療が受けられなければ逆上する」タイプと感じています。
例えば、「食物アレルギーの検査をしてください」という患者さんはやっかいです。
なぜかというと、「検査だけでは食物アレルギーかどうか判断しにくい」という事情があり、
それを説明して理解してもらうのが大変だから。
「ある特定の食物を食べると毎回、同じ症状が同じ経過で発症する」
これが食物アレルギーです。
症状が出たり出なかったりは違います。
そして現行のアレルギー検査は感度・精度が不十分なため、
陽性に出ても食べて無症状のこともあり、
陰性に出ても食べると症状が出ることもあります。
近年はアレルゲンコンポーネントを利用することにより、
一部の食物では検査の精度が上がってきましたが、
まだすべての食物に対してできるわけではありません。
・・・以上のようなことを説明するのですが、
複雑なので理解不十分な患者さんが、
「どうしてやってくれないんですか!」
と怒ったり、泣いたりするのです。
この“泣いたり”の場合は大抵、
保育園から検査の指示が出て板挟みになっている例が多いですね。
保育園側の知識レベルも問題で、啓蒙が必要です。
さて、カスハラ患者を診療拒否できるか?
と言う記事が目に留まりましたので読んでみました。
う〜ん、微妙ですねえ。
迷惑行為で困る患者も「緊急性あり」「他院で診療不能」であれば拒否できないとのこと。
その二つを満たしていない場合、正当な理由(診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合)があれば、その時点で初めて診療拒否ができるとのこと。
信頼関係ですか・・・
ネット上に悪い口コミを書いて当院を信頼していないのに、
また来院した場合は、拒否していいってこと?
以前、こどもの喉を観察する際に、
私の顔につばを吐かれたことがありました。
コロナ以前のことです。
そうとう、イヤだったんでしょうねえ。
お母さんもばつが悪かったのかしばらく来院しなかったのですが、
ほとぼりが冷めたらまた通院しています。
迷惑行為ではあるけど、信頼関係はなくなっていない・・・かな。
<ポイント>
・医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としている。
・患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出している(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。
・前項によると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされている。
※ 例)「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられている。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられている。
・診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられている。具体的には、
(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、
(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、
(3)他の医療機関による診療可能性があること。
──が判断基準となっている。
・問題はやはり(1)の証明。どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておく。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録する。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立つ。
▢ 医療現場のカスハラ、診療拒否できるのはどんなケース?
桑原 博道 福田 梨沙(仁邦法律事務所)
(2024/12/03:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);
東京都で2024年10月、全国初のカスタマーハラスメント防止条例が成立しました(2025年4月に施行)。もっとも同条例には迷惑行為を行ったカスタマー(顧客)に対する罰則はなく、実効性の確保が課題となりそうです。
カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)には、医療現場も苦しんできました。特に医療現場では診療義務(応招義務)が課せられており(医師法19条1項)、カスハラ対策として「迷惑患者の診療拒否はできるのか」が問題となっています。そこで迷惑患者に対する診療拒否が問題となった最近の裁判例を挙げ、どういう場合に診療拒否ができるのかを考えてみたいと思います。
カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)には、医療現場も苦しんできました。特に医療現場では診療義務(応招義務)が課せられており(医師法19条1項)、カスハラ対策として「迷惑患者の診療拒否はできるのか」が問題となっています。そこで迷惑患者に対する診療拒否が問題となった最近の裁判例を挙げ、どういう場合に診療拒否ができるのかを考えてみたいと思います。
