かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

15. 旧暦2月14日未明  決戦 その1

2008-03-20 08:32:48 | 麗夢小説『悪夢の純情』
渋谷桜乃宮ビルの地下は全てのフロアがこれ実験室である。最大の部屋は勿論ルミノタイトサイクロトロンを有する中央実験室だったが、その周囲にはそれぞれ小さな部屋が幾つか衛星のように配置されている。それらはルミノタイト製造室だったり動力室だったりする訳だが、今鬼童がいる小部屋は、集中管理室というビル全体の神経が集まる部屋だった。普段はルミ子以外の誰も入らぬように鍵がかけられているのだが、都が消えて以来多忙を極めるルミ子がうっかりしたのであろうか、場合によってはドアを破壊してでも、という意気込みの鬼童の前で、扉は実にあっさりと開いたのであった。
 鬼童がこの危険な行動に出たのは、ルミ子が実験直前の最終点検のため、首塚に出ていったからだった。
「本当は婆やにやって貰ってたんだけど、しょうがないわ。ちょっとの間よろしくね」
 鬼童は表面では、ああ、と軽く手を挙げただけだったが、内心は待ちに待ったチャンスに子躍りするばかりにルミ子を見送ったのである。
 幸い死夢羅も未明からルミノタイトサイクロトロンに入り、本番に向けてウォーミングアップの最中である。監禁場所のロックをはずし、麗夢達を逃がすにはこれ以上願ってもない好機であった。鬼童はすぐさま中の端末に飛びついた。
 榊が突入したのは、丁度鬼童が端末の操作方法を理解した頃の事である。鬼童は、突然鳴り響いた警報音に心臓を止めたが、モニターに映った榊の姿に、今度は鼓動を速めて喜んだ。
(警部が来た!)
 鬼童は呼びかけようと音声装置を探したが、どうしても見つからない。無音のモニターに榊が階段を選ぶ様子が映し出されるのを見て、鬼童は直ぐさま予定を変更した。鬼童は手近なメモに走り書きすると、エレベーターに張り付けてその電源を入れたのである。
(急げ! 警部、急いでくれ!)
 鬼童は、エレベーターを前に逡巡する榊をじれったく眺めながら、ルミ子が今にも帰ってくるのではないかと焦った。ようやく榊がエレベーターに乗り、麗夢達と再会するに及んで、鬼童は喜色満面で集中管理室を出た。
「る、ルミ子!」
 間一髪と言っていいのだろうか、とその笑顔を凍り付かせながら鬼童は思った。麗夢達は既に脱出し、今度はこっちに向かって突進しているはずである。鬼童の当初の目的はこれで達成できたと言えるが、今度は鬼童自身が危うい状況に追い込まれたようだった。
 ルミ子は、鬼童にはついぞ見せた事のない厳しい顔つきで睨み付けた。
「うっかりしていたわ。開け放しで行っちゃうなんてね。警報に驚いて帰ってみれば、このざまなんだから」
 そのままつかつかとルミ子は鬼童に歩み寄ると、硬直した鬼童の胸に顔を寄せ、そのままぴたりとくっついた。
「どうしてなの? 海丸。私は、こんなにあなたの事を想っているのに。どうして私以外の子にそんな笑顔を見せるの?」
 鬼童は、その様子にふっとアメリカの頃を思い出した。二人で未知の神秘に果敢に挑戦していた若かりし頃を。鬼童は思わずルミ子の肩を抱き、言うべき言葉を探してその目を見た。
「ルミ子・・・」
「私にはあなたが必要なのよ。あなたが側にいてくれれば、私は実力以上の力を発揮できるのよ。どうしてもあなたじゃないと駄目なの」
 ルミ子の涙をためた目は、鬼童の端正な顔を苦渋にゆがめた。鬼童の胸に突然ある感情が発露し、溢れんばかりに熱くなった。かつて感じていた想いがこの瞬間に再びよみがえり、鬼童は、目の前の華奢な身体を抱きしめたいという衝動に震えた。それは、鬼童をしても恐ろしく困難な心の制御だったが、鬼童は崖っぷちでついに踏みとどまった。目の前の女性をいとおしいと思う気持ちはそのままに、鬼童は決然とした口調でルミ子に言った。
「ルミ子許してくれ。僕はやはり君と一緒にはいられない」
「海丸!」
 鬼童を見上げる眼鏡の奥で、溢れる涙が頬を流れた。鬼童ははっとして息を呑んだが、気を奮い起こしてぐらつきかけた心を立て直した。
「いや。やっぱり駄目だ。僕は君を選ぶ事が出来ない」
「海丸・・・」
「許してくれ」
 鬼童はルミ子の視線に耐えきれなくなって、目をつぶって顔を背けた。その時である。
 突然一見事務所のドアにしか見えない入り口が大音響とともにはじけ飛び、二匹の小動物を先頭にした一団がなだれ込んできた。その中の一人、麗夢が、反射的に振り返った鬼童に叫んだ。
「鬼童さん! ルミ子さんからすぐに離れて!」
「えっ? 何ですって?」
「その女性はこの世の者じゃない! 我執に取り付かれた死霊だ! 早く離れるんだ!」
 続いた円光の言葉に、鬼童は耳を疑った。
「ほ、本当か? ルミ子!」
 鬼童はまだ事実を受け入れきれない心境のまま、ルミ子に振り返って問いかけた。しかし、ルミ子はいつのまにか鬼童から離れ、鬼童を無視して麗夢達に言った。
「何よ! いきなり私達の邪魔をしたと思えば随分な言いぐさじゃない? 何を根拠にそんな事をおっしゃるのかしら?」
「根拠だと? 根拠なら、ここにある!」
 榊は、コートのポケットにねじ込んでいた書類の束を引っぱり出した。

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