かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

15. 旧暦2月14日未明  決戦 その3

2008-03-20 08:34:05 | 麗夢小説『悪夢の純情』
「そ、そんな」
 額に汗を浮かべつつ呟いた榊だったが、それ以上は息を呑むよりなかった。麗夢、円光も、昂揚したルミ子の気に飲まれたかのように微動だにしない。ルミ子はその様子に満足したのか、さらに一堂に最後通牒を宣告した。
「後二分。百二十秒で、死夢羅博士のスピリトンが光速の九九・九%に達するわ。そして、一般相対性理論通りに質量とエネルギーを飛躍的に増した死夢羅博士の霊子が、この場所で将門の霊子と正面衝突するの。凄いわよぉ。精神の謎を解き明かすデータと、それを私とともに解析する永遠のパートナー、鬼童海丸がルミノタイト・ガンマに定着する瞬間を、皆さんはご覧になれるのよ」
「そんな事をしたら、データも何も吹っ飛んじゃうじゃない!」
 思わず口走った麗夢の疑問を、ルミ子は鼻で笑い飛ばした。
「ご心配なく。ここで得られたデータはちゃんと首塚地下の副コントロール室のコンピューターに、しっかりと記録されるわ。既に死ぬ事のない私と、その瞬間に永遠の生命を得る海丸は問題ないけど、あなた方は後百秒でさよならね」
「駄目だ! ここは諦めて脱出しよう、麗夢さん、円光さん!」
「無駄無駄。後九十秒で三キロ離れる事が出来るなら助かるかも知れないけれど」
「な、何だと?!」
 榊は一瞬でルミ子の言う事を理解した。ここを中心に相当な被害が出るだろう事は、初めから想定の内にあった榊だった。だが、この時点でそれが半径三キロメートルもの広範囲になろうとは、さすがの榊にも見積もる事が出来なかった。
「渋谷が・・・、消えて無くなっちゃう・・・」
 不安げに尻尾を丸めたアルファとベータを抱き抱えて、麗夢は座り込んだ。その隣で、円光も成す術なく立ち止まって目を閉じる。榊は思った。
(渋谷どころではない。直線距離三キロなら、恵比寿、代々木、千駄ヶ谷、麻布も原宿も六本木も、皆壊滅してしまう。新宿だって無事ではすまんぞ・・・)
 暗澹とした麗夢達の間に、喜びに満ちたルミ子の嬌声が、スキップしながら駆け抜けていった。
「後三十秒!」
「後二十秒!」
「後十秒! それじゃあ皆さん、安らかに眠って頂戴ね!」
 にっこり笑って手を振るルミ子に最後の怒りを覚えながら、麗夢は衝突地点とされる鬼童の方を見やった。鬼童もまた、ガラス容器の中で無念のほぞを噛んでひざをついた。
「三、二、一、ゼロ!」
期待にはじけたゼロのかけ声が、ビル全体を揺るがす轟音にかき消えた。が、喜びに爆発寸前のルミ子の顔が、微妙にこわばって凍り付くのに一瞬の時もいらなかった。
「そ、そんな・・・。一体、一体何があったというの? 死夢羅博士!」
 当惑する視線の先に、光がはじけるような輝きを伴った、漆黒長身の姿があった。屹立する鷲鼻、肉がそぎ落ちて骨を露出する顔面、何かにぶち当てたように刃がグニャリと折れ曲がった巨大な鎌を持ち、薄ら笑いに前にも増した傲岸さをたたえながら、ようやく手に入れた自由に死夢羅は吼えた。
「ふぁっはっはっ! 遂にやったぞ!」
 死夢羅は、埃を払うように黒いマントをばさりと振り、驚くルミ子に鷲鼻を向けた。
「ふふふ、教えてやろう。将門の力とわしの力が真っ正面から衝突したなら確かに貴様の思惑通りに事は進んだ事だろう。だが、わしはその時をこそ狙っておった。自分の霊子のスピンを変化させ、丁度二つの独楽が衝突するかのように将門に当たったのよ。おかげで将門からもエネルギーを得たわしは、こうして貴様が作った結界をぶち破った訳だ。勿論この時のために、少しずつこの結界に傷を付ける努力を続けてはいたがな。ふぁっはっはっ!」
 これまでの死夢羅よりもはるかに力強い嗤いに、ルミ子は気圧されるように一歩下がった。
「で、でもこのままでは済まさないわ。博士、もう一度サイクロトロンに入っていただきます!」
 ルミ子は、手にしたリモコンを死夢羅に向けた。瞬間、死夢羅の周囲の空気が微妙な屈折を見せ、死夢羅の姿が揺らめくようにぶれて見えた。しかし、死夢羅は傲然と笑顔をたたえ、すうっと深く息を吸うと、一気にはっと吐き出した。たちまち死夢羅を囲む結界が吹き飛び、死夢羅の姿からぶれが消えた。
「効かん。効かんぞ! もはや貴様のそのちゃちなおもちゃでは、わしを抑える事はできん!」
 死夢羅は突如鎌を振り回すと、ひるんだルミ子の手からリモコンを叩き落とした。
「おのれ!」
 その隙を突いて円光が突進し、全体重を載せた拳打を放った。それは完全に死夢羅の虚を突いた一撃だったが、死夢羅は、この渾身の一撃を左手であっさりと受けとめ、更にぐいと握りしめた。途端に円光の顔が苦痛にゆがんだ。
「ぐうっ・・・」
 死夢羅は更に力を込めると、余裕の笑みで麗夢に言った。
「今ここで貴様らを殺すのはたやすい事だが、それでは折角長い時間をかけて練り上げた計画が無駄になってしまう。ここは見逃してやる故、僅かに伸びたその命を大切に使うがいい!」
 突きとばすように円光の拳を放した死夢羅は、ゆっくりと宙に浮き上がった。結界脱出の衝撃で壊れた鎌をあっさりと捨て、全身をマントに包み込むと、死夢羅は一瞬で漆黒の球に変化した。
「ふふふ、光速まで加速された上、将門からもエネルギーを受けたわしにはもはや増幅装置など必要ない。麗夢! この東京をそっくり道連れに付けてやる故、安堵してあの世に旅立つがいい! ふぁっはっはっはっ!」
 野球ボールほどの黒い球は、はじけるように飛び上がった。もはや部屋を固める結界も、その脱出を抑える事は出来なかった。結界を一蹴した死夢羅は、天井のコンクリートを突き破り、一挙に外へと飛び出すと、そのまま満天の星空めがけて駆け上がった。

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