【事例1】救急搬送されてきた患者からカスハラを受けたケース
女性患者が病院に救急搬送されてきました。担当した医師は問診を行い、心エコー検査を行うと説明。すると患者は突然、「なぜ男性医師がやる必要があるのですか。信じられない。看護師さんの業務範囲じゃないんですか」と激高しました。医師が心エコー検査は看護師の業務ではないと説明しても、「そんなの信じられない」と大声を出し、医師による心エコー検査を激しく拒絶しました。そのため、患者の同意を得て、女性看護師が心電図検査を実施しました。心電図検査では異常はありませんでした。
医師は患者の夫に対し、今回のような症状の場合、基本的には精神疾患も診られる病院に搬送依頼したほうがよいと思うことや、今後、同様の症状でこちらの病院を受診しても、検査を拒否する以上、責任ある診断ができないことなどを説明しました。しかし患者は大声を上げ、「納得できない」「ここを動かない」「帰らない」「今すぐ点滴をしてください」などと主張しました。さらに帰宅を促す夫の髪を引っ張ったり、顔をたたいたりしました。
医師は状況が変わらない場合には警察の介入もやむを得ないと判断し、その旨を看護師に伝えました。看護師は患者と夫に対し、「患者が帰らない場合には警察に相談させてもらうことになる」と告げました。そうしたところ、患者と夫は病院を立ち去りました。
その後、患者は病院を開設する医療法人に対し、医師が患者の治療を拒否したことが不法行為に当たるとして、患者の精神的苦痛に対する慰謝料150万円等の支払いを求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所は「医師は違法に患者の診療を拒否したとはいえず、不法行為が成立するとは認められない」と判断し、患者の請求を棄却しました(札幌地裁令和5年4月26日判決)。このように判断した理由として、心電図検査に異常は認められず、緊急に医学的処置を行う必要性があったとは認められないため、患者が求めていた点滴治療を行う必要性も認められないことを挙げています。さらに、患者の言動は、著しい迷惑行為となっていたことからすると、医師が治療を行うために必要な医師と患者との信頼関係を築くことができないと判断。それ以上の診療を拒絶したことは、医師法19条1項の趣旨を踏まえても社会通念上相当であったといえるとしています。
医師は患者の夫に対し、今回のような症状の場合、基本的には精神疾患も診られる病院に搬送依頼したほうがよいと思うことや、今後、同様の症状でこちらの病院を受診しても、検査を拒否する以上、責任ある診断ができないことなどを説明しました。しかし患者は大声を上げ、「納得できない」「ここを動かない」「帰らない」「今すぐ点滴をしてください」などと主張しました。さらに帰宅を促す夫の髪を引っ張ったり、顔をたたいたりしました。
医師は状況が変わらない場合には警察の介入もやむを得ないと判断し、その旨を看護師に伝えました。看護師は患者と夫に対し、「患者が帰らない場合には警察に相談させてもらうことになる」と告げました。そうしたところ、患者と夫は病院を立ち去りました。
その後、患者は病院を開設する医療法人に対し、医師が患者の治療を拒否したことが不法行為に当たるとして、患者の精神的苦痛に対する慰謝料150万円等の支払いを求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所は「医師は違法に患者の診療を拒否したとはいえず、不法行為が成立するとは認められない」と判断し、患者の請求を棄却しました(札幌地裁令和5年4月26日判決)。このように判断した理由として、心電図検査に異常は認められず、緊急に医学的処置を行う必要性があったとは認められないため、患者が求めていた点滴治療を行う必要性も認められないことを挙げています。さらに、患者の言動は、著しい迷惑行為となっていたことからすると、医師が治療を行うために必要な医師と患者との信頼関係を築くことができないと判断。それ以上の診療を拒絶したことは、医師法19条1項の趣旨を踏まえても社会通念上相当であったといえるとしています。
【事例2】慢性疾患の患者が高圧的な態度で抗議してきたケース
患者はA医院で糖尿病の治療を受けていましたが、A医院への定期的な通院が仕事の都合上、困難であったため、B病院に対する診療情報提供書が作成されました。しかし患者はその後速やかにB病院を受診せず、糖尿病の治療を中断しました。患者がB病院を受診したのは、診療情報提供書が作成されてから3年以上が経過した後でした。患者はその後もインスリンなどが不足した際や、血糖値が高くなった際などに処方を受けるためにB病院に来院はするものの、糖尿病・内分泌内科への通院は不定期でした。また通院しても、血液検査などの必要な検査を金銭的な理由から拒否したりすることがありました(その一方で患者は頻繁に飲酒をしていました)。さらに処方されたインスリンを指示通りに注射しないようなことや、血糖値の自己測定を指示通りに行わないようなこともありました。
ある日、患者は友人と飲酒していましたが、インスリンが切れていることを思い出し、B病院へ足を運び医師の診察を受けました。医師は患者に血液検査が必要であると説明。しかし患者は手持ちが十分でないことを理由に血液検査を断り、次回の診察の際に血液検査を受けると言いました。これに対し医師は、それではインスリンを処方することはできないので、血液検査を改めて受けるよう告げました。これに対して患者は医師に対し、高圧的な態度で「金がないんだよ」「こっちが言うようにインスリン処方すればいいんだよ」「うるさい、採血はできない」などと大声で主張しました。
そのため医師は、翌月に血液検査を実施することを条件に、血液検査を実施することなく、インスリンなどを処方しました(これに対して患者は、裁判で声を荒げたり、大きな声を出したり、高圧的な態度を取ったりしていないと供述しています。しかし裁判所は、こうした供述はカルテの記載と整合していないので認められないと判断しています)。
B病院は、これ以上患者の診療を継続することは困難であると判断しました。そこで医療相談室長が患者に電話して、B病院への出入りを禁止すると伝えました。しかし患者は出入り禁止を告げられた当日中にB病院に来院し、酩酊状態のまま医療相談室長を呼び出し、呼び捨てにしつつ大声で抗議をするとともに、院長を出せなどと訴えました。また自ら警察に連絡し、警察官に臨場を要請しました。結局、患者は自ら臨場を要請した警察官に連れられてB病院を離れました。
患者はその翌日、B病院に電話をかけ、応対した医療相談室長に対し「診療を拒否することはできない」「暴言を吐いたり脅したりはしていない」と抗議しました。また患者は同日、再度B病院に電話をかけ、応対した職員に対し「本件は裁判になるから事実確認が必要であり、可能であれば院長からも話を聞きたい」などと言いました。その後も患者は繰り返しB病院に電話をかけ、自らの言い分を述べたり、治療の継続を求めたりしました。しかしB病院はその後も患者の診療を拒否しました。
その後、患者は医療相談室長に対し、治療を受けることを妨害された精神的苦痛に対する慰謝料として150万円の支払いを求めるとともに、B病院を開設する医療法人に対して、糖尿病インスリン注射等の治療行為の実施を求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所はB病院が患者との間の診療契約を解除し、患者に対する今後の治療を拒否すると判断したことは、「医師法19条1項の趣旨を十分に参酌したとしてもなお、社会通念上是認することができない不当な行為であると認めることはできないというべきである」と判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年8月8日判決)。
このように判断した理由として、患者が受けていた治療は糖尿病という慢性疾患に関するものであり、直ちに患者の生命・身体に危険が生じるものではなく、その治療に当たって緊急性があるとはいえないこと。また、糖尿病の治療が行える医療機関はB病院以外にも多数あり、B病院が診療を拒否したとしても、他院で糖尿病の治療を受けることが十分に期待できる状況にあったこと。そして患者は、自らの糖尿病の治療に協力的ではなく、そのような状況下において、血液検査を求める医師に対して高圧的な態度で、医師の診療方針に大声で反発したことなどを挙げています。
これらを踏まえ、裁判所は「この時点において、B病院と患者との間で信頼関係を維持することは困難な状況にあったといえ、B病院が患者に対する今後の糖尿病の治療を拒否すると判断したとしても、やむを得ない。そしてその後における患者の態度からすると、その後も患者の治療を拒否したこともまた、やむを得ない」としました。
ある日、患者は友人と飲酒していましたが、インスリンが切れていることを思い出し、B病院へ足を運び医師の診察を受けました。医師は患者に血液検査が必要であると説明。しかし患者は手持ちが十分でないことを理由に血液検査を断り、次回の診察の際に血液検査を受けると言いました。これに対し医師は、それではインスリンを処方することはできないので、血液検査を改めて受けるよう告げました。これに対して患者は医師に対し、高圧的な態度で「金がないんだよ」「こっちが言うようにインスリン処方すればいいんだよ」「うるさい、採血はできない」などと大声で主張しました。
そのため医師は、翌月に血液検査を実施することを条件に、血液検査を実施することなく、インスリンなどを処方しました(これに対して患者は、裁判で声を荒げたり、大きな声を出したり、高圧的な態度を取ったりしていないと供述しています。しかし裁判所は、こうした供述はカルテの記載と整合していないので認められないと判断しています)。
B病院は、これ以上患者の診療を継続することは困難であると判断しました。そこで医療相談室長が患者に電話して、B病院への出入りを禁止すると伝えました。しかし患者は出入り禁止を告げられた当日中にB病院に来院し、酩酊状態のまま医療相談室長を呼び出し、呼び捨てにしつつ大声で抗議をするとともに、院長を出せなどと訴えました。また自ら警察に連絡し、警察官に臨場を要請しました。結局、患者は自ら臨場を要請した警察官に連れられてB病院を離れました。
患者はその翌日、B病院に電話をかけ、応対した医療相談室長に対し「診療を拒否することはできない」「暴言を吐いたり脅したりはしていない」と抗議しました。また患者は同日、再度B病院に電話をかけ、応対した職員に対し「本件は裁判になるから事実確認が必要であり、可能であれば院長からも話を聞きたい」などと言いました。その後も患者は繰り返しB病院に電話をかけ、自らの言い分を述べたり、治療の継続を求めたりしました。しかしB病院はその後も患者の診療を拒否しました。
その後、患者は医療相談室長に対し、治療を受けることを妨害された精神的苦痛に対する慰謝料として150万円の支払いを求めるとともに、B病院を開設する医療法人に対して、糖尿病インスリン注射等の治療行為の実施を求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所はB病院が患者との間の診療契約を解除し、患者に対する今後の治療を拒否すると判断したことは、「医師法19条1項の趣旨を十分に参酌したとしてもなお、社会通念上是認することができない不当な行為であると認めることはできないというべきである」と判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年8月8日判決)。
このように判断した理由として、患者が受けていた治療は糖尿病という慢性疾患に関するものであり、直ちに患者の生命・身体に危険が生じるものではなく、その治療に当たって緊急性があるとはいえないこと。また、糖尿病の治療が行える医療機関はB病院以外にも多数あり、B病院が診療を拒否したとしても、他院で糖尿病の治療を受けることが十分に期待できる状況にあったこと。そして患者は、自らの糖尿病の治療に協力的ではなく、そのような状況下において、血液検査を求める医師に対して高圧的な態度で、医師の診療方針に大声で反発したことなどを挙げています。
これらを踏まえ、裁判所は「この時点において、B病院と患者との間で信頼関係を維持することは困難な状況にあったといえ、B病院が患者に対する今後の糖尿病の治療を拒否すると判断したとしても、やむを得ない。そしてその後における患者の態度からすると、その後も患者の治療を拒否したこともまた、やむを得ない」としました。
【事例3】患者がプレゼントを持参したケース
ある夏の日、女性患者がX病院に救急搬送されてきました。通勤中に転倒し、上口唇挫創、下口唇挫創、四肢擦過傷の傷害を負っていました。男性医師(形成外科医)は上口唇の縫合処置等を実施。またその後2回、上口唇のレーザー治療を行いました。そして2回目の治療を行い約1カ月経過した2月のとある日に、患者から「義理チョコではありません」などと記載されたメッセージとともに、手作りのお菓子などを渡されました。それまでも高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどを渡されていました。
さらに患者は3月に自転車事故により右手切創の傷害を負い、Yクリニックを受診しました。患者はYクリニックの医師に、「X病院の医師から上口唇の縫合処置を受けた」と伝えました。それに伴いYクリニックの医師は、X病院の医師宛てに縫合を目的とする紹介状を作成しました。患者は4月、この紹介状を持参してX病院を訪れ、上口唇の縫合処置等を施した医師による診療を希望しました。しかし当該医師から診療を受けられませんでした。患者は5月に、再びX病院を訪れ、当該医師による診療を希望しましたが診療を受けることはできませんでした。
その後、患者は当該男性医師に対し、診療行為を拒否したことが不法行為に当たるなどとして、300万円の支払いを求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所は診療拒否が不法行為に当たるとは言えないと判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年3月10日判決)。裁判所はまず、前提として、医師による診療拒否が不法行為に当たるか否かは、医師法19条1項の趣旨を踏まえて社会通念に照らして判断されるべきであり、具体的には、(1)緊急の診療の必要性の有無、(2)他の医療機関による診療可能性の有無、(3)診療拒否の理由の正当性の有無──などの事情を総合考慮して判断するのが相当としました。
この前提に立った上で、本件を見ると(1)~(3)のいずれも認められないと判断しました。
(1)の緊急の診療の必要性の有無については、患者の傷害である右手切創についてはYクリニックの医師からX病院の医師宛てに縫合を紹介目的とする紹介状が作成されたものの、Yクリニックにおいて直ちに縫合処置が実施されなかったことから、緊急の診療の必要性があったとは認められないことを理由に挙げています。
(2)他の医療機関による診療可能性の有無については、患者の右手切創に対する縫合処置は当該医師しか行えないものではなく、他の医療機関によっても行えることから、他の医療機関による診療可能性がなかったとも認められないとしました。
(3)診療拒否の理由の正当性の有無については、当該医師が患者の診療を行わなかった理由は他の患者を診療する予定があっただけでなく、患者から高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどをもらい、さらには『義理チョコではありません』などと記載されたメッセージとともに手作りのお菓子等をもらったことから、患者から交際を申し込まれたと思い、患者とは距離を置いたほうがよいと考えたことにあったと認められ、このような理由からすれば、当該医師による診療拒否の理由には正当性があったといえると判断しました。
さらに患者は3月に自転車事故により右手切創の傷害を負い、Yクリニックを受診しました。患者はYクリニックの医師に、「X病院の医師から上口唇の縫合処置を受けた」と伝えました。それに伴いYクリニックの医師は、X病院の医師宛てに縫合を目的とする紹介状を作成しました。患者は4月、この紹介状を持参してX病院を訪れ、上口唇の縫合処置等を施した医師による診療を希望しました。しかし当該医師から診療を受けられませんでした。患者は5月に、再びX病院を訪れ、当該医師による診療を希望しましたが診療を受けることはできませんでした。
その後、患者は当該男性医師に対し、診療行為を拒否したことが不法行為に当たるなどとして、300万円の支払いを求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所は診療拒否が不法行為に当たるとは言えないと判断し、患者の請求を棄却しました(東京地裁令和4年3月10日判決)。裁判所はまず、前提として、医師による診療拒否が不法行為に当たるか否かは、医師法19条1項の趣旨を踏まえて社会通念に照らして判断されるべきであり、具体的には、(1)緊急の診療の必要性の有無、(2)他の医療機関による診療可能性の有無、(3)診療拒否の理由の正当性の有無──などの事情を総合考慮して判断するのが相当としました。
この前提に立った上で、本件を見ると(1)~(3)のいずれも認められないと判断しました。
(1)の緊急の診療の必要性の有無については、患者の傷害である右手切創についてはYクリニックの医師からX病院の医師宛てに縫合を紹介目的とする紹介状が作成されたものの、Yクリニックにおいて直ちに縫合処置が実施されなかったことから、緊急の診療の必要性があったとは認められないことを理由に挙げています。
(2)他の医療機関による診療可能性の有無については、患者の右手切創に対する縫合処置は当該医師しか行えないものではなく、他の医療機関によっても行えることから、他の医療機関による診療可能性がなかったとも認められないとしました。
(3)診療拒否の理由の正当性の有無については、当該医師が患者の診療を行わなかった理由は他の患者を診療する予定があっただけでなく、患者から高級チョコレート、高級紅茶ティーバッグ、クリスマスカード、クリスマスプレゼントなどをもらい、さらには『義理チョコではありません』などと記載されたメッセージとともに手作りのお菓子等をもらったことから、患者から交際を申し込まれたと思い、患者とは距離を置いたほうがよいと考えたことにあったと認められ、このような理由からすれば、当該医師による診療拒否の理由には正当性があったといえると判断しました。
【事例4】診療拒否が違法とされたケース
ある女性患者が不妊治療のため、クリニックでの受診を開始しました。しかし看護師がクリニック外で患者と個人的に接触し、さらに治療方針に影響を与える発言をしてしまいました。このことがクリニックで問題視され、診察を担当していた医師は患者とその夫に対し、正式に謝罪しました。
ところがその後、看護師の身の回りで次のような出来事がありました。クリニックから帰宅途中のこと。看護師は見知らぬ女性から「●さんですか」「患者さんに悪いことをしたと思っていないのですか」などと声をかけられました。これに対し、クリニックで話をしたいと提案しましたが断られました。また看護師はこの女性を撮影しましたが、携帯電話を奪われ、写真データを消去されました。このことを看護師はクリニックに報告し、警察署にも相談しました。
医師は患者に電話し、「患者の知り合いと名乗る女性がクリニックから帰宅途中の看護師に声をかけ、看護師が当該女性を携帯電話で撮影したところ、この女性が携帯電話を奪い、もみ合いになりながら、この女性により同写真のデータが削除されるという事件が発生した。看護師が警察に被害届を出したため、今後、診療はできない」と伝えました。以降、患者は、クリニックでの診療を受けなくなりました。
その後、患者と夫はクリニックを開設する医療法人に対し、診療を不当に拒否されたとして慰謝料600万円等を求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所は次のように判断しました(東京地裁令和3年3月30日判決)。まず看護師と見知らぬ女性とのクリニック外でのトラブルがあったことは、事実であると考えられると指摘。しかし「この事件について、患者が関与したことを裏付ける的確かつ客観的な証拠はない。それにもかかわらず、患者から適切に事情聴取をしないままに、直ちに患者の診療を拒否したことについては、その手続において不適切な点があったといえる。またこの事件が発生したことをもって患者と夫に帰責することはできない」としました。
そのため、この事件の発生を理由に患者とクリニックの間の信頼関係が損なわれたものとは認められないと判断。患者の診療内容が不妊治療であって、その緊急性は高くなく、他の病院においても同程度の水準の治療を受けることが可能であったからといって、診療拒否に正当な事由があったものと認めることはできないとしています。
一方でクリニックのスタッフからすれば、この事件への患者の関与を疑うことについて、無理もない面もあると言及。またクリニック内部において、患者の診療の続行について一定の抵抗感が生じたこともうかがわれ、診療拒否に至ったことについて、全く理由のないものであったともいい難いと認定。さらに診療拒否後もクリニックは、患者との間で不妊治療を継続することができる方途を模索しており、患者に対し一定の条件の下で診療を再開する内容の提案を行っていたことを指摘しています。
これらを踏まえ、「この診療拒否の違法性は一定程度に留まるというべきである。その上、不妊治療自体はクリニック以外においても受診することが可能である。そこで患者の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である」と判断し、この限度で患者の請求を認めました。
ところがその後、看護師の身の回りで次のような出来事がありました。クリニックから帰宅途中のこと。看護師は見知らぬ女性から「●さんですか」「患者さんに悪いことをしたと思っていないのですか」などと声をかけられました。これに対し、クリニックで話をしたいと提案しましたが断られました。また看護師はこの女性を撮影しましたが、携帯電話を奪われ、写真データを消去されました。このことを看護師はクリニックに報告し、警察署にも相談しました。
医師は患者に電話し、「患者の知り合いと名乗る女性がクリニックから帰宅途中の看護師に声をかけ、看護師が当該女性を携帯電話で撮影したところ、この女性が携帯電話を奪い、もみ合いになりながら、この女性により同写真のデータが削除されるという事件が発生した。看護師が警察に被害届を出したため、今後、診療はできない」と伝えました。以降、患者は、クリニックでの診療を受けなくなりました。
その後、患者と夫はクリニックを開設する医療法人に対し、診療を不当に拒否されたとして慰謝料600万円等を求める訴訟を提起しました。
この事例について、裁判所は次のように判断しました(東京地裁令和3年3月30日判決)。まず看護師と見知らぬ女性とのクリニック外でのトラブルがあったことは、事実であると考えられると指摘。しかし「この事件について、患者が関与したことを裏付ける的確かつ客観的な証拠はない。それにもかかわらず、患者から適切に事情聴取をしないままに、直ちに患者の診療を拒否したことについては、その手続において不適切な点があったといえる。またこの事件が発生したことをもって患者と夫に帰責することはできない」としました。
そのため、この事件の発生を理由に患者とクリニックの間の信頼関係が損なわれたものとは認められないと判断。患者の診療内容が不妊治療であって、その緊急性は高くなく、他の病院においても同程度の水準の治療を受けることが可能であったからといって、診療拒否に正当な事由があったものと認めることはできないとしています。
一方でクリニックのスタッフからすれば、この事件への患者の関与を疑うことについて、無理もない面もあると言及。またクリニック内部において、患者の診療の続行について一定の抵抗感が生じたこともうかがわれ、診療拒否に至ったことについて、全く理由のないものであったともいい難いと認定。さらに診療拒否後もクリニックは、患者との間で不妊治療を継続することができる方途を模索しており、患者に対し一定の条件の下で診療を再開する内容の提案を行っていたことを指摘しています。
これらを踏まえ、「この診療拒否の違法性は一定程度に留まるというべきである。その上、不妊治療自体はクリニック以外においても受診することが可能である。そこで患者の被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である」と判断し、この限度で患者の請求を認めました。
▶ 診療拒否をした場合の損害賠償責任、「3つの判断基準」を留意
医師法19条1項は診療義務(応招義務)について定めており、「正当な事由」がある場合に限り、診療拒否ができる、としています。患者の迷惑行為が「正当な事由」に該当するかについては、厚生労働省が通知を出しています(「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」、令和元年12月25日医政発1225第4号)。これによると、迷惑行為の態様に照らし、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される」とされています。そして、「※」の例として、「診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等」が挙げられています。ただし、緊急対応が必要な場合は除かれており、緊急対応が必要な例として「病状の深刻な救急患者等」が挙げられています。
この解釈は行政上の解釈ということになりますが、事例1~4の通り、裁判上、診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられています。具体的には、(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、(3)他の医療機関による診療可能性があること──が判断基準となっています。そのため、事例4のように、(2)や(3)が認められても、(1)がないことを理由として損害賠償責任が認められることがあります。
したがって診療拒否をする場合には、3つの判断基準を一つひとつ検討する必要があります。最も判断に迷うのは、(1)と思われますが、厚生労働省からの通知で挙げられている例のほか、事例1や事例2のような暴言や身勝手な治療・検査の求め、事例3のような好意をうかがわせる行動も(1)に含まれると考えてください。
また3つの判断基準は、いざというときに証明もできるように準備しておく必要があります。このうち(2)は医療記録の記載で証明できますし、(3)もインターネット検索などで証明できます。問題はやはり(1)の証明です。そこで事例2のように、どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておきましょう。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録しましょう。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立ちます。その一方で裁判例4のように、患者自身の関与が証明できないにもかかわらず診療拒否をすることは要注意です。
さらに診療拒否の方法ですが、ここで挙げた事例ではすべて口頭(電話を含む)で行われています。しかしより慎重を期すならば、3つの判断基準、特に(1)の証明(医療記録にある具体的な記載内容)を念頭に置いた文案を作成し、弁護士にもチェックしてもらい、文書で通知する方がよいものと考えます。
なお事例4のように、医療者が医療機関外で患者と個人的に付き合うことに端を発するトラブルも頻繁にありますので、患者との個人的付き合いは控えましょう。過剰なプレゼントや贈答についても、関係性が壊れた後にはプレゼントや贈答の受領を持ち出されてトラブル化しやすいので、受領は控えましょう。受領を断ることで関係性が壊れることを心配する医療者もいますが、そのことのみで患者と医療者としての関係性が壊れるとは思えません。
この解釈は行政上の解釈ということになりますが、事例1~4の通り、裁判上、診療拒否をした場合に損害賠償責任が認められるかどうかについても同様の判断基準が用いられています。具体的には、(1)信頼関係が喪失しているかどうかという正当性があること、(2)緊急で診療を行う必要性がないこと、(3)他の医療機関による診療可能性があること──が判断基準となっています。そのため、事例4のように、(2)や(3)が認められても、(1)がないことを理由として損害賠償責任が認められることがあります。
したがって診療拒否をする場合には、3つの判断基準を一つひとつ検討する必要があります。最も判断に迷うのは、(1)と思われますが、厚生労働省からの通知で挙げられている例のほか、事例1や事例2のような暴言や身勝手な治療・検査の求め、事例3のような好意をうかがわせる行動も(1)に含まれると考えてください。
また3つの判断基準は、いざというときに証明もできるように準備しておく必要があります。このうち(2)は医療記録の記載で証明できますし、(3)もインターネット検索などで証明できます。問題はやはり(1)の証明です。そこで事例2のように、どんな迷惑行為があったのかも具体的に医療記録に記載しておきましょう。その際「暴言」と記載するだけではなく、何を言われたのかを具体的に記録しましょう。また「大声」とだけ記載するのではなく、例えば「廊下に響きわたるほどの大声」など、声の程度が分かるよう詳細な記載も証明に役立ちます。その一方で裁判例4のように、患者自身の関与が証明できないにもかかわらず診療拒否をすることは要注意です。
さらに診療拒否の方法ですが、ここで挙げた事例ではすべて口頭(電話を含む)で行われています。しかしより慎重を期すならば、3つの判断基準、特に(1)の証明(医療記録にある具体的な記載内容)を念頭に置いた文案を作成し、弁護士にもチェックしてもらい、文書で通知する方がよいものと考えます。
なお事例4のように、医療者が医療機関外で患者と個人的に付き合うことに端を発するトラブルも頻繁にありますので、患者との個人的付き合いは控えましょう。過剰なプレゼントや贈答についても、関係性が壊れた後にはプレゼントや贈答の受領を持ち出されてトラブル化しやすいので、受領は控えましょう。受領を断ることで関係性が壊れることを心配する医療者もいますが、そのことのみで患者と医療者としての関係性が壊れるとは思えません。